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     ウルトラファンタジック@路地裏

 脇道へ入り込んで、土地勘もないままひたすらに右へ左へと爪先の舵を切る。こう見えても運動神経はクラスで上位だ。どのくらい運動ができるかといえば、本気を出せば三年間頑張ってきた陸上部短距離走エースの心を粉砕できるくらいには速い。理由は知らないけど、速いから速いのだ。今ではその速さに、心の底から感謝している。

 左に曲がって、まっすぐな道を突き抜ける。馬鹿じゃないのか私。なんなら大声で助けを求めてよかったんじゃないだろうか。しかし都会の人間は冷血だと聞いたこともある。どうしようかと悶える最中、右肩を掴まれた。

「近寄らないでください!」

 私は路地裏で大きく声を張り上げ、尻ポケットから携帯電話を取り出す。それを、まっすぐ男に向かって突き出す。

「それ以上こっちに来ないでください。一歩でも近づけば、警察に通報しますよ」

 もう110は押した。あとは、通話開始のボタンを押すだけである。

 その態度に恐れをなしたのか、追いかけてきた不審者は両手を耳付近にまで上げて一歩退く。

「お嬢ちゃん聞いてくれ。別に俺は君のことを取って食ったり性的なイタズラをしようって腹じゃない。ただちょっと話を聞いて欲しいんだ」

「おばあちゃんが言っていました。自分で安全性を口にする男ほど信用できない人間はいないって」

「安全性を保証っていうより今の君の方が危険っていうか……」

 しどろもどろになった男に、私は強気に出る。ここで弱さを見せてはダメだ。一気に、叩き潰すような勢いで戦わなければならない。

 手のひらを見せつつ苦笑する男に、私は携帯電話の画面をちらつかせる。私が通話ボタンを押せばお前は社会的に死ぬぞ。と、暗に伝える。

 一分前後の、なんとも言い難い間を挟みながら私はゆっくりと足を後ろに滑らせる。このまま、焦ることなく少しずつ距離を稼いでいけばいい。十二分に距離が離れたら、逃げながら通話ボタンを押して警察に突き出そう。

「お嬢ちゃん、悪いことは言わん。今すぐこっちへ来なさい」

「嫌です」

 推定六メートル。あと何メートル離れれば逃げ切れるだろうか。

 そんなことを考えながら私はもう一歩後ろに下がる。すると、先程まで私を見ていた男が僅かに視線を上へ動かす。私も釣られて、視線を上へ。

 白い巨大な塊が、私めがけて降ってきている。ざっと見て直径二メートル。鉄骨? いや違う。じゃあ何か? 寧ろこっちが教えて欲しい。

 落ちる圧迫感から察するに相当重いものではなかろうか、呆然として動けない私は、間抜けだと思いながらも動けないでいた。人間、不測の事態には著しく弱い。ソースは私だ。

「ああもう!」

 自棄になったような声。近くにあったゴミバケツを抱え上げて、降ってくる白にぶん投げた。

 どすん。と深くめり込むような音と共に白い塊が真横へ吹き飛ぶ。口を開けて目を丸くしている私の前に、男が立ちはだかるような形で現れる。

「嬢ちゃん、下手に動くなよ」

「それって」

 どういう意味ですか。

 訊くより早く、地面に転がっていた白い塊に変化が生じる。いつかのどこかで見たことある景色だと思い動かない脳を必死に回転させた結果、思い出した。昔、料理番組で売れっ子パン職人がパン生地を捏ねているさまだ。ぐにぐにと動く白い塊は、まさに職人によって捏ねられる生地と動きが酷似している。

「どうせ信じてもらえんようだから言うと、あれは“端役はやく”。わかりやすく言うなら敵だ」

 端役と呼ばれた白いそれはなお不可解な胎動を繰り返し、徐々に奇妙な形を形成していく。身長約二メートル。人間のような肢体は革と骨しかないくらいにやせ細り、狼の顔をしている。全白が白に塗りつぶされていて、間一髪リアリティを逸脱していた。これがもし肌色で、狼の顔も完璧に再現されていたなら吐き気を催していたかもしれない。

