表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「竹取の」  作者: mofmof
21/30

「竹取の」第21夜<二十一夜月>

いつも「竹取の」をお読みいただき、ありがとうございます。


「富士の者を信じてはなりませぬ」との言葉を残して消えたアメツチ。そして、太古の昔の夢を見る瑠璃。そして、ついに一行は富士に向かうことになった。


ファンタジーSF小説、いよいよ佳境へ。

挿絵(By みてみん)

 車は高速道路を南に向けて走っていた。谷間を抜けていくその有料道路は両側をなだらかな丘陵地地帯で埋め尽くされていて、地元の人間にとってはいつもの見慣れた風景がただひたすら続いていくだけのものだった。時折長短あるトンネルをくぐるので、若干のメリハリはあるのだけれど、コンクリートの壁はどこか冷たく、気持ちを昂ぶるものではなかった。

 なにより、わたしの隣に座っている亮くんが気になってしまい、ドライブを楽しめていないのが原因だった。わたしは窓の外を眺めているフリはしているけれど、神経は右側面に集中していて、亮くんが時折居ずまいを正すためにほんの少し体を寄せたりする動きでさえ感知してしまう。まるで敏感なコンビニの自動ドアが、ドア前のお客さんのちょっとした動きに反応するかのように。

 正直総革張りのシートは座りやすかった。体にフィットするように作られているのだろう、まるで体に吸い付くように受け入れてくれる。これなら長時間のドライブも体にこたえることはないだろう。けれど、たった一つ、困る……いや、本当は困らないのだけれど……いややっぱり困っちゃう。後部座席がものすごく狭いの。こんなに大きな車なのに何故? と思うくらいにわたしと亮くんの座るスペースが小さい。ただ、二人を遮るセンターの凸部分があるので、密着は回避できるのだけれど、少し気を抜くと亮くんの投げ出した左手に触れそうな、そんな距離感がすごく微妙で、やっぱり困る。

「これ、なんですかー?」

「これかい?これはね……」

 なんて、前の座席でちいちゃんがなにやら楽しげに浦城先生に運転席のコンソールのボタンを指さしながら何かを訊いていた。それを見て、亮くんは少し憮然とした顔をしているに違いない。ちいちゃんがわたしと一緒に後部座席に座ってくれれば万事解決だったのに!


 それは今朝のこと。浦城先生はまずわたしの家にお迎えに来てくれた。パパから買った外国製のピカピカな車。大きな車体。さすがのわたしでも、ポルシェという車は知っていた。とても高いはず。パパはわたしたちの家の玄関先に止まったその車を見て、まるで我が子を見るように破顔していた。

「どうですか調子は?」

「まだほとんど乗ってませんので、これが慣らし運転になりそうですね」

「富士でしたっけ?行って帰ってきてちょうど300キロちょっとくらいですね。途中寄り道しても400キロ前後なら、最初の慣らしとしてはちょうどいいんじゃないですか? お戻りになったら、一度ピットまでお持ち下さい。状態みてみますから」

 パパはほくほく顔でそう言った。

「瑠璃ちゃん、助手席に乗ってみるかい?」

 浦城先生がわたしにそう訊いた。わたしがパパを見返すと、パパ頷いてあたしを助手席に導いてくれた。浦城さんの車はドアが2枚しかないタイプで、後部座席に座るには前の座席を倒さなければならないらしい。前にパパが話していたような気がする。わたしはパパに勧められるように右側から乗り込み、助手席に座った。パパはわたしのキャリーバッグをトランクにしまってくれた。新品の革張りシートは、固くもなくしっとりとしていてわたしの躯を包み込むようにしてくれる。車に乗り込むと真新しい臭いがした。

「キミが最初の助手席ナビだよ」

 浦城先生が左座席に乗り込むと、そう言った。

「え? ええ? いいんですか?」

「もちろんだよ。この車を薦めてくれた竹泉さんのお嬢さんを最初に迎えることができるなんて、僕は嬉しいよ」

 浦城先生はまるで少年のような笑顔でそう言った。新車に乗る喜びをその表情が表現していた。本当に車が好きなんだな、パパと一緒だ。なんて単純なことをわたしは考えていた。

「では、お嬢さんをお預かりいたします」

「はい、よろしくお願いします。瑠璃、ちゃんと言うことをきくのよ?」

「はい。行ってきます」

 エンジンを掛けると、重量感のある低音のエンジン音が車内に鳴り響いた。けれど嫌な感じはなく、むしろ力強い騎士に護られるお姫様の気分を味わうと言った方が良いような気がした。

「このエンジン音がいいんだよね」

 浦城先生はそう言ってハンドルを握った。

「シートベルトはちゃんと締めてね。馬鹿な死に方はさせたくないからね」

「はい、大丈夫です」

 車はまるで王者が神輿に載って進み出すかのようにゆっくりと動き出した。住宅地のど真ん中であることもあるのだろうけれど、最初の慣らしということもあるのだろうか。先生の両腕は慎重にゆっくりと動作を一つづつ確認するかのように動いた。

