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「竹取の」  作者: mofmof
8/30

「竹取の」第8夜<八日月>

「竹取の」をお読みいただきましてありがとうございます。

第8話です。

ウキウキの瑠璃の前に三度現れる月からの使者。そして、瑠璃は…。

挿絵(By みてみん)

 亮くんとお茶会は予想より遅くまで続いた。元々口数の多くない亮くんがここまで話に盛り上がるのはわたしにとっては初めてだった。先日の浦城先生との会食がよほど刺激だったらしく、主に話題は浦城先生の本のことやその時の話だったけれど、わたしはいちいちその話に頷いて聞き役に徹していた。気がつくと、外は少し薄暗くなり始めていた。亮くんは日没に近づいているのにようやく気がついて、話が長くてごめんとわたしに謝った。それからカフェを出て、わたしたちは駅前で別れた。

 亮くんとの初めてのお茶会デートでルンルンなわたしは、思わずスキップして帰りそうになったが、帰宅途中の人達がまだ沢山いるのに気がついて自重した。こんなに長いことふたりっきりでお話をしたのは初めてだったし、何かに夢中になって語りかける亮くんが素敵だった。多少ウキウキした気分になってもバチは当たらないわよね?

 ところが帰宅すると、その気分を全壊させてしまう出来事がわたしを待ちかまえていた。そう、アレがまた現れたの。

「こんばんわ」

 わたしが自室のドアを開けるのを待ちかまえていたかのように、それはわたしの部屋の真ん中で鎮座していた。

「……! あなたどこから入ってきたの?」

 確か出かける時は窓を閉めていったはずなのに。

「お月様を助けて」

 それは、この前と同じ台詞を吐いた。

「勝手に部屋に入ってこないで。ママが見たらびっくりするじゃない」

 わたしは慌てて部屋の扉を閉めた。ママはまだ帰宅していなかったけれど、こんな場面を見られたら大変。

「それは失礼。でも、そろそろ儀式を始めてしまわないとならないんでね。手伝ってもらえるんだよね?」

「はいはい。で、何をすればいいのよ?」

 わたしはさすがに諦めていた。それよりさっさと終わらせた方がよさそうだと思った。

「じゃあ、早速お願いしようかな。これを腕につけて」

 アメツチは前足でミサンガのような紐状の物を差し出した。

「なにこれ?」

「儀式に使うものだよ。これを腕に巻いて、月に向かってお祈りしてくれればいいんだ」

「それだけでいいの?」

「そう、それだけでいいの」

 わたしは言われるままにその紐を左手の手首に巻こうとした。

「それは、右手首にしてくれないかな」

「はいはい。もう、面倒なんだから…」

 右利きのわたしが右手首にそれを巻くのは一苦労だった。

「手伝うよ」

 アメツチは前足を出して、結び目を押さえてきた。ツルっとしてヒンヤリとしたその感触は、動物のそれではなかった。わたしは少し背筋に何か冷たいものを感じたけれど、我慢できない程ではなかったので、早めに済ませようとして紐を結んだ。

「はい、できたわよ。これでいいの?」

「そうだね。じゃあ、邪魔が入らないように、少し時間を止めるよ」

 そう言うと、アメツチは静かに前足を上げ、部屋の絨毯を何度か軽くポンポンと叩いた。特に変化がないような気がしたが、急に音がしなくなったように感じた。部屋の時計の音も、蛍光管のジーっという音も、さっきまで聞こえていたそよ風の音も。ただ、耳鳴りのようにわたしの鼓動の音だけがただ一つ響いていた。

「これで本当に時が止まったの?」

「そうだよ。地球では、ボクとキミだけが動いている状態だよ」

「地球では?」

「そう。地球のあらゆる物質がもつ時間という概念を止めているだけなんだ。宇宙の規模でいうとまた違った作用なんだけど、その辺は別に説明しなくてもいい話」

「そうなの?」

 わたしはソレの言う意味がよく分からないので、特に詮索するつもりもなかった。とにかくこの「儀式」とやらを早く終わらせたかっただけだった。

「で、お月様に向かってお祈りすればいいの? こんな感じでいいのかしら?」

 わたしは、すでに空ていた窓の外に見える月に向かって手を合わせてみた。今日の月はだいぶん欠けてきていた。

「そう、そして、目をつぶってくれるかい?

 わたしは、言われるままに目をつぶった。

「そう、そして願うんだ。死にかけた月を再生することを。キミの中に眠る、力の源を月に送るための儀式として」

 わたしの中に眠る…? 力の源? なんだかよく分からないけれど、とにかくわたしは月が弱っているならば、それが元に戻るようにお願いした。目をつぶると、急に意識が遠のいてきた。上下の感覚もなくなり、わたしはその場で倒れたように感じた。けれど絨毯の感触はない。まるで底なし沼に落ちていくような感覚。どろっとしたぬめりのようなものに包まれ、落ちていくような感覚。ゆっくりだけれど、確実に。落ちているのか上がっているのかも分からない。とにかく一定の場所にとどまっている感触ではない。

