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孤独な針  作者: 黄黒真直
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3. 捜索編

 余談だが、ホワイトハウスが白いのは、戦争で黒く煤けた壁を隠すために白く塗ったからである。その歴史を今に伝えるため、一部の壁は黒く煤けたままだという。

 溝呂木家にある倉は、どうやら本来白かったようだ。塀の外から見たときは灰色の倉だと思ったが、近くで見ると単に汚れているだけだと分かる。

 倉は高さ4メートル、縦横3~4メートル程度の建物だった。漆喰の壁に、鉄の扉がはまっている。扉にはかんぬきと、それを留める錆び付いた銅の錠前。溝呂木は錆びた鍵を錠前の穴に挿し、一回転させた。ガチリ、と硬い音がして、錠前が外れる。

 扉が開くと、中からひんやりとした空気が出てきた。午後2時、気温は最も高くなる時間だが、倉の中は涼しいようだ。

「暗いんですね」

 中には電灯がなかった。4つの壁に1つずつ、小さな窓が付いている。そこから入ってくる光だけが、倉の中を照らしている。そういえば、暗号の中の「私」も、蝋燭で倉の中を照らしていた。

 真解たちは手にした懐中電灯を点けた。6つの光が、雑多に物が詰め込まれた倉の中を照らした。

「ここにあるのって、全部江戸時代のものなんすか?」

 謎事が振り返って尋ねる。溝呂木は首を振り、

「いや、儂らの私物もかなり混ざってる」

「儂、ら? 他に誰か住んでるんすか?」

「住んでいた。儂と妻と、子ども達3人。だが子ども達はみな家を出て、妻も5年前に向こうに逝った」

 特に気にする様子もなく、溝呂木は告げた。謎事は「そうすか……」とだけ答えて、倉の中を再び見た。

 確かにこの倉の中には、どう考えても最近のものがいくつも入っている。三輪車、家庭用のブランコ、自転車、車のタイヤ、何に使ったのかわからないプラスチックの板、などなど。

 真解たちは倉の中に入り、銘々勝手に捜索を始めた。比較的広い倉だが、物が多く、足の踏み場がほとんどない。それに、埃っぽい。

「メイちゃんは外で待ってた方がいいんじゃねえか?」

 謎事がすぐ隣で和箪笥を開けようとしているメイに言った。

「どうしてです?」

「汚れるぞ、その服」

 メイは自分の服を見た。白いワンピースに黒いタイツ。倉の中は埃っぽく、既にところどころ灰色になっていた。

「私だけ外で待っているわけにもいきませんので」

 とメイは再び和箪笥に取り掛かった。立て付けが悪いようで、なかなか開かない。謎事も手伝って、引き出しを引っ張る。何度か瞬間的に力を加えることで、ようやく引き出すことが出来た。

 中から出てきたのは、畳まれた着物であった。敷き詰められた菱形が描かれている。一見して、相当古いものだとわかる。

「それは、ハルのものらしい」

 後ろから溝呂木が言った。

「それならこの和箪笥も、ハルさんの時代からあるものですか?」

「ああ、そのようだ」

 メイと謎事は顔を見合わせ、それから和箪笥の引き出しを開け始めた。もしかしたらここに、何かヒントがあるかもしれない。

 和箪笥からは、着物や布団ばかり出てきた。その多くが、虫に食われた痕があり、物によってはボロボロになっていた。歴史家の持ち物だと言うのに、保存状態はあまりよくないようだ。

「なんかヒントありそうか?」

「さあ、わたしに聞かれましても……」

 出てくる着物は、女物もあれば男物もある。サイズもまちまちだ。一家族分の和服が入っているようである。

「そういえば」

 メイは振り返って、2人の様子を見ていた溝呂木に尋ねた。

「ハルさんの父親は、お医者さんだったんですか?」

 彼女の遺した暗号文は、父に頼まれて医学書を取りに行くところから始まっている。暗号文の「私」がハルのことならば、ハルの父親は医者と言うことになる。

 しかし溝呂木は首を振った。

「ハルの父親は、医者ではなかったようだ」

「あ、そう……なんですか」

「だが、ハルのしゅうとは医者だったようだ」

 謎事が小さく、シュウトってなんだ、とメイに尋ねた。夫の父親のことです、とメイは答えた。

「すると、ハルさんの旦那さんも医者だったんですか?」

「ああ。ハルは14の時にこの家に嫁いできたらしい。そして、幼い頃から好きだった和算の勉強を、この家でも続けた。……もっとも、周りの人間はあまり、歓迎しなかったようだがな」

