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「竹取の」  作者: mofmof
14/30

「竹取の」第14夜<待宵月>

2度目の儀式に臨んだ瑠璃に起こった異変とは?


ファンタジーSF小説、第14話です。

挿絵(By みてみん)

 異変とは言っても、それは些細なものだった。いや、わたしにとっては些細とは言えなかったのだけれど。

 まず最初の異変は、いつもの通りにちいちゃんと一緒に学校に登校している最中のことだった。駅前を過ぎて学校に向かう一本道に差し掛かる頃、周りはほぼうちの高校に登校する生徒で占められている。わたしとちいちゃんは昨日の出来事で話が盛り上がっていたところだった。

「しきがみさんっていうの?それがね、ここからぴょーんって出てきて、びゃーって飛んで、そのちっちゃい人をあっと言う間に追っ払っちゃったのよー」

 ちいちゃんは興奮気味にそう説明してくれた。相変わらず擬音が多いのはご愛敬。その右腕には昨日アメツチに渡された白い紐がつけられたままだった。こんなところから、式神とやらが出てきたとは、わたしにとっては至極不思議なのだけれど。とりあえず、あの猫もどきの善行であったことは幸いだった。

「とにかく、何事もなくてよかったわ」

「お父様はもう大丈夫ー?」

「うん、ありがとう。今朝はピンピンして出勤して行ったわ」

「そっかー。じゃあ、あとはかぐや姫さんを起こしてお月様を助ければ、万事めでたしということねー?」

 と、ちいちゃんが超楽観的な観測を述べた。

「かぐや姫……なのかしら?」

 そう言われてみると、あの繭はかぐや姫そのものなのかも知れないと思い至った。千年も前に地球に降臨し、十五夜に月に帰って行った伝説の人。お伽噺だとばっかり思っていたその古典文学が実は実話であったことは、この地球上わたしたち三人だけしか知らない秘密なのだった。けれど、もしあれがかぐや姫なのだとしたら、何故封印されてしまったのか。何故起こしてほしくないと願ったのか。実は全然解決されていない疑問ばかりなのだということに今更ながら気がついた。だからと言って、わたしが何かを出来るわけでもないのだけれど。

「竹泉瑠璃……さん?」

 そんな感じで、わたしがぼんやりと考えごとをしながら登校していると、後ろから声を掛けられた。

「あ、はい……そうですけど……」

 振り返ると、背の高い男子生徒がわたしに声を掛けてきていた。どこかで見たことのある人。制服に着けられた袖の色から三年生だと分かった。同級生だったみたい。でも同じくクラスになったことはないと思う。

「僕は祥雲寺礼しょううんじれい。去年から生徒会長をやってるんだけど……知ってるよね?」

 道理で見たことがあると思った。生徒会長だったのか。普段生徒会と関わりない生活をしていると、こういうことに疎くなる。そう言えば、今年はイケメン生徒会長だとかいうことをクラスの女子が騒いでいたような記憶はある。たしかに端正な顔つきで、背も高いし、女子に人気があるのは分かるような気がする。

「あ、あの…生徒会長さんが、どのようなご用事で?」

 わたし、何かやっただろかと思い返すも、特に生徒会長からお叱りを受けるようなことをやった記憶はどうしても出てこなかった。

「あ、いや、ごめん。今朝は、生徒会長としての僕じゃなく、祥雲寺礼個人としてお話させてもらいたかったんだ」

 まるで歯磨き粉のCMに出演しているアイドルのように、今にも口元がキラリと光り出しそうな満面の笑顔で生徒会長さんは言った。登校途中の生徒達がなんだろうかと私たちを眺め始めているのに気がついた。注目されているのはわたしではなく、このイケメン生徒会長さんだということは十分に分かっているのだけれど、なんかすごく恥ずかしかった。

「は、はあ……」

 生徒会長さんはわたしの言葉を待っていたようだけれど、わたしは二の句を継ぐことができずに、そう相槌を打つしかできなかった。

「君、誰か付き合っている人はいるかい?」

「は?」

 もしわたしが少女漫画の主人公だったら、多分口か目かどちらからか星が飛び出していたに違いない。けれど、そんなことはなかったので、口をあんぐりと開けてしまっているだけのとてもお間抜けな顔つきであったはず。ちなみに、隣のちいちゃんも同様の反応だったみたい。

