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「竹取の」  作者: mofmof
6/30

「竹取の」第6夜<弓張月>

挿絵(By みてみん)

 アメツチが窓から闇夜に消えて行った後、ちいちゃんはしばらくぼーっと外を見つめていた。

「ちいちゃん?」

「あれ、なんだったんだろうねー?」

「なんだったって、月面人だって……それ信じるってちいちゃん言ってたよね?」

「んー。なんでわたしあんなこと言ったのかしら?」

「ちいちゃん、大丈夫?」

 わたしは、ちいちゃんに近づいてその目を覗きこんだ。ちいちゃんはぼんやりした目つきでわたしを見ていた。まるでお酒に酔ったパパのようだった。

「うーん。大丈夫、大丈夫ー、でも、地球を守るためですものね。協力はしなきゃねー」

 ちいちゃんは焦点の合わない目線でわたしを見ながら、そう呟いた。

「そろそろ、戻る?」

「そうねー。さっきの話お願いね。内緒、内緒ー」

 内緒というのはさっきの進路の話だろうけれど、アメツチのことも含めているのかな。

「内緒ね、うん、わかった、内緒ね」

 ちいちゃんは、ふらふらとして立ち上がって扉に向かって歩き始めた。わたしは慌ててちいちゃんの横に着いて一緒に部屋を出た。一緒に階段を下りていくうちにちいちゃんの表情は戻り始め、1階に着く頃には、表情は普段のちいちゃんに戻っていた。

「なんかー、盛り上がってるみたいだねー」

 ちいちゃんはまるで先ほどの出来事がなかったみたいに、居間の奥で盛り上がっている声に反応した。そのままわたしたちは居間からダイニングに戻った。

「あら、どこに行っていたの?」

 ママがわたしたちを見ると、からかい気味にそう言った。

「内緒話よ。女の子の秘密」

 笑ってわたしもそれに答えた。

「あらそう?じゃあ、ママも呼んでくれなきゃ」

 ママは頬をほんのり紅くしてそう言った。

「あれ?ママも飲んでるの?珍しいわね」

 ママの前にはワイングラスが空になって置かれていた。ママは普段はほとんどお酒を飲まない。何かの記念日とか、お祝いとかがあると、時々パパと一緒に飲むことがあるくらい。お客さんと一緒に飲むなんて初めてみたかも。

「ボクが勧めたんだ。悪かったかな」

 浦城先生がワイングラス片手にそう言いながら、パパにワインをお酌していた。

「いえいえ、とてもいいお話を聞かせていただいて、わたしも楽しかったので、つい」

 こうやって楽しげにしているママは嫌いじゃなかった。飲んだと言っても、多分一杯か二杯くらいだと思う。にしても、いい話って、どんな話をしていたのだろう。

「映画化された作品の解説をしてくれてたんだ。うん、裏話も聞けて楽しかったよ。特に『天才のゲーム』のからくりの話はおもしろかった」

 亮くんがわたしの心を読み取ったかのように説明してくれた。そう言えば、ママもいくつか映画化された作品は観たって言ってたわね。その話かな。なんにしろ、3人にとっては、浦城先生の作品が共通の話題になったようなので、それで盛り上がっていたみたい。

 にしても、初対面にもかかわらず、わたしの両親と亮くんがこんな感じで和気藹々とお話をしているなんて、すごく不思議な感じだった。もし、亮くんがお婿さんにきたら…なんて妄想がわたしの頭の中を漂い始め、わたしはすごく恥ずかしくなって、全力でその妄想を頭の中から追い出した。耳が熱くなっていくのが分かった。