「そうなんすか?」

 やっぱりピンと来ないようで、謎事は首を傾げていた。

「……そして16の時。ハルはあの暗号文を書いた」

 なら、暗号文の「私」はやはりハルのことなのだろうか。それとも、まだ幼かったであろう自分の子どもを主人公にして書いたのだろうか。

 謎事とメイは2人で話し合ったが、結局分からず、あとで真解に伝えよう、と結論した。


 一方、真解と真実は、2人で倉の奥へと突き進んでいた。

 邪魔なベビーカーをどかし、縄跳びに足を引っ掛け、巻物の雪崩を起こしながら、ひたすら前へ。

 辿り着いた頃には、2人とも埃だらけになっていた。

「お兄ちゃん、頭に蜘蛛の巣が」

 腕を伸ばして、真実は真解の頭を払った。

 それから、自分の頭も少し払い、流星の形のヘアピンを一度外して、付け直す。

「針はいるかな?」

〔いるわけないだろ〕

 2人で倉の奥を照らした。

 倉の中はほぼ正方形だ。縦横ともに3メートル以上あり、かなり幅広い。が、箪笥やら襖やら丸まった掛け軸やらわけのわからないガラクタやらが置かれていて、奥の床も壁も見えなかった。

「針いないね」

〔いたらビックリだよ〕

 心の中で、真解は突っ込む。

「あ、お兄ちゃん、これってもしかして」

 と、真実が奥に両手を伸ばした。持ち上げたのは、木製の収納箱である。大きさは鳥かご程度。埃が積もっている。真実が息を吹きかけると、目の前にいた真解向かって埃が舞い上がった。

「げほっ、ごほっ!」

 真解が思わず咳き込む。

「殺す気かっ!?」

「わたしの愛で生き返るから大丈夫」

「どういう意味だよ!?」

 真解の怒りも我関せず。真実は、近くにあったダイヤル付きの赤いテレビの上に箱を置くと、蓋を開けた。

「ほら、やっぱりこれ、裁縫箱よ」

〔埃を吹いた意味は?〕

 ない。

 真実が開けた箱の中には、針や針刺し、鋏などが入っていた。金属はどれも錆び付いている。側面に付いた引き出しを開けると、細かい布が出てきた。

「確かに暗号文には針が出てきたけど」まだ咳をしながら真解。「だからって裁縫箱に財宝があるとは、考えにくいと思う」

「やっぱり短絡的かな? でも見てこの鋏。江戸時代っぽくない?」

 真実が取り出したのは、現在のような2枚歯の鋏ではなく、U字型の和鋏だ。真実が握ると、カシカシと乾いた音がした。

「だからなんだ」

「別に、なんでもないけど……」

 真実は上目遣いに真解を見た。真解は肩をすくめてから、また1つ咳払い。

「ちょっと、外の空気吸ってくる」

 と言って、真実に背を向けて歩き出した。

 ガラクタを除けつつ外へ向かうと、ちょうど倉の真ん中に、江戸川が突っ立っていることに気が付いた。懐中電灯を上に向け、天井を睨んでいる。

「なにやってるんですか?」

「あら真解くん」

 江戸川が明かりを真解に向ける。真解は腕で顔を覆った。

「私、思ったんだけど」江戸川は再び、明かりを天井に向けた。「ハルって江戸時代の人でしょ? そんな昔から隠されているのだから、普通に隠したんじゃ、とっくに見つかってると思わない?」

「それもそうですね」

「と言うことは、普通ではない場所に隠したということ。それはどこか?」

「……倉の天井?」

「そ♪」

 真解もつられて、天井を見上げた。

 倉の天井までは、4メートル近い高さがあった。三角の屋根を支えるように、梁が渡されている。暗い上に距離もあるので、細かくは観察できない。例えば財宝が小さな宝石だったとして、それを天井の梁に埋め込むように隠してあったら、こうして見上げていても決して発見できないだろう。

 天井までの中間の位置には、現在で言うところのロフトが付いている。よく見ると、そこへ登るための急な階段があった。あそこへ登れば、何か見つかるかもしれない。

「行ってみましょうか」

「そうですね」

 真解と江戸川は、ガラクタをかき分けて階段へ向かった。


 ほとんど梯子と言って差し支えない急な階段。その先は、幅3メートル、奥行き1メートルほどの細長いロフトだった。この急な階段を登る必要があるため、あまり大きなものは持ち込めないのだろう。ロフトには、ボロボロの本やガラス瓶、小さな壷などが置かれているだけだった。

