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死にたがりの魔導師

たぶんこの人が主人公です。

「……ガルフが?」


漸く主は我が言を真面目に聞く気になってくれたようで、眉をしかめつつも視線をこちらへ向けた。


心底うんざりしたというような溜め息を漏らすと、主は渋々、真剣に選んでいた大根を籠へと戻す。残念そうに主を呼び止める店主を振り切って、賑やかな朝市の喧騒に身を紛れさせた。


アネイ皇国首都ナィナンの外れ。城壁を沿って好天であれば毎朝開かれる朝市。


近隣の郡から直送された農産物や海産物、衣類や古本、或いは怪しげな魔道具や呪符まで、節操なく露店が連なっている。


主はどうやらこの賑やかな催しが好きらしく、大して必要な物も無いくせに毎朝のように通っていた。


これを守護する精霊である我にとって、こういう、如何にも刺客が紛れていそうな人混みは、神経を磨り減らすので勘弁して頂きたいのたが、それすらもこの場を気に入っている理由の一つだと開き直るような人間を、止める術を我は知らなかった。


「…………死んだだと?」


自覚なく話すと、思いの外良く通る主の声が、周囲の雑踏の動きを一瞬止める。


主は、何事かと振り向いた幾人かを曖昧な笑顔でやり過ごすと、再び我を訝しげに見下ろした。


布で包んだ我を片手に、雑踏を縫って足早に歩いていく。恐らく落ち着いて話が出来る場所を探しているのだろう。


我はあまり人の子の美醜には明るくないが、主の顔立ちは恐らくそう崩れてもいなければ、目を見張る程整っているという訳でもない。


豪雨の前触れを思わせる淡暗い灰色の渦巻く髪と、それを湖面に映したような深い色の瞳。


などと、詩的に言ってはみたが、灰色の癖毛も同じ色の目も別段、珍しいものではない。


然程高くはない鼻筋に、少々下がりがちな眉。長い睫毛と形は良いくせに腫れぼったい瞼。老いてもなく、かといって、幼くもなく。


これを初めて見たとき我が最初に思ったことは「思ったより、普通だな」であった。そして多くは大抵同じ感想を抱くらしい。


本人もそんな印象は願ったり叶ったりだそうで、わざとその辺の貧乏町人みたいな格好をしていた。無造作にくるくると伸びっぱなしの髪を適当に結び、鼠色の粗末な着物に着古した汚ならしい外套を羽織ってみたりしている。


だが我にとっては、この冴えない男こそが、この世で唯一の美であり、全てであった。


これが我が主、大魔導師シン・ロウの姿であるのだから。


そう言われてみれば、何処と無く「どこにでも居そうな青年」と一言では片付けられぬ、不思議な雰囲気を身に纏っていたりするのだ……どことなく。


「確かなんですか?」


今度は声を潜めて主は言った。響かないように声音を調節すると、何故か口調まで妙に柔らかくなってしまうのは主の不思議な癖だ。


一目その視線と声音が我へと降り注げば、沸き上がる歓喜と畏怖に、我は深く伏せて恭順を示す。いや、刀に封じられている我が身では、伏せるも見下ろすもないのだが。気分的にはそんな感じだ。


我は即座に主の問いに返答する。


『恐らくは。都を守護する結界が変わった』


露店を日差しから守る防壁の向こうから、都に椀を被せたような格好で、延々と広がっている防御結界。どう探っても一瞬前とは別質の魔力源からの術であり、切り替えの手段も酷く不自然だった。


前任の魔導師が健在ならば、如何なる事情があろうと、都を護る重要な術をこのような危うい方法で引き継ぐことは考えにくい。


「担当が代わったとかじゃ……ない、ですよね」


『ならば幾らか跡に魔力が残る筈だが、我には感じられん……まぁ、我の知覚が届く範囲は限られているし、主が探られるより確かなことではないが』


決して主が己の魔力を使ってそれを確かめることはないと知りつつも、我はそう答える。主は酷く嫌そうな顔をして城壁の向こうへと一瞬だけ視線を這わしたが、すぐに力なく首を振った。