「あら?どうしたの瑠璃?顔が紅いわよ?」

「な、なんでもないわよ!」

 わたしは必死に否定した。どうして、こういう時に限ってママは目ざといのかしら。

「あ……じゃあ、僕たちはそろそろ帰ります」

 亮くんは時計を見ながらそう言った。わたしも携帯の時計を見た。もう8時を過ぎる頃だった。

「じゃあ、ボクもそろそろ…」

「先生はもう少しごゆっくりしていってくださいな」

 合わせて腰を浮かしかけた浦城先生に、パパは両手を差し出して引き留めた。

「じゃあ、先生、お先に失礼します。連休はお世話になりますが、よろしくお願いします」

 亮くんは、丁寧に挨拶して席を立った。連休の予定は亮くんも本気で行くつもりなんだ。

「うん、じゃあ、来週にでも一度電話するよ」

 浦城先生は自分の携帯を取り出して、亮くんにそう言った。もう電話番号交換したんだ。亮くん最初はそんなに乗り気じゃなかったのに、よっぽど先生の話が楽しかったのかな。

「ちい、行こう」

「おじさま、おばさま、お邪魔しました。先生もお先ですー。またよろしくお願いしますー」

 ちいちゃんも亮くんに習って頭を深々と下げた。

「ちいちゃん、また遊びにいらっしゃい。段逆くんもね」

 ママとわたしは亮くんとちいちゃんを見送りに一緒に廊下に出た。浦城先生はパパと一緒にまた席についた。

「遅くまでごめんね」

「いえ。僕こそ、初めてお伺いしたのに、ご馳走にまでなって。お総菜おいしかったです」

「おいしかったでーす。瑠璃ちゃんもありがとうね。また明日学校でねー」

「うん、帰り気をつけてね」

 わたしたちはお互いに手を振り合った。わたしとママは玄関先で二人を見送った。

「段逆くんって、いい子ね」

 二人の姿が見えなくなった頃、ママが小さな声でそう呟いた。

「……う、うん……」

 わたしはなんて言おうか迷って、ただ頷くしかできなかった。

「あの子が瑠璃の彼氏だったら、ママも嬉しいんだけどなー」

「……え……、ママったら、何言ってるの……そんなわけ……」

 突然ママがそんなこと言ってくるものだから、わたしは思いっきり動揺した。否定することもできずに。

「……そんなわけないじゃない。亮くんは学校でもトップで、大学は東京に行くんだって……」

「あー……そうなんだー。そうよねぇ。頭良さそうだものね。そっかー。それは残念ね」

 何が残念なのかよく分からなかったけれど、ママはそれ以上は何も言わずに玄関に戻って行った。

「瑠璃も入りなさい。もう寒いわよ」

 わたしは、ママに言われるように、玄関に向かって行き、家に入った。居間の方から笑い声が響いてきた。パパの笑い声だ。

「わたし、部屋に戻る。明日の予習もあるし」

 予習なんてするつもりはなかったけれど、居間に戻る気にもなれなかった。

「そう?分かったわ。あ、そうそう…連休の話はいいのね?」

 ママが念押ししてきた。

「ん?どうして?」

「なんか、ちいちゃんに無理に押されて、決めたとかじゃないのかなとか思って」

 図星だった。

「まあ、そうよね。あなたみたいな出不精が、自分からそんなこと言うとはママも思わないわ」

「あ、でも…」

「でも、いいんじゃないの?ちいちゃんは乗り気だし。珍しくパパの許可も下りたことだし、こんなことそうそうあるものじゃないわよ。良い思い出になるんじゃない?」

「……うん、そうだね」

「浦城先生も信用できそうな方だし、良かったわね」

 先生が信用できそうという点については異論はなかったけれど、観察対象になるという点については多少の不安はあった。けれど、亮くんも乗り気になっていることを考えると、わたしがそこに水を差すわけにはいかなかった。

「……そうね」

「じゃあ、お勉強頑張ってね」

 そう言ってわたしに手を振って、ママは居間の方に向かった。わたしはそのまま階段を上がって部屋に戻った。

 部屋に戻ると、さっきアメツチが出て行った後のままになっていて、部屋のドアも、窓も開け放したままだった。

「あ……開けっ放しだった……」

 春先とは言え、まだ夜は冷えていた。部屋の中も少し寒いくらい。わたしは、恐る恐る窓際に近づき、小さなベランダを覗き込んだ。そこにはもうあの白い生物はいなかった。わたしは、少し小さな溜息をついて、窓を閉めカーテンを閉じた。

「はぁ……なんか疲れた……」

 わたしは勉強机について、椅子に座ったけれど何をする気力も沸かなかった。

「なんだったんだろう…」

 今朝早く起きたせいもあって、どっと疲れが出た。

「今日は早く寝よう」

 わたしは翌日の準備をして、パジャマに着替えた。まだお客様が帰る様子がないので、シャワーは明日の朝にすることにした。そのままベッドにもぐりこんだ。なんだかいろいろなことがあった一日だった。英検、お好み焼き、亮くんが初めてうちに遊びに来て、有名人と一緒に食事して、連休のお泊まり遠出が決まって……そして、月面人の再来。どれも夢のような話だ。良くも悪くも。夢であってほしいとも思うし、夢だったらとても残念だとも思う。明日の朝起きたら、全部夢だったなんてオチかも知れないし、やっぱり現実だったのかも知れない。それは…明日朝起きてみれば分かることで……。


 その夜、わたしは夢をみたらしい。よく覚えいないけれど。ぼんやりとした抽象画のような。まるで万華鏡を覗き込んでいるような、ぼんやりとしたイメージ。

 喩えるなら、海の中から海面を見上げているよう。波が動くかのように視界はゆらぎ、見ている物が常に変化し一定にならない。わたしは沢山の人達に囲まれていた。いや、一人の人かも知れないし、沢山なのかも知れない。煌びやかな色彩に彩られた着物を纏っている人達がわたしの周りを囲んでいるようにも思えるし、たった一人の人が私を包み込んでいるようにも思える。人なのか、それとも単なる模様なのかさえ分からない。

 耳鳴りのようにも聞こえる人の声。何かを話しているかのようにも聞こえるけれど、ただの雑音でしかないようにも感じる。最後には、それが夢だったのか、それとも夢ではなかったのか、それさえ分からなかった。

 ただ、一つ分かったのは、それを感じているのが「現実のわたしではない」ということだけだった。

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