「竹泉さんって、愛らしいよね。その口元といい。僕には天使のように見えるよ。

 もし、付き合っている人がいないなら、僕と付き合ってもらえないかな? ……という、交際の申し出なんだけど……?」

 生徒会長さんは、わたしたちの反応にもお構いなしで自分の言いたいことは言うタイプらしく、とびっきりの気障な台詞ととりあえずのご用件は、お伺いいたしました。もちろん、わたしは飛び上がりましたけどね。……というか、心の中で飛び上がりましたよ。

「え……? あ、あの……」

 わたしがしどろもどろとと返答できずにいると、祥雲寺さんは少し困った顔をしてこう言った。

「……その、急にこんなこと言われても、返事しようがないよな。うん、いや、返事はいつでもいいよ。ゆっくり考えてもらって構わないから。僕は放課後はいつも生徒会室にいるから、よかったら遊びに来てくれ。じゃ」

 彼はさっと右手を自分の額の上に差し出し、一差し指と中指だけ二本指を立てた。こんな気障なジェスチャー映画でしか見たことない。実際にやる人がいるなんて。なんてことを思っている内に、生徒会長さんは風のように立ち去っていった。

「な、なんなの、あれ?」

「さぁ?」

 ちいちゃんとわたしはお互いに見つめ合って、きょとんとした。

「全然知らない人にいきなり付き合ってとか言われても……ねぇ?」

「でも、あんなイケメンに言われたらー、キュンとこない? あの人結構モテるみたいだよー」

 と、モテる女子代表のちいちゃんがそんなことを言って、わたしをからかった。

「っていうか、人違いなんじゃないの?」

 わたしにはそうとしか思えないのだけれど。

「でも、ちゃんと、瑠璃ちゃんの名前呼んでたよ?」

 確かに、最初にわたしの名前を呼んでたわけで。人違いってことはないのかと。

「おはよう。何やってんだ、お前達? 何この人だかり」

 と、そこに亮くんが現れた。確かに、わたちたちの周りには人垣ができあがっていた。

「ううん…なんでもない。行こう」

 わたしはみんなに見られている恥ずかしさと、とてもじゃないけど、今の話を亮くんにはできないという後ろめたさに苛まれ、ちいちゃんの手を引っ張って、走り出した。

「おい、どうしたよ?」

 亮くんは狐につままれたかのような顔つきでわたしたちを見たけれど、だからと言って追ってくるわけでもなく、いつも通りのペースで歩き始めた。わたしはちょっと安心した。

「ちょ、ちょっと、瑠璃ちゃん、どうしたのよ-?」

 その代わり、ちいちゃんが驚いた様子で前のめりになっていた。

「あ、ごめん」

 わたしはちいちゃんの手を離して少し進むスピードを緩めた。

「なんか、瑠璃ちゃん、すっごく注目されてたよね。可笑しい、ふふふ」

 日頃から注目されている人はすごいなと感心。あの程度だと全然動じないちいちゃんが頼もしくもあり、空恐ろしくもあった。玄関に着くとわたしが先に下駄箱を開けた。

 ドサドサ。

 よく見かける光景。手紙が束に落ちた。が、今日は何かが違う。

「あれぇ? わたし、下駄箱間違えた?」

 ちいちゃんの下駄箱と間違えたのだろうか。と、箱の上を見ると、確かにわたしの名前が書かれている。ふと、隣を見ると、ちいちゃんの下駄箱には一通の手紙だけが入れられていた。ちいちゃんはそれをつまんで。

「あらぁ、わたし負けたわねー」

 と、気にした風もなくそう言った。

「え? え?」

 わたしは落ちた手紙を慌てて拾った。何枚かをひっくり返してみると、確かに「竹泉瑠璃様」「るりちゃんへ」「瑠璃様」と、どう見てもわたし宛の手紙だった。人生で初めてもらった文が十把一絡げに下駄箱に入れられているとは、なんともはや。

「一体、どうなってるのかしら?」

「うちの男子もいよいよ、瑠璃ちゃんの魅力に気がついたってとこかしらねー?」

 ちいちゃんはケラケラと笑った。

「どうしよう、カミソリとか入ってたら……」

 わたしは悩む方向が違っていた。

「大丈夫、後で磁石で調べてあげるからー」

 と、いとも簡単に言ってのけるちいちゃん。即答でそういう回答が出てくるあたり、いろんな意味で経験豊富な先輩だった。

「にしても……」

 あまりにも事が急すぎる。わたしは嬉しいという感情は一つも感じず不安で一杯だった。一体何が起こってるのだろうか。

「おはよー」

 クラスに入ると、みんながわたしたちに注目した。ちいちゃんが注目を集めるのはいつものこと。

「よー。竹泉。今朝生徒会長に告られたんだって?」

 ところが、男子が寄ってきたのはわたしの方だった。いつもなら、ちいちゃんをチヤホヤしてきた男子連中だった。しかも、ついさっきの話がすでに噂として広まっていた。

「マジ? マジ? 俺先に告っておけばよかったかなー?」

「お前なんて、無理無理」

「え、竹泉、もう返事したの?」

「これから告白する余地とかあんのかよ?」

 いつもならちいちゃんの周りに集まる男子たちがわたしの周りに人だかりをつくった。わたしは慣れない異様な光景に目が回りそうだった。気持ちが悪い。遠目に見る女子の視線がすごく痛かった。