「……お前がそう言うんなら、事実、ガルフの魔力はもうこの世から消えたんでしょう」


魔導師にとって、命の消滅と魔力の消滅は、多少の時間差はあれど同義だ。


『ご命令頂けば、今すぐ宮廷へ赴き、ことの仔細を探ってやるが』


いつの間にか、朝市の喧騒を抜けて、酒場のひしめく路地裏に入っていた。早朝の静まり返った酒場の壁際で、主は打ち捨てられた木箱へと腰かける。


「いや、今さら急いだとこで大差はないよ」


勇む我が刀身へと寄りかかり、顎を乗せ、主は宥めるように片手をぶらぶらと振った。


「ああいう大掛かりな守護陣はね、正常に発動させるには少なくとも1ヶ月はかかります。ガルフも公の術者なら、己が急死した場合の対処っくらいは考えてたでしょうし」


もう死んでから軽く一月は経ってるよ、と主は独り言を呟くように言い、ぶらぶらとしていた手を懐の香煙草と火打ち石へと伸ばす。


律儀に火花を移して香煙草を燻らせる様子は、たとえ今、我が真の姿に戻って主の傍らに寄り添ったとしてもこれが大魔導師であると誰も気が付かないかもしれない。


「そうか、ガルフも死んでしまったか」


紫煙を吐きながら、主は少し呆けた調子で言葉を紡ぐ。主の煙草は手製の物で、甘いような苦いような独自の芳香が狭い壁と壁の間に滞る。


『続けざまにお弟子が亡くなられて、気落ちなさったか』


恐らくこれはこれなりに悲しんでいる様にも見えるけども、流石に人の身分に余るほど長く生きてしまうと、麻痺してしまった感情も多いのだろう。主の心情の機微はいつもながら判じがたい。


余計な気遣いこそ無用のようにも思ったが、つい出過ぎたことを言ってしまった。


案の定、主は困ったような顔をした。


「そんな大層なもんじゃない、あの子らはただの養い子ですよ。それにガロンが死んだのはもう五年くらい前だろう。続けざまじゃあないよ、五年は長い」


これが我を手に入れた百五十年前位に、最初の魔導士エジン・サラザンの血を継ぐ幼い双子を保護していたことは、我の記憶にも鮮明に残っている。


人間同士の関係性として、弟子と養子にどれだけの差があるかは知らない。主は何やら的外れな反論をした。気落ちしていることを否定していないのはやはり、多少なりとも落ち込んでる証拠だろうか。


それにしても、正確な生まれ年などは知らないが、恐らく我と大して変わらぬくらいはこの世に居るくせに、高々五年の月日を「長い」などと、我が主はほとほと生きにくい価値観を持っておいでだ。


「にしても、なんの報せもなかったですね」


『主の居場所が解らなかったのでは』


主は基本、魔術を使わない。


否、基本どころか、どんな非常時でも大抵使わない。


理由は存じぬ。聞けば、嫌いだから、の一点張りだ。


四大精霊の加護を受けた「大魔導師」の称号を持つまでに魔導師として昇り詰めておきながら、今更嫌いも糞もないだろうと、我は思う。


しかしその嫌いっぷりは、ここまでくると病だと言えるほどだ。どれだけ金を積まれようが、殺されそうになろうが、我が懇願しようが、まぁ兎に角頑として使わない。


主は異常なまでに魔術を嫌悪し、そして酷く怖れていた。


我が力を使うことも極力嫌がるし、どこまで高度な封印を使ってるのか、普段は完璧に己の魔力は封じきって、外に漏らすこともない。


精霊に祝福されし国、と謳われ、アダン随一の魔導技術を誇るアネイ国内の、しかもナィナンなんて皇宮の膝下で暮らしてはいるものの、これが太古より生きる伝説の魔導師シン・ロウだと一髪で見破った者など、我が主に仕えて百五十年、一人も出会ったことがない。


だが主は首を横に振った。


「そこまで真剣に隠れちゃいないですよ。ガロンの時はちゃん報せが来ただろう?役に立たないから泳がせて貰ってますが、向こうが本気で探せば、わたしなんてすぐに捕まってしまいますよ」


