夜行
私が仮面を手にして外見を少しばかり変えることに決まった直後、今まで無言を貫いていたタンポポが突如として声を上げた。曰く、「仮面を体に慣らすことが大切」だそうだ。
そこで他のメンバーがやっていたように、毎週火曜日と木曜日、プラス金曜日に何かしらの仮面順応プログラムをやることが決定した。そして今日が、プログラム三日目だ。
夜の十一時。布団の中で丸くなった百華や輪廻さんを除いた荘のメンバーが、庭先で集合する。いくら活発な幼女といえど、眠気と布団には勝てなかったようだ。ちなみに輪廻さんはすこやかなねいきをたてている百華を見守る仕事兼留守番だ。
「今から練習を始める」
威厳と若さを兼ね備えた、張りのある声が暗闇を弾く。
「つい数日前に仮面を手に入れた慧のために、もう仮面を大体マスターできている二人も手伝ってもらう」
龍馬さんは特別反対するでもなく、顎を引いて従う。
「特別なにかするようなことはなく、とにもかくにも仮面での運動に慣れてもうことがこのプログラムにおける最大の目標だ」
直後、タンポポが大きくポーズをとる。毎度お馴染みと化している、仮面の顕現だ。
「今日は街を走りまくろう。で、走る感覚をその体に染み込ませる。仮面をつけて走るのは、想像以上に難しいからな」
それには私も全面的な同意を示す。実際に走ってみてわかったことだが、仮面をつけると体の感覚がとにかくいつもと違う。喩えるなら、多分ロボットアニメの主人公もこのような感じなのかもしれない。自分で自分を動かしていることは間違いないのに、挙動一つ一つが予想していたよりも大きく動くため筋肉を繊細に動かすことができない。仮面をつけたままだと、今の私では箸を扱うことにすら難儀するはずである。そのくらい、扱いが難しい。
龍馬さんも仮面を出現させて、私も遅ればせながら仮面を出す。しかしほかの二人みたいにスムーズな出し入れはできないのだ。今日以外にも輪廻さんと何度か試してみたところ、まだ不慣れなせいか私は一度目を閉じて、仮面が出た瞬間のことをイメージしなければならないそうだ。それによって当時の想いを復元させて、仮面を出す。
止まれ。それを一身に願ったあの瞬間を思い出す。五秒ほど祈ったところで、私の右手に熱が宿る。熱は生きているかのように渦を巻き、徐々にうねりを大きくして形を作る。やがて抽象的だった想いが掴めるくらいに具体性を帯びて、手の平に乗った。これが、私の仮面だ。目元だけを隠すような、輪廻さんのものと似ている。しかしデザインは違って、どことなく私の仮面には爬虫類の鱗ともつかない凹凸が細かく刻まれている。蛇だろうか。なんにしても、男子が見たら少しは喜びそうな造形である。私には、あまりいいものとは言い難い。
仮面をつけて、大きく息を吸う。つけた瞬間を境に、私の頭はよく冷えた冷水をかけられたかのように冴える。体中から力が湧いてくるし、思考もクリアだ。聴力も上がっているらしく、つける前には聞こえなかった大気の震えを察知する。
「全員つけたな」
タンポポが確認するように呟き、直後に跳んだ。一瞬のうちに宙へ跳びだした動きは、まさしくロケットスタートだ。私も慌てて跳んで、彼の後を追う。慣性によって自分の意思というより前へ引っ張られるままに飛んでいく意識の方が強く、勿論跳んでいる最中に体勢を整えることも無理なので、改めて考えてみると非常に難しい。あえて喩えるなら、腰にロープを巻き、それを全力で前に引っ張られているような感覚だ。
その場で書くと大変なことになっちゃいますね。最近その怖さをしみじみと感じます。いきなり何故かデートが始まったり、慧の百合が開花しそうになったり、なんか今書いている場所では久保が泡吹いています。この先どうしようかって