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「竹取の」  作者: mofmof
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「竹取の」第5夜<五日月>

挿絵(By みてみん)

「なにあれ?」

 ちいちゃんが小さな悲鳴を上げたかと思うと、窓に吸い込まれるようにして駆けていった。

「ちいちゃん、ダメ!」

 わたしはちいちゃんに手を差し伸べて止めようとしたけれど、ちいちゃんの動きは予想よりずっと速く、わたしの掌は空を掴むだけだった。ちいちゃんは素早い動きで窓に取り付いた。その動きはまるで夢遊病者のそれのようで、まるで正気を失っているかのようだった。わたしはすぐにちいちゃんを止めようとしたけれど、足が棒のようになって前に出すことができなかった。

 怖い。

 照明を点ける動作さえできず、わたしは自室のドアに張り付いたかのようにちいちゃんの一挙手一投足を眺めることしかできなかった。ちいちゃんは窓に取り付くと、ゆっくりと窓のロックを外し、窓を開け、アメツチに手を差し出した。

 そして。

「きゃー! かわいいー!」

 ちいちゃんは黄色い声を張り上げて、アメツチを抱きしめた。

「なにこれ、かーわーいーいー。スベスベ、もふもふっー!」

 ちいちゃんは幼児がぬいぐるみにするように、アメツチを抱っこして頬擦りした。

「ちょ…ちょっと、ちいちゃん!?」

 わたしは一気に力が抜けてその場にへたり込んだ。

「ねー、瑠璃ちゃん、これどうしたの? 飼ってるの? なんていう動物? どこで買ったの?」

 矢継ぎ早に質問を投げかけてくるちいちゃんに、わたしはなんと返事していいのか分からなかった。まさか、月面人のなれの果てだから触らない方がいいとか言うわけにもいかず。

「そ、それ…わたしが飼ってるんじゃないの。その…昨日から、うちに寄りついてきてるだけで…。どんな病気もってるかどうか分からないから、そんな触らない方がいいんじゃないかしら?」

 と言うのが精一杯。

「えー。こんなかわいいのに病気とか、ないない。どこから来たのかしらねー?」

 ちいちゃんは全然お構いなくアメツチを構っていた。アメツチの方はさもわたしに当てつけるかのように、ちいちゃんに頬擦りされる度に、気持ちよさそうな目をこちらに向けた。わたしはその表情にカチンときた。

「あー。それでね、さっきの話なんだけどねー」

 ちいちゃんはその不思議な生物を抱っこしてなでなでしながら、話題を変えた。

「さっき、お好み焼き屋さんで話したこと、しばらく内緒にして欲しいんだ。特にお母さんにはね」

「さっき、話たこと?」

 わたしは、その場に座り込んだまま、ゆっくりと部屋の扉を閉じた。

「うん、進路の話。就職するっていう。まだ両親には話してないんだ。先生にも。一応去年出した進路希望には、進学って出してあるから」

「え?そうなの?」

「亮ちゃんだけには言ってあるんだけどねー。両親は進学してほしいみたいなんだけど、わたしはもう家業継ぐつもりでいるんだー。どうせ大学に行ったって、遊ぶだけで、授業なんて何の役に立たないしー。それより少しでも早く仕事覚えたいの。うちね、そんなに楽な商売やってないの知ってるんだ。特にここんとこ景気悪くって、従業員もそんなに雇えないからって、毎日二人とも夜遅くまで仕事してるの。わたしが手伝ったところで、どれくらい役に立てるか分からないけど、人の半分くらいにはなるんじゃないかなーって思ってる」

 ちいちゃんは、いつもの雰囲気とはまるきっり変わって、しっかりとした物腰で語った。見た目よりずっとしっかりしているのはわたしも付き合いが長いから知ってはいたけれど、そんなに将来のことを、家族のことを真剣に考えているなんて思ってはいなかった。わたしは自身の考えのなさを思い知らされた。

「さっきは瑠璃ちゃんと亮ちゃんだけだったから、話ちゃったけど、そう言えば、内緒にしておいてもらわなきゃなって、 さっき気がついて。もちろん、瑠璃ちゃんのこと信用してるから。内緒でね。お願い」

「そりゃあ、ちいちゃんに内緒って言われたら、言わないけど…でも、ご両親は進学して欲しいって言ってるんでしょ?」

「うん。わたしが家業継ぐなんて考えてないみたい。でも、せっかく二人で苦労して築きあげた仕事だからさー。なんらかの形で残してあげたいなーって思って。わたしが男だったらよかったのにって思うよ」

「そっか」

 ちいちゃんの両親を思う気持ちも分からないでもない。でも、自分がその立場にいた時に同じ事が言えるかというと、正直自信がない。

「素敵なお友達だね」

「え?」

 突然、第三者の声が私たちの会話に割って入ってきた。さすがのちいちゃんも驚いた。

「その立派な魂を見込んで、お願いがあるんだ」

 もちろん、その声の主はあの月面生物だった。わたしは、額に手をやった。どうしてこのタイミングで話しかけるかな。

「お月様を助けてほしいんだ」

「お……お月様?」

「そう、お月様。月、ムーン。地球の衛星。日本では古来より、ツクヨミが神格とされ、『古事記』では黄泉の国から戻ったイザナギが禊を行った時に右目を洗った際に生まれたとされる。そのお月様」