忌々しそうに言って、主は再び煙を長く吐き出した。


「……まぁ、それでも、わたしだけが除け者だっていうなら、その方がまだマシなんだが……」


意味深な呟きが輪になった煙の間を潜り抜ける。


『隠蔽されている?』


そう言われればその通りだ。

ガルフ・サラザンはサラザン家の継承者であるばかりでなく、主と同じく大魔導師の称号を持ち、今やハロナ皇帝すら一目置く宮廷魔導師長でもある。


その訃報となれば、国中が喪に臥さなければならないほどの一大事だ。

だが、今朝も、この一月間ずっと、都の朝市はいつも通り賑やかに開かれている。


先ほどの防御結界の乱暴な継承も、精霊である我だからこそ気が付けたが、そうでなければ、そう、少なくとも大魔導師級の導師でもでなければ、人の子にはまず察せられまい。


主は暫く無言で、蛇行しながらも昇る煙をぼんやり眺めていたが、突然、まだ灰も落としてない吸いかけの煙草を地面に捨ててしまった。


「シロ、とりあえず宮廷に行きましょうか」


唐突にそう言って、主は大儀そうに立ち上がった。足元で燻る吸殻を踏みつける。


相変わらず、我が名を正しくと呼んでくれないことに抗議しながらも、我は意外な主の言葉へ素直に驚きを示した。


『これは珍しい。てっきりお逃げになる、と仰られるかと思ったが』


主は苦笑いをしながら、更に煙草をぐりぐりと踏みつけた。


「逃げきれないと知りつつ、無駄に足掻くのは趣味じゃない。……お迎えもいらしましたしね」


主の呟きと同時に、目の前の酒場の壁に、久しぶりに見る術印が光輝いた。


『主!』


身構える、というか、剣の封印から飛び出そうとする我へ、主は良く通る真の声でただ一言、必要ない、と制する。


我は種類を判じられるほど詳しくないが、人間はこのように術を印に象って精製するのだ。壁を焼くように完成していく不可思議な紋様を、主はまるで汚物を見るような目で見つめている。


「ただの移動陣ですよ」


布越しに我をしっかりと握りながら、主はその冷たい視線に似合わないのんびりとした口調で言った。


そうこうする内に術はあっという間に完成した。それは一際強く光り、陣の円からこの場とは異質の風が流れ込む。その枠を潜り抜けるような格好で、人間がぞろぞろと現れた。


予想はしていたが、全員、見事に揃った青地に赤の稲妻模様を刻んだアネイ宮廷魔導師の導衣を着ている。


「これはこれは。お久しぶりです、トージャ君」


宮廷魔導師達に取り囲まれつつも、最後に現れた体格の良い魔導師に、主は愛想の良い笑顔を向ける。


トージャと呼ばれた魔導師は、他の魔導師同様に深く頭を下げて礼を示しながらも、驚きに視線を主から離せれられない様子だった。


「あぁ、お忘れだったら、どうぞお気になさらず。でもわたし、貴方とは二度ほどお目にかかってるんですよ。たしか、ガルフの子が産まれた時と、あとは、そう、ガロンの葬式で」


「………………貴方が『シン・ロウ』大導師でしたか……これは今までとんだご無礼を」


両方とも我の帯刀は許されぬ場だったから、二人の会合の様子は分からないが、忘れるような関係では無かったことは、誰の目にも一目瞭然だった。


「いやいや、構いませんよ。ガルフもガロンも、録にわたしの紹介なんかしてくれなかったですもんねー」


自分がそう仕向けたのは明らかだが、主はしらばっくれた口調でそんなことを言っている。


「それで?今日は誰の葬式のご案内ですか?」


にこにこと人好きのする笑みを崩さずに主がそう切り出すと、トージャは得体の知れないものを見る眼差しで主を見つめた。


「……どこまで、ご存知でいらっしゃいますか?」


主はうねる髪の毛にくしゃりと指を入れて、意地の悪そうな乾いた笑いを漏らす。


「わたしはなーんにも知りませんて。それよりその喋り方やめません?なんだか今更でしょう?」


「…………」


探るようなトージャの視線に、徐々に押さえきれない憎しみが混じりだす。


主は俄に警戒を強める我の鐺をこつんと地面に立てて、無言で我が動きを牽制した。


「副長?」


押し黙って主を睨み付けるトージャに、周りに控える彼の部下らしい魔導師たちも、不安げに様子を伺う。


「……なんで」


魔導師にしては丈夫そうな拳を握りしめ、漸くトージャは低い声を絞り出した。


「…………なんで、よりにもよってお前が『シン・ロウ』なんだっ!!」


「マ、マディタ導師?」


今にも主に殴りかかりそうなトージャの様子に、部下達は状況の掴めない様子で、おろおろとしている。


「はは、それはもうわたしも、かれこれ二千年くらいは考えてますが、解けない謎ですね」


人を馬鹿にしたような主の態度に、トージャは絶望にもとれる暗い表情を見せ、悔しげに主から視線を外した。諦めたように再び腰を低くし、魔導師として礼を取る。


「…………ロウ大導師、宮廷へと御同行願います。ハロナ皇帝が貴殿との謁見をお望みです」


口調を事務的な礼儀正しいものに戻したトージャは、淡々と目的として命じられてきた事柄を述べた。


主はそれを楽しそうに聞き届け、頷いて快諾を示す。


「ちょうどいい、わたしも奥方に用が出来ましてね。久しぶりに逢いに行こうと思っていたところです。旦那の方には特に用もないんですが、ま、話しくらいならしてやってもいいか」


