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「竹取の」  作者: mofmof
27/30

「竹取の」第27夜<二十七夜>

いつも「竹取の」をお読みいただきまして、ありがとうございます。


命がけで富士山頂に降り立った瑠璃たち。無事にサクヤ姫の記憶の欠片を回収し終えた後、ようやく謎の全貌が見えてくる。


ファンタジーSF小説。第27話です。

挿絵(By みてみん)

「話は太古の時代に遡ります」

 夕刻前、別荘に着くと早速先生が催促するに併せて、姫が説明を始めた。リビングでは、わたしに向かい皆が相対するように座った。けれど、わたしの意識は宙に浮いているようで、むしろ皆と一緒に、第三者として自分を見つめいているような感覚だった。わたしが向かい合っているわたしの中身はわたしではなく、サクヤ姫なのだった。とても奇妙な体験だった。

「わたしが天孫に嫁いだお話はご存知で?」

「ニニギノミコトですね。お父上のオオヤマツミは貴女と、姉上のイワナガ姫を差し出したが、天孫ニニギは貴女のみを娶ったと、古文書にはありますが」

「そうです。その後、姉上がどうされたかはお分かりですか?」

「確かそれについては記述はないはずです」

 亮くんは、先生から預かっていた本を開きながら、そう答えた。その本のいろんなところに付箋が貼り付けてあり、待っている間ずっとその本とつきっきりだったことが伺えた。

「実を申しますと、わたしと姉は元々月の一族に嫁ぐ予定でございましたが、天孫に見初められたことを知った父は心変わりをしたのです」

「そうなんですか!? それは驚きだ」

 先生は慌ててメモを開き、何かを書き込み始めた。

「当時、天津国は葦原中国を平定し、その最後の仕上げとして天孫を遣わしました。それまでは天津国と月読国は葦原中国に対しほぼ対等の力をもっておりましたが、天津国が圧倒的に力を及ぼすことになったのです」

「天津国というのは神の国、つまり天界のことで、葦原中国がこの地上のこと。月読国というのは古文書にはでてこないが、アメツチのいう月世界のことなんじゃないかな」

 と、亮くんが補足した。ちいちゃんがなるほどと頷いた。

「そういう理解でよろしいかと思います。そもそも、ツクヨミはアマテラスと共に生まれた三貴神ですから、天津国と月読国は対等であるとの認識であったのです。ところが地に下りた天津神に妻を横取りされた形になり、ツクヨミ様は大変お怒りになったと聞いております。さらにその怒りに油を注いだのが、天孫が姉上をお戻しになったことでした」

「可愛くないからって、結婚しなかったっていう、あの話ですかー?」

 ちいちゃんがその話だけには反応した。サクヤ姫は黙って頷くことでそれに答えた。

「それで、姉上はどうされたのですか?」

 先生は取材に勤しむ新聞記者さながらメモにペンを走らせながら聞いた。

「最初の予定通り月の王に嫁ぎました。心情複雑であったと思います」

「だから、月の一族の寿命は長いんですね? イワナガ姫と結婚すれば、その子は岩のように長い寿命をもつことになるとオオヤマミツは言っていました」

 と、亮くんが補足したところで、美貴さんがサンドイッチを大皿に盛ってテーブルの上に置いた。

「みなさん、お昼食べてないんでしょ? お話されながらおつまみになったらいかがですか?」

 もちろん美貴さんはサクヤ姫のことは知らないはずだけれど、今ここで話をしている話題に特に気にした様子もなくごく普通に振舞っていた。不思議に思わないのだろうか? それとも、先生に慣らされているのだろうか。

 美貴さんがサンドイッチの皿をテーブルに置き終わった頃、また地震が起きた。唯一立った状態だった美貴さんが、

「あら、また揺れましたね。今日はずいぶん地震のある日ですね」

 と、ケロっとした顔で言った。どうやらこういう性格の人らしい。

「わーい。いただきまーす」

 そういう性格の人がもう一人いた。ちいちゃんは緊迫したシーンでもちゃんと食欲が沸く人だった。わたしはというと、朝ごはんを戻してしまったため、完璧に空腹であったのだけれど、身体が言うこと効かないためにそれを我慢していなければならない状態だったのだけれど。そんなわたしの目の前でおいしそうにサンドイッチにパクつくちいちゃんであった。

「よくお調べのご様子ですね」

 サクヤ姫は亮くんに感心したようにそう言った。

「けれど、古文書はあくまでも伝承であったりしますから、確かではなかったり、抜け落ちたりしてる部分も多いです。特にツクヨミについては古事記も日本書紀も詳しくは書いてない。やはり順を追ってお話いただくのが肝要かと。ただ、もしできるのでしたら、月の一族と浅間大社の間での対立の切欠をご存知なのでしたら、そのあたりを詳しく教えていただけるとありがたい。この諍いの原因が分かれば多少は解決の糸口が見えるかも知れないと。例えばそれは、イワナガ姫が月の一族に嫁いだことと何か関係があるのですか?」