 わたしにしたのと同じ説明をちいちゃんにもした。

「お月様をどうやって助けるのー?」

「あなたのお友達には、月を助ける力があるんだ。その力を使って僕たちの星を助けてほしいんだ」

「月……あなたたちの星? どういうこと?」

「そうだね、順を追って説明しなきゃならないかな。ボクはアメツチノオオワカノミコ。今はこんな姿をしているけれど、ちょっと事情があってね、これは仮の姿。『竹取物語』は知ってるかい?いわゆるかぐや姫のお話なんだけど、そのかぐや姫をお迎えに上がった従者の子孫なんだ。つまり、現代風に言うと、月面人ってことになるかな」

「月面人?」

「ちいちゃん、そんな奴の言うことなんて聞かなくていいから。そんな話信じられる訳ないじゃない。まして、月面人だなんて…」

 そんな突拍子もない話、信じられるわけもなく。わたしがそう言うと、ちいちゃんはわたしの方を見て、なんとも不思議な表情をした。寄り目に、額に若干の皺をつくり、何かを考え込んでいるかのよう。

「んと…。じゃあ、あなたは、あそこから来たの?」

 ちいちゃんはさっきまでアメツチノ…なんとかを撫でていた手をすっと窓の外に向けて伸ばし、高い夜空に煌々と輝く、まだほぼまん丸に近い月を指さした。

「そうだよ。あそこから来たんだよ」

 その返事を待って、ちいちゃんはすっと、一つ溜息をついた。

「そ、そうよね、そんなの信じられないわよね…」

 わたしは、ちいちゃんにそう言った。わたしが変な人だと思われたらどうしよう。と、それしか考えつかなかった。

 と。

「すごーいー! わたしたち、月の人とお話してるの? 信じられない、ううん…信じちゃう!」

 わたしは思いっきりずっこけた。信じるんですか。本当に信じるんですか?

「そうだよ、月の人……まあ、そう言う言い方でも間違ってはいないかな。えっと、こういうのって、この時代のキミたちの言葉でなんて言うんだったかな。『第三種接近遭遇』っていうのか。いわゆるそういうヤツだ。

 で、本題に入るんだけど、今月は死にかけている。月のパワーが落ちかけているんだ。このままでいくと、月は地球の惑星ではいられなくなる。地球から離れてしまう。もしそうなったら、もちろんボクたちは困るし、地球にとっても大変重要な問題が発生することになる。

 海の満ち引きは月の引力の影響だっていうのは聞いたことあるかい?それ以外にも月があるから起こる自然現象は沢山ある。人間に与える影響も甚大だ。

 そうならないためにも、今手を打たなければならないんだ。協力してくれないか?」

「ち、ちいちゃん…?」

 ちいちゃんは、その大きな瞳をわたしの方に向けた。その目は潤んでいる。

「瑠璃ちゃん! わたしたち、地球を救うんだねー! 瑠璃ちゃんには、その力があるんだって! お手伝いしてあげようよ」

 両手を握りしめてわたしに訴えかけてきた。さっきまでの大人びたちいちゃんはどこへ行ったの?

「え…だけど…」

「世界平和のためだもの、やるわよね? もちろんやるわよね?」

「え…あ…はい」

 ちいちゃんの勢いに押されて、わたしは思わずそう言ってしまった。

「よかったわね、アメツチノオオワカ…ミコミコさん?」

「アメツチでも、オオワカミコでもいいよ。ちいちゃん、ありがとう。本当にありがとう! これでボクも肩の荷がおりたよ。これで、地球と月の危機が回避できるよ。本当にありがとう。心からありがとう」

 ちいちゃんとアメツチはお互いに抱きしめ合い、感動の場面を演出した。わたしだけが置いてけぼりな感じ。だけど、それをやるのは、わたしなんですけど。

「わかった、わかったわ。それで、わたしは何をすればいいのよ? わたしはそんなに大それたことはできないわよ?」

「キミには、ちょっとした儀式をやってもらえばいいだけなんだ。それについては、ゆっくりと説明をするね。それに準備も必要だから、また数日したらここに戻ってくるよ」

「儀式? 痛いこととかはイヤよ」

「大丈夫。痛くもないし、痒くもない。体力使うことでもないし、心配しなくてもいいよ。でも、とにかく、キミにしかできないことなんだ。竹泉瑠璃さん。そして、キミにもお手伝い願おうかな。京茅衣子さん」

「わたしの名前知ってるの?」

「まあ、その理由は追々。じゃあ、ちいちゃん、瑠璃ちゃんのことはよろしく頼むね。また会おうね」

 そう言うと、アメツチはちいちゃんの膝上からすっくと立ち上がって、窓まで飛んだ。

「あ、そうそう、今日のことは誰にも内緒だよ。ボクと会ったことも、約束した内容もね」

 もちろん言いませんとも。言ったらわたしたちが精神異常を疑われます。と内心で返事した。

 アメツチはそのわたしの心の中を読んだかのように、小さく笑い(笑ったように見えた)、手を振るような仕草をしてから、窓の外へ消えた。ちいちゃんは、その後ろ姿を追うようにして手を振った。

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