アネイ皇国の神とまでに祭り上げられている皇帝へ向けて、ここまで不敬な発言を、恐らく生まれて初めて聞いたであろう面々が凍りいたように固まった。


「あ、だけどそれは潜りませんよ。宮廷なんてここから大した距離でもないですし。歩いていきましょ、歩いて」


主はそう言うと、呆然と立ちすくむ魔導師の間をすり抜け、すたすたと大通へと歩きだす。

幾歩か進んで、後ろでまだ動かない魔導師達に気付いて、主は振り向いて苦笑した。


「えー、ちょっと、皆さんも一緒に来てくださいよ。わたしこんな格好だから、たぶんあっさり門前払いですよ?」


そうは言っても待つ気はないらしく、主はさっさと歩みを再開して魔導師達から離れていく。


「大勢では目立つ。お前達は術式で戻りなさい。魔導師長には私が責任を持つと伝えてくれ」


我に返ったトージャは、そう短く部下に命じると、主の背中を追って走り出した。


「おい!」


朝市の賑わいも多少は落ち着いてきた大通を、都の中央、宮廷方面へとのんびり歩む主に、走って追い付いたトージャが並ぶ。


「あ、良かった。トージャ君だけですね。本当にぞろぞろ皆ついてきたらどうしようかと思った」


「いいか、逃げようとしてみろ。強制的に移動陣にかけて宮に送るからな」


主の意に反してそんなことをしてみろ。その術が成る前に生意気な人間など八つ裂きにしてくれるわ。


布に隠れた刀の中で、この無礼な魔導師にメンチを切る我を知ってか、主は苦笑しながらも、片手を広げて無抵抗を示す。


「それは止めたほうがいいです。別に逃げやしませんがね」


「逃げるだろう、お前」


無礼極まりないが、主を良く知っている者の口振りだ。二度、双子関係で会ったと言っていたが、それだけの関わりにはどうにも思えない。

いったい、主とこの若い魔導師の間に何があったのだろうか。まぁ、録なことではなかったのは予想できるが。


それに何の害もない便利なだけの移動陣を、脅しの道具として使ったということは、この者は主が魔法を極端に嫌うことまでも知っているということになる。


いざとなれば、たとえ命令に反しても主を守らなければならない。我は布でぐるぐる巻きにされた刀の中で、いつでも封印から脱け出せるように気を引き締めた。


「逃げられない時は、逃げませんって」


主はのほほんと朝の散歩をするような足取りで、時折、行商なんかに目を向けながらも、宮廷の門へと向かう道へ迷いなく進んでいく。


「そういえば、ガルフの後任って誰なんです?この国、もう大魔導師はいないでしょう?あ、あなたは副長のままなんですねー。まだ若いから?顔が四角いから?お役所ってなんで実力より年功序列優先なんですかねー」


世間話の気軽さでぺらぺらと国家秘密を抉り出しながら、主はちょいちょい仏頂面の魔導師にちょっかいを出している。


元々、表面上は人懐こい態度を装っている主だが、他との必要以上の接点は好まない。だから双子以外を相手に、このように自ら積極的に人間に関わり合おうとするところは、我も初めて見た気がする。どうやら、かなりこの男を気に入っているようだ。


「俺が話せることは何もねぇよ。誰に聞かれるかわからんから滅多なことを口に出すな」


冷たくトージャが突き放すが、主にそんな態度が通じる訳がない。


「別にガルフが死んでたって、困ることはなんにもないじゃないてすか。あの子の娘だって確かそろそろ十五に近いでしょう?家を継ぐには十分な歳だ。ガロンの忘れ形見だって無事に産まれてしかも男の子。エジンの血は暫く安泰ですよね」


