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「竹取の」  作者: mofmof
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「竹取の」第1夜<朔日>

挿絵(By みてみん)

 満月の夜、それは突然わたしの目の前に現れた。

 わたしは翌日英検2級を受験するために自宅で最後のチェックをしていた。ある春の夜、昼間は久しぶりの陽気で温かく気持ちよかったので、めずらしく窓を開けていたところに、それがちょこんと座っていたのだ。それは生物であることは確かなのだけれど、猫でも犬でもない、なんとも比喩しようがない生き物だった。四つ足で立つ姿勢は犬猫に似ているが、毛がなく、露出した白い肌は、たとえばスフィンクスのような、生物にありそうな皮膚のようなテクスチャを感じない。月明かりを反射させる、つるつるした表面は爬虫類のような鱗や甲殻とも違う異質なもののよう。固くもなく、柔らかくもない。強いて言うならば、プラスチック素材のような見た目であった。そして、哺乳類としては異様なくらい大きな目を持ち、こちらを見つめている。しかしながら、その異様さはわたしに恐怖を与えるどころか、むしろ安心感を与えるというのか、ほんわかした印象だった。まるで生まれたばかりのヒヨコが、刷り込みされた親を見るかのように。

「お月様を助けて」

 その生き物は、言葉を話した。

「……え」

 わたしは絶句した。人間以外の生き物に話しかけられるのは生涯初めてだった。小学生の頃にお友達が九官鳥を飼っていて、言葉を喋るということを聞いたことがあったけれど、結局その九官鳥に会えないまま卒業を迎えてしまった。その後、テレビで一度だけ九官鳥が喋る場面に出くわしたことがあるけれど、あれは喋るというより、鳴き声がなんとなくそう聞こえただけ、としかわたしには感じられなかった。

 ところがである。わたしの目の前に現れたその生き物は、きちんと言葉を話したのである。NHKのアナウンサーばりに正確な日本語で。オツキサマヲタスケテ。イントネーションも正確で、感情も籠もっていた。その瞳からは今にも涙が溢れてきそうな悲壮感さえ漂わせ。もし米アカデミー賞に生物部門があれば、必ずや今年の受賞はこの子であろうと確約できるくらいの表情だった。

 わたしはなんと返すべきかを悩んで悩んで、多分3分程度はそのまま硬直していたと思う。わたしとその生き物はその間、眼をそらすこともなくお互いを見つめ合っていた。わたしが何も答えずに黙っているのにしびれを切らしたのはその個体の方であった。

「あれ?日本語通じないのかな? Do you understand Japanese? 日本語話せますか? ニーホエシュオハンユイ? ハングゴル ハル ス イッスセヨ? ……」

 流暢な英語の後、何語だか分からない言葉を話し始めた。どうやら、各国語でその言葉を話せるかどうかを尋ねているようなのだけれど、わたしにはさっぱり分からない発音が続いた。その言語が、推定で50言語を超えたあたりで、わたしは口を開いた。

「日本語、日本語。日本語ハナセマス。英語モチョットデスケド」

 と、何故か日本人のわたしがカタコトで話す羽目に。

「ああ、よかった。じゃあ、この言葉で話すね。お月様を助けてください。お願いします」

「えっと……お月様って……あの、お月様でいいのかしら?」

 わたしは窓の外で煌々と光っている月を指さしてその方にお尋ねした。

「そう、お月様。月、ムーン。地球の衛星。日本では古来より、ツクヨミが神格とされ、『古事記』では黄泉の国から戻ったイザナギが禊を行った時に右目を洗った際に生まれたとされる。そのお月様」

 その方は、日本の故事よりの引用を用いる等してわたしに説明を施したが、高校生のわたしは『古事記』を歴史の教科書の一行でしか知らず、ツクヨミどころかイザナギでさえ知らない時分で、さっぱり言っている意味が分からない状態。

「え…っと…そのお月様を助ける…の? わたし…が?」

「そう、君が。君がお月様を助けるの」

「えっと、ごめんね、ぜんぜん意味が分からないんだけど。わたしがどうしてお月様を助けるの? っていうか、お月様を助けるとかぜんぜんムリだし」

「大丈夫、君ならできるから」

「いや、ごめん、ムリムリムリ。わたし、明日英検2級の試験なの。まだ単語覚えなきゃならないのあるし、明日いつもより早い電車に乗らなきゃだし、今晩は早く寝なきゃならないし」

「大丈夫だよ。すぐに済むからさ。そうだな…現実世界で3分もあれば、終わる話だよ。ボクが時間を止めている間に済ませてくれればいいんだ。君の体感時間だと、少しかかるかもしれないけれど、明日の試験には差し障りないようにするからね」

「時間…を止める?ちょっと、ごめん、理解不能。ってか、そもそもあなたが喋るところから、わたしわかんないって言うか、パニックっていうか」

 わたしは頭に両手を当てて頭を振った。なにこれ、夢? 誰か夢だと言って!

「そうだね、順を追って説明しなきゃならないかな。ボクはアメツチノオオワカノミコ。今はこんな姿をしているけれど、ちょっと事情があってね、これは仮の姿。『竹取物語』は知ってるかい?いわゆるかぐや姫のお話なんだけど、そのかぐや姫をお迎えに上がった従者の子孫なんだ。つまり、現代風に言うと、月面人ってことになるかな」

「月面人…?」

 わたしの脳みそはついにパンクした。オーバーフローっていうのか、両方の耳から脳髄がダラダラでまくっている感覚。竹取物語? かぐや姫? 英検のプレッシャーでついにわたしは頭がおかしくなったのかしら?

「そう、月面人。あそこから来たんだ」

 そう言って、アメツチ…なんとかは、器用に前足を月に向けた。

「ちょっと、タンマ。ストップ。タイム、タイム。現在この電話は使われておりません。他の方に当たってください。本日の営業は終了いたしました。またのお越しをお待ちしておりません。さようなら」

 わたしは、立ち上がって窓を閉めた。窓の外に鎮座しているアメツチは、悲しそうな目をこちらに向けたが、わたしは容赦なくカーテンを閉じた。

「寝よう…」

 わたしは、ベッドに飛び込んだ。きっと、夢だ、これは夢なんだ。

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