「そこをまっすぐです。次を右に。その角を左にお願いします」

 わたしはちいちゃんの家への慣れた道を案内していく。やがてちいちゃんの家に到着すると、ちいちゃんと亮くんが家の前で待っていた。

「ちいちゃん!」

 わたしは車から降りて二人のところに行った。先生も一緒に降りてきた。

「せんせー、格好いい車ですねー。なんていうんですかー?」

「見るからに、ポルシェだろ、これ」

 亮くんが青ざめた顔してそう言った。

「へー、これがポルシェなんだー? さすがに人気作家さんなんですねー!?」

「いや-。それほどでもないよ」

 先生はちいちゃんに褒められて素直に照れた。

「ねぇ、これって、どれくらいするの?」

 どうやら亮くんはこの車の価値が分かるようなので、こっそり訊いてみた。さすがにパパには訊けないものね。

「俺も詳しくはわからないけど……多分、これ、911カレラのはずだから……新車なら多分1500万は下らないと思うぜ……」

「え……」

 わたしもさすがに絶句した。そりゃあ、パパ有頂天になるわよね。臨時ボーナスも出るわよね。ママも喜ぶわよね。ついでにわたしもお小遣いが出たから喜んだクチだけれどね。

「家買えちゃう?」

「安いのなら買えるかもな」

 わたしは改めて振り返ってそのポルシェを見た。家一件分。

「まあ、考えてみれば、別荘持てるんだから、当たり前っちゃあ、当たり前なのかもな」

 けれど、高校生の分際からすると、想像もつかない金額だった。

「すみません、お世話になります」

 亮くんは改めて先生に頭を下げた。

「うちら、両親ともに日曜祝日関係ない職業なんで、挨拶できませんけど」

「ああ、気にしないで。竹泉さんからは聞いてるから」

 昨日の夜、両家からはうちに電話が入っていて、先生には重々よろしくお伝えくださいと言われていた。

「荷物あるかい?小さいけどトランクあるから」

 先生はトランクを開けた。

「はい。あります。ちい、貸せ」

 亮くんはちいちゃんの分の荷物も一緒に持って車の後部に行く。

「あれ?小さいね、荷物。二人とも」

「あ? ああ、俺は男だしな」

 にしても、ちいちゃんの荷物もわたしのよりは一回り小さい。確かに普通の乗用車に比べれば小さい先生の車のトランクは三人分の荷物で埋まった。

「あれ?先生のお荷物は?」

「ボクの必要な物はほとんど別荘にあるから、財布さえあれば大丈夫。じゃあ、乗って」

 先生が運転席に戻ると、わたしと亮くんも右回りに前へ。と。

「ちい、なんでそこに乗ってるの?」

「えー? だってー、ここ格好良いんだものー。わたし、こことっぴー!」

 ちいちゃんはすでに助手席に座っていて、座席を前に倒してわたしたちを後部座席に乗せる準備をしていた。

「お前、竹泉と一緒に後ろに乗れよ」

「やーだもん。わたしはここがいいんだもん」

 わいわいやっている二人を尻目に、わたしはこっそり後部座席に乗り込んだ。運転席の後ろ側。

「狭くないかい?」

 ちいちゃんと亮くんのやりとりを楽しげに見ながら先生はわたしに訊いた。

「あ、大丈夫です。ありがとうございます」

 普通乗用車から比べると少し狭くは感じるけれど、助手席同様総革張りのシートはやっぱり高級感を感じさせる。そりゃあ、1500万だもの……と考えると緊張する。皮に傷とか付けたら大変だなと思いつつ。

「もう、分かったよ!」

 ついに亮くんの方が折れたらしく、ちいちゃんが助手席のまま彼の方が後部座席に座った。わたしは嬉しいような、なんというか複雑な気持ちだった。ドアを閉めると、ちいちゃんがわたしに向かってちいさくピースサインを送ってきた。だから、余計なことしないで、ちいちゃん! いや、余計でもないんだけど、だけど、だけど。


 というやりとりがあって、今に至るみたいな話なのだけれど、それ以来亮くんはずっと憮然としてるし、わたしからもなかなか話しかけられない時間が長く続いた。

『安心しろ、俺が護ってやるから』

 昨日の夜のあの言葉が忘れられない。亮くんは勢いで言ってしまったのだろうけれど、でも、本当に嬉しかった。その気持ちをいつかどこかで伝えたいと思っているのだけれど、この雰囲気では言い出せないし、言ってしまったらまるで告白のようになってしまいそうで、言い出せなかった。