「……黙れ。飛ばすぞ」


脅しではないと、トージャの指先に魔力が集まり、主は穢らわしいと言わんばかりに身をかわした。


「あー、わかりましたって。もう言いませんから」


それからは、主も一応は大人しくなり、宮廷の朱塗りの門が目前に迫るまで、トージャと並んで黙々と歩みを進めた。


ナィナンの中心に位置する宮廷をこの国の人間は畏敬の念を込め神王宮と呼ぶ。ハロナ皇家の居城であり、アネイ国の中枢である広大な神宮である。


その姿は、この国の魔術知識の粋を集めた防御結界に守られ、常に光を帯びた魔力の霧に覆い隠されている。雨一滴すらも侵しがたい神域、などと称されるだけあって、外側から視界に入るのは、その境界のみ。つまり、眼前にある魔力によって形作られた大門だけだ。


四頭引きの馬車でも二、三十は優に横並び出来るであろう巨大な赤い門。


複雑な魔術紋が揺らめく枠の全容が視界に入るまで宮門に近づいた主は、案の定、その場でぴたりと一度、歩みを止めた。


辺りに立ち込める魔力の霧が、主の鼻先を霞める。


主は眉間をこれ以上ないほど皺にして、嫌悪感を顔中で剥き出しにした。


「こんな肥溜めじみた場所に人間が住んでいるとは……本当に正気を疑う」


響いた主の独白は、門を守る衛兵の一人に届いてしまう。衛兵はぎょっとした顔をみるみる紅潮させながら、槍を構えこちらに走り寄ってきた。


だから常々、無意識に喋るなとお諌めしてきたのに。主の独り言は声が異常に響くのだ。


「き、き、貴様っ!!ここを何処だと」


「忘れろ。空耳だ」


トージャは主を押し退けて矢面に立つと、衛兵が突き付けた槍を押し返す。


「ま、マディタ導師っ!?」


「俺が客を連れてくることは、上から達しがあっただろう?通してくれ」


衛兵は目を白黒させながら、トージャと主を交互に見比べた。


「はぁ、それは確かに伺っておりますが……。しかし、その者は、いったい……」


誰が何処からどう見ても、我が主はこの門を潜るに相応しくない風体と態度をしていた。


片手に魔力を溜めた、何も言うなというトージャの無言の脅しに従いつつ、主は不機嫌そうに絡まった巻き毛を弄んでいる。


「それを確かめろと、貴殿は誰に命じられた?」


「い、いえ……出過ぎたことを」


訝しむ門番を、権力でうむも言わさず押し退けて、トージャは主の腕を掴んだ。


「来い。門を開くぞ」


途端に主の顔色が変わる。


「ま、待ってください、まだ心の準備が……」


だが、トージャは容赦なく主を引っ張って、結界の前に進む。


かざした掌に現れた小さな術印が、門を取り巻く結界に反応し、あっという間に人間が二人潜れるだけの入口が出来上がった。


無意識に後退る主の腕を、トージャは更に強く引かなければならなかった。


「逃げないんじゃなかったのか」


トージャの皮肉めいた言葉に輪をかけて意地の悪い皮肉で応じる、いつもの主はもういない。


元々血の気の薄い顔は、作り物のような乾いた色になり、血が滲むほど唇を咬んで、歯の根が合わなくなるのを必死に押さえているようだった。


毎度のことではあるのだが、魔術を目の前にした時の、この主の異常なまでの脅えようは、見ている方が哀れになるほどである。


主の震える指が、刀の包布に食い込んで、ぎりぎりと握り締められるのが伝わる。


我は沸き上がる怒りに、封印の中で悶えた。


我は、これの苦痛を取り除く為ならば、どんなことでもしてやるというのに。


主を脅えさせるものなど全てこの世から消えてしまえばいい。


主を魔術の内部へと引きずり込もうとしているこの魔導師の体を引き裂いてやりたい。主が怖れるというのなら、アダン中の魔導師の全てを殺し尽くしてやっても構わない。


だが、主は、がたがたと震え、悪寒にえずきながらも、我に助けを求めることは絶対にないのだ。


我が存在すら主にとっては所詮、主が嫌悪する魔術の一端でしかないのだから。


「……シロ、何もするなよ」


響く声をまるで叫び疲れたように枯れさせて、主が我に命じた。


我には主の生命を守る義務がある。それが我の存在理由であり、我に許された唯一の自由だった。


だが、それ以外の行動に関しては主の意にに逆らうことは出来ない。


トージャがもしも今、主を殺そうとしてくれたならば、主がどんなに厳しい命令で止めようが、我は全てを無視してその喉元に食らいついてやれるのに。



長い!眠い!指痛い!

ケータイでがんばってます。

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