「ちょっと、これ、なに?」

 声を発しようとしても声にならない。目を開けようにも開けられない。やがて漆黒の闇に包まれし凶器がわたしの意識と体を分離させた。

「……!」

 わたしの意識が体から離れたと感じたのは錯覚だったのかも知れない。けれど、多分それは本当のよう。一瞬夢? と思ったけれど、意識はしっかりとしていた。

「なにこれ?」

 視覚ではない、なにか別の感覚がわたしの前の何かを感じていた。もしこれを目でみたものに喩えるなら卵? いや、蚕? 繭と言うべきか。幾重にも重ねられた糸に巻き付けられた白い球状の物体。それがわたしの前に現れたのだ。わたしはそれを一本一本ほどいていく。何故その作業をしているのか分からないけれど、何故かそうしなければならないような気がした。けれど、その繭はわたしと同じくらいの大きさをしており、いくら解いても解ききれない。それでもわたしはその糸を解き続けていく。まるで永遠に続く作業であるかのように……。


 ふと気付くと、わたしはまた元の姿に戻っていた。聴覚が戻っていた。部屋にある時計の針が一秒一秒を刻んでいた。蛍光官の発光音が響き、外では風が葉を揺らす音が聞こえている。恐る恐る目を開けると、部屋の光が少しまぶしかった。

「……終わったの?」

 目の前に座っているアメツチが不思議そうにこちらを覗いていた。

「予想以上に固いね。今日だけではダメみたい。また明日来るよ」

「え? そうなの? またこんなこと、何度もしなきゃならないの?」

「そうだな……あと2回くらいではなんとかなるとは思うんだけど……。というか、それくらいでなんとかしなきゃ、アイツらが……あ、いや、あと2回でなんとかしよう」

「なんとかって、もう、わたしあんなのイヤよ。なんだかわからないけど、気持ち悪い。車に酔ったみたい」

 胸の奥が苦しかった。吐き気まではなかったけれど、胃が痙攣しているかのように感じた。

「次は大丈夫だと思うよ。これで慣れたはずだから。でも、痛くはなかっただろう?」

「痛くはないけど、お腹が苦しい感じ」

「次はそれほど酷くないはずだから。今晩は早く寝るといい。あ、それと、その紐は着けておいてくれると助かるな。そうしたら、明日はもう少し楽だと思うから」

「そうなの?」

「多分……ね」

「多分って……無責任な言い方……!」

「瑠璃ー? 帰ってるの?」

 その時、階下からママの声がした。

「じゃ、ボクはこの辺で。また明日この時間くらいに来るよ」

「あ…」

 アメツチは逃げるようにして窓から出て行った。

「瑠璃。いるなら返事しなさいな」

 ママがドアをノックしてから、扉を開けた。

「あ、ごめん、ちいちゃんとメールしてたから」

「携帯も、いい加減にしなさいよ。晩ご飯用意するから、下りてきてちょうだい」

「うん、着替えたら、すぐ行く」

「今日はあなたの好きな、『バロン亭』のオムライスよ」

 ママはそう言って、ウインクして部屋を出た。そう言われて、お腹がぐうっとなった。そう言えば、昼からカフェオレを飲んだだけだった。それで胸が悪かったのかなと思い直した。とにかくあと2、3回でこれも終わるならと、我慢することにした。

 制服から部屋着に着替えてから階段を下りて、ダイニングに行くと、ママだけが夕飯の支度をしていた。テーブルの上にはオムライスとお総菜のセットが何個か置かれていた。本日の売れ残りらしい。でも、オムライスはわたしの好物だったから、嬉しかった。

「手洗ってきなさいな」

「はーい」

 いつものように手を洗おうとすると、右手にさっきの紐が巻かれているままになっているのに気がついた。それはミサンガというには少し趣の異なるものだった。東南アジアの民族衣装のような模様で、麻か何かで出来ているのだろうか、ガサガサした感触だった。わたしはそれが濡れないように気をつけて手を洗った。

「お腹ペコペコー」

 わたしは、すぐにダイニングに戻って、席に着いた。

「あれ?パパは?」

「今日は残業だって」

 いつもならば、大体この時間に二人が一緒に帰ってくるのだけれど、今日に限ってパパの方が遅いらしい。

「いただきまーす」

 わたしは、オムライスを電子レンジでチンしてから手を合わせた。

「んー。おいしい」

 売れ残りとは言え、さすがに有名レストランのレシピ。やっぱりおいしい。

「これもどうぞ」

 ママは、総菜セットを差し出してくれた。洋食セットと書かれた総菜は、ポテトとか野菜の煮物みたいなものが入っている。

「お野菜も食べるのよ」

「はーい」

 そんな時、家の電話が鳴った。

「はい、はい。誰かしらね、こんな時間に」

 こんな時間に電話が鳴るなんて珍しい。パパならママの携帯に電話するだろうし、何かの勧誘かなにかだろうか。

「はい、竹泉です」

 ママは子機を取って、返事をした。

「はい……そうですが……なにか………え……? はい……」

 わたしは、ママの声の変調に気付いた。何か良くない知らせなのだろうか。わたしはスプーンを口にしたままママをじっと見つめた。

「……はい、はい……」

 ママは、慌てて電話台の上からペンを取り出して、急いでメモをしていた。

「わかりました。すぐに参ります」

 ママが電話を切ると、

「どうしたの? ママ?」

「パパが……」

 ママの顔が蒼白になっていた。

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