 そんな緊張の時間はそれほど長くはなかった。高速道路にのったかと思うと、しばらくして車はパーキングエリアに止まった。

「急ぐ旅でもないし、ゆっくり行こうか」

 そう言って先生は車から降りた。わたしは気持ち的にすごく助かった。それに、ちいちゃんに言いたいこともあったし。

「ちいちゃん、ちょっと」

 ちいちゃんの手を取って一緒に女子トイレに向かう。

「どうしたの瑠璃ちゃん?」

「どうしたのじゃないでしょ。こっちが聞きたいわ。どうして一緒に後ろに座ってくれなかったの? 亮くん怒ってたわよ」

「あ。ああー。あれね、怒ってるんじゃなくって、照れてるのよ」

「え?」

「本当はね、瑠璃ちゃんのことすっごく心配で心配で仕方ないみたい。昨日の夜も、何度も電話きて、大丈夫かな、大丈夫かなって、うるさいくらい言ってくるのよ。だったら、瑠璃ちゃんに電話すればいいじゃないって言っても、さっきかけたばかりだから、ウザくないかとか、変な心配してるのよね。全く、男らしくないんだから」

「そんなに、わたしのことを……?」

「瑠璃ちゃん、封印が解けてきてるせいでフェロモンむんむんだって言ってたじゃない? どうも亮ちゃんってば、逆に遠慮してるみたいなのよね。自分は絶対そのせいじゃないとかって思ってるんじゃないかなー?」

「むんむんは言ってなかったと思うけど……」

「多分、他の男の子達と同じに感じるみたいね。それを自分で自制してるつもりみたいよ。無理しちゃってね」

 そうだったのか。でも、わたしにすれば、むしろそういうところが男らしいと思うのだけれど。

「瑠璃ちゃんがイヤだったら、わたし後ろに座るよー?」

「イヤってわけじゃ……ないんだけど……」

 そう言われると、なんとも返しようがなかったり。

「じゃあ、わかったー」

 そう言ったかと思うと、ちいちゃんは回れ右して、車の方に戻った。

「あ、ちいちゃん!」

 かと思うと、亮くんの方に駆け寄って、なにやら耳打ちした。亮くんは何か驚いた風なジェスチャーをしたが、すぐにいつも通りの風に戻って、頷いた。ちいちゃん、一体何を言ったの!?

「じゃあ、行くかい?」

 先生の声を合図にまた皆車に戻った。結局座った位置は前のままだった。

「竹泉、昨日言ってた絵って持ってきたか?」

 乗るとすぐに亮くんの方から話しかけてきた。さっきより表情は和らいだような気もする。

「うん……持ってきたよ。これ……」

 わたしはポシェットにしまい込んでいたその絵を出した。四つ折りにしたまま封筒に入れて持ってきたのだ。わたしは封筒からその絵を取り出して、亮くんに広げて見せた。

「これ……いつ描いたんだ?」

 わたしは覚えてないんだけど、一緒にしまってあった賞状には1年生って書いてあったから、小学1年の時みたい」

「小学1年生の絵には見えないよな……。これ、何描いてあるんだ? ……その、つまりどんな前世の記憶なのか、分かるか?」

「ううん……なんとなく、昨日うたた寝してたときの夢がこんな感じだったような気がしただけで、具体的にはどんな事があったかは分からないの」

「そっか……。後でこの絵を先生にも見てもらおうか……」

 亮くんは、その絵をできるだけきれいに畳んで私に返してくれた。わたしはそれを封筒にしまって、ポシェットに戻した。

「あ、そう言えば、昨日の夜、アメツチが現れたわ」

「え? 何故それを早く言わないんだ!?」

 亮くんは大声で怒鳴った。

「あ……ごめんなさい」

 わたしは驚いて小さくなった。

「あ……ごめん。俺こそ」

 亮くんは声を落としてそう言った。

「どうしたい?」

 先生が気にして声をかけてきた。車が若干左右に揺れた。思ったより結構スピードが出てるみたいだった。

「あ、いえ、昨日またアメツチが出たって言うんで……」

「でも、姿は見えなかったんです。声だけで……」

「そうなんだ? 声だけ? ふうん……」

 先生は何かを考え込むように言葉を切った。

「声だけだったんだ?」

「うん……でも、何も教えてくれなかった。ただ、『富士の者を信じるな』ってだけ」

「『富士の者を信じるな』……か」

「それは、もしかして、ボク達が富士に行くことを予測してのことかも知れないね」

 先生はぼそっと言った。

「とにかく、詳しい話は別荘に着いてから、詳しく聞こうか」

 そう言って、先生はその話を締めた。

「竹泉、ごめんな、大きな声出してしまって」

「ううん……わたしも言ってなかったし。昨日のうちに言っておけばよかったよね」

 わたしたちはしばらくお互いを見つめ合った。

「ほら、富士が見えてきたぞ」

 高速道路を下りてからしばらくして、先生がわたしたちに声を掛けてきた。振り返ると、左手前方にうっすらと綺麗な円錐形が見えてきた。まだ山頂は雪を戴いている。

 その姿が何故かわたしには懐かしく感じられた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