停止・逃走
叫んだ拍子に喉を枯らした私だったが、そんな乾きも目の前の光景がすべて消し去っていた。
幸せを立体化させたような家庭を潰そうとしていた鉄柱が、空中で停止している。目を凝らしても、ワイヤーやそれらのたぐいは一切見えそうにない。
一瞬本当に世界が止まってしまったのかと錯覚していたが、周りのざわめきでそうではないのだと気づく。止まっているのは、鉄柱の時間だけだ。
父と思しき男性が頭上の鉄柱にやっと気付き、腰を抜かせるようによろけながら真下から脱する。その際に幼児をしっかりと抱きしめているあたり、親と子の愛を感じる。
三人が落下予定の地点から脱出するのを見計らったようなタイミングで、鉄柱がアスファルトに激突。あまりの衝撃に、足の裏がわずかに揺れる。
轟音に遠くからも野次馬が押し寄せ、現場付近は人の渦が形成されていた。面白いもの見たさで駆け寄ってきた人が、何か気にしているふうな目線を私によこす。私の顔に、なにかついているのだろうか。
不思議に感じ、右手を目元に寄せる。
硬い。不可解な凹凸が、私の指をやさしく押し返している。
「え」
声とも言い難い呻きを漏らし、左手も使って顔全体に十指を這わせる。私の両目を隠すように、硬い何かが顔に引っ付いていた。
もしかしなくても。
私の中で、仮説と呼ぶには少々幼稚な思いが湧き上がる。
仮面だ。
確信すると同時に、電撃にも似た速度で考えがよぎる。ここから去らなければ。一刻も早く。
踵を返して、膝を軽く折る。勢いに任せて、伸ばす。
視界が一気に狭窄して、真後ろにいた中年男性を弾き飛ばしてしまっていた。しかし勢いは衰えることはなく、そのまま放たれた弾丸みたいな勢いで走る。走るというより、勢いに体を引っ張られてそれにつられて足を動かしているといったほうが近い。
想像を遥かに超える運動能力に驚愕する反面、止まり方がわからない戸惑いで私の脳内は塗り潰される。止まろうにも速度が衰えないため足を地面に突き立てるタイミングも見当たらず、私は道路沿いの歩道を傍から見ても異常といえる速さで走っている。その証拠に、遠巻きからの目線が驚きの熱を帯びているのがわかった。
明日でこの生活ともやっとおさらばです。以降は、わりかし安定した時間に更新できると思います。日付をまたいじゃってごめんなさいorz