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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

異世界ファンタジー

作者: 小林 樹人

 異世界ファンタジー



 1


 たかだか1・2時間も集中して勉強できない。

 漫画を読む。携帯をいじる。ネットを始める。部屋を片付ける。

 勝手に理由をこじ付け、やるべきことから逃げていた。

 だから宿題もテストも嫌いで、だけど自分が世間一般の平均レベルにも劣る低価値な人間だって認めるのが辛いから、ダメな自分を棚に上げ「学校の勉強なんて社会に出たら何の役にも立たない」と、社会にも出ていないくせに責任を向こう側へ押しつけた。

 高校に行かず就職する? バカな、宿題ごときから逃げた人間が日に8時間以上もの単純作業に耐えられるはずもない。それができないから学校を嫌ったんだ。


 そう、俺は甘い。甘過ぎる。

 親が、教師が、先輩が言い続けた叱咤から目を逸らし耳を塞ぎ背を向け、ここにきてようやく理解できた。認めざるを得ない。

 俺は甘い。


 でも――気づくのが、遅かったかなぁ。


 俺は五十嵐トウマ。

 ここは異世界ファルメイユ。

 そして眼前に、喰い散らかされた『仲間だったもの』と、未だ空腹を満たしていないドラゴン。



 2



 そのドラゴンが敵意を剥き出しに吼えた時、まず鼓膜を持っていかれた。

『ボ』と体内を破裂音が満たした次に、聞こえるはずの全てが聞こえなくなった。

 やつは全長50メートルほど。その動きは鈍く、一歩進むのに一秒ほどかかる。しかしそもそもが巨体なので、秒速20メートルくらい。つまり、物凄く速い。

「来るぞ!」と言おうとした時にはすでに自分の声が聞こえなかったし、魔剣士のディスハルトは踏み潰されていた。

 俺も魔導師のリオナも瞬時に危険を察知したはず。

「逃げよう」と言えない、言っても聞こえないことを理解し、彼女とアイコンタクトを交わして逃走を開始した。

 ドラゴンに背を向け、右へ左へ曲線を描きながら走った。直線勝負だと確実に追いつかれるからだ。

 音は聞こえなくとも、やつが歩いてくる振動は全身で感じられる。3歩、4歩――そして振動が止まった。

 何か変化が起きたのかもしれない、だが俺まで足を止めてはいけない。

 走りながら顔だけを後ろに向けると――リオナが喰われていた。リオナは、『少しだけ』になっていた。

 最期に何かを叫んだのかもしれない、いや、叫んだに違いない。俺にはそれさえも聞こえなかったけれど。


 これら全てが、ドラゴンが目を覚ましてから15秒ほどで起きたこと。


 笑える――いや、笑えない。

 ファルメイユに来てからの日数は数えていないが、半年は過ぎていると思う。

 ひょんなことから(というか理由は俺も知らない、誰も知らない)誰も鞘から抜き出せなかった聖剣エクセリオを俺が抜いて、勇者扱いされて。

 リオナと二人で魔王討伐の旅に出て、何度か戦ったディスハルトも仲間になって。

 四天王を倒し、魔王を倒し、あとは王国に帰るだけ、それだけだったはずなのに。

 それが今、こうして通りすがりのドラゴンに全てを奪われてしまうなんて。

 ああ、そういえば四天王も魔王も、結局のところ人間でしかなかった。

 それに勝ったところで、やっぱり人間は無力だ――


 諦めきったその時、エクセリオの声が聞こえた。


『人間、お前は生き延びたいか?』


 そう。ピンチの時はいつだって、エクセリオが助言をくれた。

 こいつとは心の中で会話をするため、鼓膜がやられても大丈夫。心でなら、俺も返事ができる。

「生き延びたい。死にたくない! こんなところで、誰にも知られず喰われたくない!」

『ならば我の力を全て託そう。ここでお別れだ、人間』

 そう囁くと、エクセリオから緑色の光が溢れ出した。


 俺はその光に包まれて――



 3



 戻ってきた。

 ここは東京都渋谷区幡ヶ谷にある、区立の図書館。

 そうだ。ここで、バーコードのない古びた本を開いた時から俺はファルメイユに飛ばされたんだ。

 手元にはその本が今も開かれたまま。

 閉じようかとも思ったが、怖くなってそのまま図書館から出た。


 携帯を見ると、あの時から時間は経っていないらしい。耳も聞こえる。


 全ては夢だったのか。

 あのままドラゴンはどうなったのか、ファルメイユはどうなったのか。

 どうでもいい、と言ったら嘘になる。

 もしもあれが夢でなかったのなら、俺は途中で世界ごと逃げ出してきたわけだ。

 現実から逃げ出して異世界に行き、今度は異世界から逃げ出して現実に戻ってきた。

 逃げてばかりの人生。

 そうか。俺には人生があるのか。ドラゴンに喰われずに、生き延びているのか。エクセリオの言葉通りに。


 無責任かもしれないが、よくよく考えてみるとこの日本で暮らしているのと大差ない。

 中東の紛争、東南アジアの津波、東北の震災。

 それら全て、見て読んで聞いて、思い出した時だけ胸を痛め、目先のテストや課題に追われたらもう思い出さない。

 俺に出来ることはあるかもしれないのに、やらない。


 なぜかって、それは――

 リアリティがなくて。他人事で。何より面倒臭いから。そう、それだけだ。

 同じ空の下、同じ星の中、事によっては同じ国、同じ陸地で起きたことでも、それは異世界での出来事に変わってしまう。

 アニメやゲームの中で起こる大事件と同じくらい、ファンタジーになってしまう。


 やっぱり人間は無力だ。

 だけど今の俺には出来ることがたくさんある。

 少なくとも、ドラゴンを相手にするよりはずっとずっと抗える。

 じゃあまず何をするかと言うと。


 勉強だ。

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