火事
ぐんと空が近づいて、私は大気中で脚をかく。気分は水面下でバタ足をしている水鳥だ。このアクションに特に理由はないけど、やったほうがいいのではないかという非科学的な根拠に則っている。多分、やってもやらなくても特に変わりはないだろう。手頃な民家の屋根に着地し、私はタンポポを追いかける。私の後ろに龍馬さんが追従してくれるスタイルで、何かあっても素早く対応してもらえるように私を真ん中に挟む順番で走る。初めて仮面をつけて走った時に比べたら、少しばかりフォームもましになっているはずだ。今では、少々距離を要するものの止まることもできる。大進歩だ。
屋根の際で下を蹴る。体が、再び浮き上がる。この瞬間は、未だに慣れない。一瞬の跳躍で自由になったかと思えば、数秒としないうちに重力でがんじがらめになって、不安が両肩を押す。足の裏が何かしらを踏まないまでのあいだは、肝が冷えっぱなしだ。
数回ほど屋根を飛び移り、私はふと視界の右端でちらちらと明滅する橙に首を引かれた。右を向けば、マンションから煙が立ち上っていた。その煙は夜風に揺られて、不吉に形を変えている。
火事だ。理解するのに、二秒ほどかかった。
「タンポポ!」
私の声に反応したタンポポが振り向き、指を差した方へ向く。龍馬さんも急停止して、火事が起きているマンションを向きながら額を突き合わせる。
「どうする?」
龍馬さんの問いかけに、タンポポは首をかしげる。「どうするって何を?」
「火事のことに決まっているだろう」
龍馬さんは親指でマンションを指す。夜遅くということが災いしているのか、消防車はまだ来ていないようだ。もし来ているのなら、仮面で鋭化した聴覚の網にサイレン音が引っかかっているはずだ。
タンポポは悩む素振りを見せるまもなく答える。
「勿論、助けに行くぞ。誰も逃げ遅れていなかったら、そのまま帰ればいい」
龍太郎さんも特別何か異を申し立てる気もないらしく、おとなしく頷く。私も黙って同意した。
軽快に屋根を飛び移り、私たちは地面に降りる。やはり私の予想はあたっており、消防車や救急車は来ていなかった。野次馬や自分の安全性は確保できている一般人が、まるでこの火事がショーの一環だと言わんばかりに携帯のカメラ機能を用いて録画している。仮面をかぶっている私たちは目の前の火事に比べたら大したものでもないらしく、幸い話題には登っていない。それにしても、他者の不幸へ寄ってたかって集まるさまを見るのはなんとも胸糞悪い光景だ。
「死ね。クズども」
龍馬さんがささめくように漏らし、私も全面的に同意する。タンポポはそんな奴らのことも視界に入っていないようで、真っ直ぐな目でマンションを見上げていた。どうやら一部屋限定の火事ではないらしく、階をまたいで結構な部屋を炎が駆け巡っていた。
「見た感じ、逃げ遅れた人がいるみたいだ。助けに行くぞ」
私たちが動くより早く、タンポポが慌てて付け足す。
「確かに俺たちは一般人なんかよりもはるかにすごいけど、自分の命が危ないと思ったら逃げて来い。俺たちだって、死ぬときは死ぬんだ。特に慧は、無理をしなくていいしいざとなれば仮面の能力も体力に余裕があったら惜しまず使え」
その妙な重みを背負った言葉に、私と龍馬さんは頷く。私にとって街で能力を使うのは初めての一回を含め二度目。
最近は絵を描くことにはまってます。すんごく楽しいです。いずれ構図の模写なしでもキャラデザとか、ポーズとかかけるくらいになれるよう頑張りたいものです