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戦姫と色狂いと

 祭りの夜は、大宴会が通例だ。闘技比べにおいて勝った者は奢らず、負けた者は憎まず、杯をかわす、という儀式から始まる。

 コルロは、憎憎しげにイッペイの酒を受けた。

「お前、その剣技、どこで身につけた?」

 コルロの質問に、イッペイは「俺の国で」 と短く答え、杯を干す。

「お前の国では、みな、あんな、わけのわからん剣技を使うのか?」

「いや、俺は趣味でやってただけだ。実戦の経験は、この世界……この国に来て初めてだった」

「途中で構えを変えたな?」

 イッペイはため息をついた。

「俺に負けたのが、そんなに悔しいか?」

「隻腕隻眼の男に負けたんだ。明日から、俺はなんと呼ばれると思う?」

 ふっ、と笑うイッペイへ、コルロが大声で「なにがおかしい!」 言うや顔を真っ赤にした。「これ以上の醜態はない! 隻腕隻眼の男にいいようにあしらわれた男、そんなもの、そんな」

「なら、村の力自慢を集めろ」

「なに?」

「一人ずつ、全員と戦ってやる。俺に負けた者は、お前を笑えない。違うか?」

「……自惚れるなよ、ハンパ野郎が」

「自惚れ?」

 イッペイは考えた。

 これは自惚れだろうか、と。

「……俺は、たしかに不具だ」 右手で、左腕の切断箇所を撫でる。「普段の力仕事、いや、普通の農作業でさえ、ままならない。お前たちにはかなわない。唯一俺にできること、それが剣だ」

 だが、それがなんなのだろう?

「剣でなにができる? ただ、人を殺すことだけだ。そんなものしかできない俺は、人間として、お前の言う通り、ハンパ野郎なのかもしれない。だが、それでも、日々、作業の一つ一つを覚えていく。できないことができるようになる。俺にとって誇れるのは、剣の腕じゃない、畑を耕すくわを、この体でも上手く使えるということだ」

「……なにが言いたい?」

「俺は、人を殺さなくても、生きていけるようになった」

 コルロは、なにに気圧されたのか。イッペイの目を見つめながら、後ずさった。

「……お前、どういう生き方してたんだ?」

「最初に見せた構え、あれは、先手をとってあいてを殺すためのものだ。後の構え、あれは、相手に先手をとらせ、後の先を取るという、俺が故国で教わった剣術の構えだ」

 イッペイが、コルロの杯にぶどう酒を満たした。

「殺し合いでは、先手を取った方がいい。先に相手の体を斬ることを考えればいい。だが、試合でなら、違う。間違って相手の剣が当たっても、俺は死なずにすむ。だから、後の先を取るという危険な戦法も使える」

「どういう、ことだ?」

「殺し合いでなら、お前には勝てなかったかもしれない。木の剣だったから、勝てたのさ」

「……」

 コルロは疑わしそうにイッペイを見つめ、杯を干した。

 杯は、古いしきたりとかで、丸い椀だ。聞いた話によると、昔は打ち破った敵の頭蓋骨で作ったという。山の民と言えば聞こえはいいが、大昔には野蛮なこともやっていたようだ。



 彼と彼女は、深い森の中、囲まれていた。

 ローデシア王国では、つい半年ほど前に反乱が起きた。たちまち殲滅されたとはいえ、逃れた敗残兵も多い。彼らが野盗のたぐいに変身するのは時間の問題で、事実、最近は盗賊、山賊の区別なしに賊が増えている。

 大きな街の近辺では発生していない、この種の野盗問題は、辺境で激化していた。

 彼と彼女を囲むニ、三十人の男たちも、半壊した武装を見る限りでは、そうした敗残兵の一隊と思えた。

「またか」 彼女は嘆息した。「最近多すぎる。ローデシアでも田舎とはいえ、この地方は領主壮健と聞いていたが」

「いいじゃねぇか、片付けりゃあ平和へ一歩前進だ」

「たわけ。この程度の人数を当たるを幸い潰したところで、平和はならん。反乱軍の残兵が集まり、東進しているこの時期に」

「だから、そいつらとの合流をここで止められるだろうが」

 彼らと野盗は、にらみ合いをしているわけではない。野盗に堕した敗残兵たちが、二人の余裕の態度に躊躇していたのだ。

「てッ、てめぇら、なんだよ、なんなんだよ、その態度は! 究極の危機なんだぞ、お前らにとって! もっとびびれよ!」

 おお、と彼女が声をあげた。

「なかなか気転の利く言葉の遊び屋がいるな。究極の危機、か」

「どっちが危機なんだか」

「ま、ともかく、いつも通りでいこう」

「……やっぱり?」

「頼んだ、リョウ」

「たまには働けよな、ニナも」

「働いているさ、大きな戦いでは、な」

 ざわめきが、男たちの間で起きた。

「ニナ、だと?」

「あの、ニナ、か?」

 リョウが笑う。「有名になったな?」

「ふざけるな」 ニナは不満げだ。「あんな二つ名、喜ぶ女がいると思うか?」

 誰かが、ぼそりと言った。

「ぶ、武神の娘、ニナ・戦姫・バートレット」

「その名を呼んだヤツ!」 ニナは剣に手をかけて指差した。「前に出ろ。その首ないものと思え」

「まーまーまー」

 リョウはなだめつつ、自らを囲う男たちへ言った。

「ここは引き下がっちゃくれねーか。俺たちにも、ちょっと事情があって忙しい。時間が勿体ない。引き下がってくれるんなら、ここは見逃してやってもいいぜ」

 男たちの眉間に、筋が入った瞬間だった。

 ニナがつぶやく。「挑発してどうする」

「だってよぉ」

「みな、聞け。私はたしかに戦姫ニナ。しかし、もう一人の名を忘れてはいないか」

 男たちの一人が、ひっ、と声をあげた。

「武神の子タカシ」

「あー、それは違う」 とニナは訂正する。「ここにいるのは、リョウだ」

 ざわざわとニ、三十人がざわめく。

「ま、まさか、一村の女をことごとく陵辱した、あの」

「老若男女を問わぬ性癖という、あの」

「ちょっと待て、お前ら」 と制止するリョウの言葉を遮って、ニナは高らかに宣言した。

「こいつこそが悪名高き、変態色欲魔リョウ!」

 おおッ、と上がったどよめきを前にして、リョウは額を叩き、近くの幹を殴り、それからニナに叫んだ。「やめろー!」 魂の叫びだった。

「お前がそんなこと言い触らして、どんだけ俺が迷惑してるかわかってんのか!? 名乗るだけで女の子がダッシュで逃げてくんだぞ、人間扱いしてもらえないんだぞ!」

「私の戦姫だって、女扱いしてもらっていない」

「人間の尊厳の問題なんだよ! だいたい、戦の姫なんて、ぴったりじゃねぇか」

 グーで殴られた。

「なんだよ、なんで殴られなきゃなんねぇんだ、普段から思ってたけどよ、俺に対する扱いってひどくね?」

「やかましい、黙ってろ」

「なんだよ、それー! っていうか、お前ら、いつまでケツ押さえてんだ、俺にはそっちの趣味はねー!!!」



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