「あんまり余裕がないからからざっくり言うと、俺の仕事はあの端役を倒すことだ」

 男が勇んだように宣言し、左手を自身の左腰に当てる。右腕をまっすぐ伸ばし、腕全体で半円を描く。少し前に、テレビで見たことがある。毎週日曜日の八時、変身ヒーローが悪の組織と戦う子供向け番組で見せたポーズだ。こんな真面目な場面に、失礼ながら何を血迷っているのだろうか。

「いくぜ! へんし――」

 気合を入れて叫ぼうとするのを端役が呑気に待ってくれるはずもなく、化物の異様に長い腕が男性の左脇腹を捉えた。男性の体が、腰を境に大きくしなる。そのまま、スーパーボールのように右へと吹き飛んでいった。うず高く積まれたダンボール群に頭から突っ込み、私は自失する。何をやりたかったんだ。

 のろりと、端役が動く。先程のように俊敏な先制攻撃は忘れたと言わんばかりに緩慢な動作で私へと近づき、品定めるように見下す。

 私は震えるでもなく泣くでもなく、狼面を見上げながらどうすればいいのかとひたすら悩んでいた。その考えも、テレビの砂嵐が吹き荒れるようにもやがかかって掴めない。

 狼の口が開いた。この大きさなら私の頭を食いちぎることくらいは造作もないだろう。ぼんやりと考える私を肯定するかのように、狼の口が近付く。まさかとは思ってみたものの、中の人なんていなかった。正真正銘の化物だ。

 私の頭を丸ごと喰おうとした狼の体が、大きく吹き飛ばされる。その風圧に、私の髪がかすかに揺れた。

「人が変身しようとした瞬間にぶっ飛ばすな!」

 先ほど早くの打撃によってすっ飛んだ例の男だ。顔が、先程とは大きく違う。

 仮面である。精巧な凹凸によって獅子を模した仮面をかぶっており、本当に何かしらのヒーローみたいだ。こんなタイミングで言うのものんきすぎるだろうと思うが、妙に似合っている。もちろん褒め言葉だ。

「さっきは油断したけど、今回はそうもいかねえぞ」

 首をコキコキと鳴らす。陽炎のようにゆらりと立つ端役をしっかりと見据えながら、男は腰を落として右腕を引き絞る。

 端役が跳ねた。不気味さすら滲み出るくらいに長い脚を一瞬のうちに伸ばし、バネ仕掛けの玩具みたいな素早さで男性に接近する。

 その一撃は撃鉄のようで、気がついたら男は右拳を真上に突き出している体勢で固まっていた。ポーズの変化から鑑みるに、アッパーでもしたのだろうか。

 私が顎を上げて上を見ると、周囲の建物よりかははるかに高い位置で端役が舞っていた。そして、音もなく爆散した。

 私は口を半開きにしながら見入り、粉雪のように宙へ消えていく端役の欠片を眺める。目の前で起こっていることがあまりにもフィクションじみていて、私は一瞬いつの間にか白昼夢を見ているのではないかとすら錯覚した。だが、私の胸は相変わらず慎ましい。なるほど、これは現実なのか。夢の中での私はもう少しばかりバストに恵まれているため、少なくとも夢ではない。

 やがて端役の破片すべてが大気に溶けてある種花火の名残惜しさにも似た寂寥感を噛み締める中、男の声で我に返った。

「あ!」

 私は肩を跳ね上げて、素早く携帯電話の画面を確認する。大丈夫だ、通話ボタン一つで通報できる。

 回れ右をした男は私に向き直るなり頭を下げて、早口にまくし立てる。

「本当は少し話を聞きたかったけど今からスーパーのタイムセールあるから! じゃあまた縁があったらどっかで!」

「え、ああ……」

 なんと言っていいのか分からず適当に濁した言葉を是と受け取ったのだろうか、男は素早く踵を返してその場から去った。取り残された私だけが、ぼんやりと途方に暮れる。

 時間の概念に直すと十秒。私の感覚で言うなら一息つくタイミングで、正気を取り戻した。先程までの光景が嘘だったと言われれば納得しまう位に、重い沈黙が寝転がっている。ところがぐちゃぐちゃに散らかっているダンボールを見て、今までの一連が嘘ではないことを痛感する。

「……嵐みたいだったな」

 私はぼそりと漏らして、目的の下宿先へと向かうことにした。


 もうちょっとでプロローグ兼第一章終了です。できるだけ、毎日更新を心がけたいのでペース配分にも気を配らなきゃなりませんね。頑張ります

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