 江戸川もロフトを見たいというので、先に上っていた真解は、恐る恐るロフトに足を乗せた。木製の古いロフトは、乗るとギィ、と軋んだ。

〔板が抜けたりしないよな……?〕

 思わず四つん這いになる。

 江戸川が顔だけ出して、ロフトを見渡す。

「特に、財宝と言えるものはなさそうね」

「こんなところにあったら、それこそとっくに発見されてると思います」

「それもそうね」

 あっさり認めた。

「あ、そういえば、江戸川さん」

 ふと思い出したことがあった。

「さっき、溝呂木博士にマスクの盗んだものについて質問した、って言ってましたよね? どうしてです?」

 江戸川は、キョロキョロとロフトの上を見渡しながら、淡々と答えた。

「別に、深い理由はないわ。ただ、最近のマスクは美術品だけじゃなくて、骨董品も盗むようになってたから、それがどのくらい価値あるものなのか、尋ねたのよ」

「どのくらい価値があるものだったんです?」

「微妙なところね」

 江戸川は革ジャンのポケットから赤い手帳を取り出した。手帳には、付箋が大量に貼ってあった。手帳に付箋が貼ってあるのか、付箋に手帳が挟まっているのか。後者だと言われても、信じてしまいそうだ。

〔あんなに大量に貼ったら、付箋の意味ないんじゃないか?〕

 だが江戸川は、どこに何が書いてあるのか覚えているようで、一発で目当てのページを開いた。

「一番高いものは、一億」

「いちおっ……!」

 声が裏返る。いや、真解たちも過去に何度か、億単位の金が絡む事件に遭遇したことがある。大富豪の遺産をめぐる事件とかだ。だから、全く実感の湧かない金額と言うわけではない。

「ちなみに、安い方は?」

「ゼロ」

「はい?」

「価値なし、ってことね。どうやらマスクは、世間的な価値とは無関係に、自分の価値観で物を盗んでいるみたい」

 マスクは盗んだものを闇市場に売ってお金を得ているのだと思っていたが、どうやら違うようだ、と真解は思った。

〔それとも、高価なものは売って、本当に欲しいものは手元に残しているんだろうか?〕

 どのみち、マスクが盗むのは、必ずしも価値あるものではないらしい。

「マスクって、今までどんなものを盗んできたんですか?」

 真解たちがマスクと遭遇したのは、過去2回。そのときは、それぞれ絵画と真珠を盗もうとしていた。

「色々」江戸川が手帳をめくりながら答える。「真解くんも知ってる通り、美術品を盗むことが多いけど、たまに化石とか剥製とかも盗むわね」

「……博物館にでも忍び込んだんですか?」

「ご名答。美術館から科学博物館まで、マスクは色んなところに盗みに入ってるわ。たぶん、相当な博覧強記なんでしょうね」

 博覧強記、と言えばメイだ。真解はロフトから下を覗き込んだ。眼下では、メイと謎事が服を埃だらけにしながら、なにやら古い巻物を広げていた。


 倉の中を1時間以上捜索したが、結局ハルの財宝らしきものも、そのヒントとなりそうなものも見つからなかった。やはり江戸川が言ったとおり、簡単に見つかる代物ではないのだろう。

「やっぱり、暗号を解かないとダメなのよ!」

 服に付いた埃を払いながら、真実が力んだ。倉に入った6人は一様に、服を汚している。メイはポケットからハンカチを取り出して、白いワンピースの埃を払う。倉の作る影に入りつつ、倉を見上げる。

「マスクは7時間後には来てしまいますからね」

 時刻は午後3時。マスクの予告は夜10時だ。

「でもよ」と謎事。「江戸時代に書かれたのに、いまだに誰も解けてないんだろ? それをたった7時間で……」

 最後の方は尻すぼみになりながら、謎事は真解を見た。できるか? と目で聞く。どうだろうね、と真解は肩をすくめた。

「しかもボクらが見たのは、現代語訳だ。もしかしたら、原語に当たらないと解けないかもしれない」

 真解は溝呂木に向き直った。

「さっき、本物は博物館にあるって仰ってましたよね? その博物館に案内してもらえますか?」

「わかった」溝呂木は二つ返事で答えた。「連れて行こう」

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