街
午前中をたくましい妄想に費やしてしまった私は、気分転換や運動も兼ねて街を歩くことにした。ついでに本屋に寄って面白くなる予感の本が見つかれば、万々歳である。忙しそうに街を歩く人を横目に、私は足を進める。
五分ほど歩いただろうか、目の前の人だかりで足が止まった。人々の視線をたどると、なるほど。昨日の火災に遭ったマンションだ。なんとか夜のうちに火は収まったらしいが、真っ黒に煤けてしまった部屋がなんとも痛々しい。
あの少女はどうなったのだろうか。そんな思いがむくむくと芽を伸ばす。ちゃんと両親には会えたのだろうか。病院に運ばれたのかもわからないし、よしんば運ばれていても私が会いにいくと不審だ。あの少女とは遠縁でもなんでもないし、火事に遭ったことを知っていると不自然極まりない。残念だし気になるところではあるが、おとなしく彼女のことは諦めよう。
「慧ちゃん?」
呼ばれた気がした。気のせいかもしれないと思いつつ振り向くと、犬のような顔がそこにはあった。もっと適切な言い方をするのであれば何かしらの動物に喩える際にその人と犬を重ね合わせるとしっくりくるくらいに人懐っこい顔が、そこにはあった。
「杏樹」
私はぼんやりと漏らす。なんでまたここに。
「慧ちゃんはお出かけ?」
私は反射的に頷く。
「杏樹も?」
杏樹は屈託なく頷いた。「うん。用はないけど、何か面白そうな商品ないかなーって」
短足のコーギーを彷彿とさせるステップで杏樹が接近してくる。そのまま私を抱きしめて頬ずり。彼女は私よりもいくらか身長が低いせいで今のように愛情表現をすると杏樹の頬が私の胸に当たるわけだが、残念なことに彼女の心を満たしてやれるだけの包容を象徴するものは私の胸にはない。成長の兆しは子宮においてきた。どちらかといえば、バストサイズは杏樹の方が上である。
一通り満足したらしい杏樹が、顔を離す。
「慧ちゃん、今からヒマ?」
私は腕時計を見る。晩御飯までは、十分すぎる時間が余っている。
「まあ、特には何もないし」
強いて言うなら本屋へ。杏樹が微笑む。
「じゃあ、一緒にお買物しよ!」
さながら妹ができたみたいだ。百華は年が離れているしどことなく小生意気な雰囲気が滲み出ているが、杏樹からはそれがない。むしろ、慕ってくれるような親しみまで両肩からは発散されている。私は彼女の頭を撫でる。
なんとか今日中の更新ができました。危うくお風呂の中で爆睡キメるところでした。このまま寝ていたら、多分体温低下によって僕は死んでいたんじゃないかと思います。みなさんもお気をつけください