「分かりました。その辺を詳しくお話しましょう」

 一呼吸置いて、サクヤ姫は口を開いた。

「……実を言うと、本来そこには何の対立もないのです。敢えて言うならば、全てはわたしのせいなのです」

「対立がない……?」

「はい。記憶を封印されていたわたしも、永くそう記憶しておりましたが、記憶の欠片を得た今ははっきりと申し上げられます。わたしが転生する度に月がその力に引き寄せられること、それによって富士山が噴火することはないのです」

「え?でも、実際、今も地震も起きてますし?」

「これは姉上の力によるものです。富士山は姉上の寄り処なのです」

「なんですって? 浅間大社で祀られているのは、誰でもない貴女なのですよ?」

「わたしは元々水を司る神でありましたのよ? それが火の源であるわたしが富士山そのものであるわけがございません」

「確かに、浅間大社では姫は水の神として、富士山を鎮める役目として祀られていますね。……もしかして、『火中出産』の逸話から火の神と勘違いされたとかいうことではありませんか?」

 大発見をしたかのように先生は立ち上がった。

「おそらくそうでしょう。そして、わたしは姉上の寄り処である富士山を鎮めるためにあの大社に身を寄せていたのです。

『火中出産』と言われるお話ですね。その話を避けることはできませんね。わたしはニニギノミコトに嫁いだ翌日天孫の子を身篭りました。それを天孫は他の殿方の子ではないかと疑ったのです。しかし、それを疑ったのは夫だけではなかったのです。月に嫁いだ姉上もそれを疑ったのです。つまり、自分の夫──月の王──との子ではないかと。そして、姉上は嫉妬のあまり月の王を幽閉してしまい、さらに呪いをかけたのです。

 数百年後わたしはかぐや姫として転生しました。月の一族として。姉上は言われました。

『あなたは罪を犯しました。その罪滅ぼしに、地に墜ち、様々な試練を受けるのです』

 わたしはその罪とは何なのかを何度も問いただしました。れけども姉上は何も答えてはくれませんでした。ただ、最後に

『わたしの情けとして、あなたが本当に愛した人を従者として迎えに遣しましょう』

 とだけ申しました。そしてわたしは竹取の娘として地に遣わされました」

 まるで寓話のような話だった。いや、神話自体今のわたしたちにとっては全て寓話でしかないわけだから、その続きとして捉えるべきなのだろうか。

 姫は続けた。

「その時にわたしは姉上の言う『罪』の意味に気がつけばよかったのですが、それに気がつくこともなく竹に生まれた幼子に戻りました。一旦記憶を戻されたわたしは急ぎ成人となり、姉上の言う意味を探るために、沢山の殿方にお願いをしてサクヤ姫の時の記憶の欠片を集めていただきました。それは時には珠であったり様々な形に形を変えておりました」

「確かに、竹取物語では、月の従者がかぐや姫の『罪』に言及する場面がある。あれは唐突な話であったし、それ結局その罪が何の罪であったかの言及がされないまま物語は終わっている。ボクも気にはなっていたんだが……。そして、その記憶の欠片探しが、求婚者に対する無理難題になってたというわけか」

 先生は納得したような顔をした。

「その記憶の欠片を全て集めた時、わたしは気がついたのです。姉上は月の王とわたしの約束に気がついていたのではないかということを」

「約束?」

「わたしが天孫に嫁ぐ前に、月の王と次の世では結ばれようと永遠の約束をしたのです」

「つまり、サクヤ姫としては、月の王とはなにもなかったと?」

「もちろんその時はなにもありませんでした。イザナギ、イザナミに誓って」

「しかし、月の神はその約束を忘れていなかったのでは?」

 先生とサクヤ姫とのやりとりをわたしたちはただ聞いているしかなかった。

「かも知れません。……そして、姉上もそれに気がついていらっしゃった。そこでわたしは月界に戻って、記憶を消される前に『不死の薬』と称して帝に、集めたサクヤ姫の記憶の欠片を全て薬瓶に封印してお渡しいたしました。次の世でそれに気がつくために」

「確かに竹取物語では天の羽衣を着た時に記憶を消されたとなってますね。その『記憶の欠片』を、帝は富士山の火口に捨てたために、奥宮に置かれてしまったと?」

「そうです。奥宮がわたしにとって回収すべき過去の記憶の床となったのです。それを帝が飲んでいただいておりましたら、もっと前に京にて回収できましたことを。今更言っても仕方ございませんが。そして、それを回収するまでに1000年を要したということになります。これが先ほどの貴方の質問へのご回答になります。話が長くなって申し訳ありません」

 気が遠くなるような話だった。単なる誤解、勘違い、そして永遠の約束。こんな永い時間をかけなければならない事態になるとは。しかも、その誤解はいまだに解けてはいない。

 『永遠の約束』

 それは乙女心にはキュンとくる言葉だけれど、こう何千年もの間に亘って誤解の源となり、それを信じてきた者にとっては、ある意味苦痛そのものではないかとも思える。

「とんでもない。こちらこそ、根堀り、葉堀り聞いて申し訳ない」

 驚きの表情で、先生はようやくソファに座った。

 ドン!

「!」

 その瞬間、足元から激しく突き上げるような揺れがわたしたちを襲った。

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