「はいはい、そこにたむろしなーい。散って、散ってー」

 ちいちゃんはそんな軽率な男子たちを軽くあしらった。

「瑠璃ちゃん、大丈夫? 顔色悪いわよ?」

「……うん、大丈夫」

 人だかりが去って、席に座ると少し落ち着いたような気がしたが、顔色にも出たらしい。変な脂汗が額から流れるのを感じた。やがて担任が来て、ホームルームが一通り過ぎ一時限目が開始された。授業が始まっても気持ちの悪さが治らずにいた。ふと、指折り数えてみたけれど、あの日まではまだ遠い。少し吐き気がしたりすることもあるけれど、いつもはそんなに重いこともないし。そのせいじゃなさそう。

「先生、竹泉さんが顔色悪いので、保健室に連れて行ってもいいですか?」

 と、隣の林戸さんが立ち上がって手を挙げた。前の席のちいちゃんが少し驚いた顔をして振り向いた。

「林戸さん、保健係でしたっけ?」

「はい、そうです」

 数学の先生がそう尋ねると、林戸さんはそう答えた。林戸さんは、ちいちゃんに負けず劣らずの美人さん。多分クラスを二分する人気者。ちいちゃんのほんわかイメージに対して、クールビューティーな女の子。

 それにしても、そんなに顔色に出てたのかしら。でも、助かった。

「じゃあ、林戸さん、お願い」

「瑠璃ちゃん、行きましょう」

 わたしは林戸さんに差し出された手を掴んで机から立ち上がった。思ったより体が重かった。一人では立ち上がれなかったかも知れない。

「瑠璃ちゃん、大丈夫?」

 ちいちゃんが心配そうにわたしの顔を覗き込んだ。

「うん……」

 わたしは短くそう言って、教室を出た。

「ありがとうね、林戸さん……」

「ううん。大丈夫。係の仕事だし。それに、瑠璃ちゃん、本当に顔色悪いわよ」

 林戸さんは手短ではあるけれど、優しくそう言ってくれた。

「入ります」

 林戸さんは保健室の戸をノックして、わたしを部屋に入れた。

「先生?」

 部屋からは返事はなかった。林戸さんは中に人がいないのを確認して、後ろ手に扉を閉めた。

「はやしど……さん?」

 わたしは思わず振り返った。林戸さんは、俯いたまま呟いた。

「泥棒猫」

「え?」

 その表情は伺えなかったけれど、明らかに冷たい口調でその言葉は吐かれた。

「知ってたんでしょ? 祥雲寺さんとわたしが付き合ってるの」

 最初、林戸さんが何を言っているのかが分からなかった。だって、今朝会ったときに誰だか分からなかったような男子が誰と付き合っているなんて知っているわけもなく。大体、生徒会長だということさえ今朝まで知らなかったのだから。

「……え……う……」

 わたしは口を押さえながら、何か言わなきゃと焦った。けれどそれは声にならずに。

「あんたのせいで、振られたわ。今日になって急に。『好きな人ができた』って。誰かと思えば、あんただったなんて……。酷いわ……」

 林戸さんは泣いていた。それ以上に怒っていた。声が震えていた。

「ち、ちが……う……の……」

 わたしは声にならない声で彼女を鎮めようとしたけれど、それは届かず。

「それを知ってて、あんな態度で! 酷いわ! そこまでわたしを貶めようとするの?」

 彼女が何を言っているのかさえ分からなくなった。激しい吐き気がした。喉元まで押し上げてくるそれを、わたしは必死に押さえようとする。

「やめて!」

 わたしはようやく必死に出した声が、それだった。

「どうしたの?」

 わたしの叫び声が聞こえたのだろうか、部屋を出ていた保健師の先生が戻ってきた。林戸さんは入れ替わりに保健室を出て行った。

「……あ……の……」

 出て行く林戸さんを追うように手を差しのばしたが、全くそれは届くはずもなく、そのままわたしは意識を失った。

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