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孤独な針  作者: 黄黒真直
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1. 依頼編

 風呂上り。実相真実みあい まさみはドライヤーで髪を乾かすと、目にかかる前髪を栗色のカチューシャで留めた。普段はヘアピンで留めているが、家では飾り気の無いシンプルなカチューシャで留めている。自分の髪と同じ色のカチューシャは、頭につけるとほとんど目立たない。

 部屋着のホットパンツとキャミソールを着る。脱衣所を出ると、自室へ向かった。

 実相家は、少し変わった構造をしている。真実は自分の家を「3階建てだ」と主張しているが、真実の双子の兄、真解まさとは、それはウソではないが本当でもないと思っている。この家は、「中二階のある2階建て」なのだ。そして、その中二階に真実の自室がある。

 ドアを開けて中に入ると、目の前の壁際に2段ベッドと2脚の勉強机、そして明らかに趣味の異なるマンガが置いてある。ここは、真解と真実、2人の部屋なのだ。

「お兄ちゃん、お風呂開いたよ」

 2段ベッドの下段に寝そべりマンガを読んでいる真解に、真実は告げた。真解は「ああ」と気の抜けた返事をした。特に起き上がる様子は無い。マンガをキリの良いところまで読もうとしているのだろう。見ると、あと数ページで終わりそうだ。

 2段ベッドを挟むように置かれた2脚の勉強机のうち、向かって左側が真実の机である。広い机の上には、勉強道具のほかに、デスクトップPCの巨大な液晶ディスプレイが鎮座している。

「そんなところにパソコン置いて、勉強する気になるのか?」

 と、父親に言われたことがある。当然、真実は即答した。

「なるわけないじゃん」

 父親は金魚のような顔になったあと、すぐに真実を叱り飛ばした。しかし、定期テストの結果がいつも真解よりも優秀なため、いつの間にかパソコンの鎮座を黙認するようになった。……どうやら真実は、授業を1回聞くだけで、内容を全て覚えてしまうようだった。

 パソコンの前に座り、ネットでもやろうと真実はパソコンのスイッチを入れた。

 ちょうどそのタイミングで、真実のケータイが震えた。液晶の表示には、「江戸川乱歩」とある。

 江戸川乱歩えどがわ らんぽ。言うまでも無く、かの有名なミステリ作家……ではなく、それと同姓同名の、フリージャーナリストの名前である。とある事件で遭遇して以来、時々真解達に事件のネタを持ってくる。どうやら、真解達に事件を解決させ、その内容を記事にしているらしい。記事はどこかの雑誌に持ち込み、それで収入を得ているようだ。

 彼女から電話が来たということは、何か事件を持ってきたのだろう。それは、ネットよりも何倍も楽しいはずだ。真実は期待に胸を膨らませながら、電話に出た。

「はい、もしもし」

『あ、真実ちゃん? 久しぶり!』

 明るくハキハキした江戸川の声。落ち着いてはいるが、なんだかテンションが高い。

「今度はどんな事件ですか?」

 早く事件の話が聞きたくて、真実は無駄な会話を省いた。江戸川もそのつもりのようで、意気揚々と言った。

『さっき連絡があったんだけど、私の知り合いのところに、届いたらしいのよ』

「何がです?」

 江戸川の回答を聞いた真実は、目を輝かせ、声を上げた。

「犯行予告状!」

 マンガを読み終えた真解が、顔をしかめさせながら起き上がった。


 眼鏡を取ると美人、という使い古された設定がある。「本当は可愛いのに、自分の可愛さや、自分の魅せ方を理解していない、天然な女の子」というキャラ付けに使われる。可愛いのに、その可愛さを利用することが無いので、男としては安心するのだろう。

 江戸川乱歩は、それと似て非なる人物であった。

 真実が電話を受けた次の日。土曜日である今日は、真解たちの学校は休みである。それを知っている江戸川は、昼過ぎには真解と真実の部屋を訪れた。

「久しぶりね、みんな!」

 そう言って現れた江戸川は、女マフィアのような格好であった。肩までの黒髪、女性らしくない無骨な黒いサングラス。黒いタンクトップとパンツ。その上に、茶色い革ジャンを着ていた。小さな口や鼻を収める面長な輪郭は美人であることを示唆していたが、サングラスがその印象をぶち壊しにしている。ジャンパーの下にナイフでも持っていそうである。喩えるなら、花の咲いたサボテンのような美人だ。美しいが、近付こうものなら物理的に血を流す。

 江戸川は視線を落とした。部屋の中央に置かれた座卓の周りに、4人の中学生が座っている。入り口の目の前に座っていたのは、ところどころ跳ねたショートカットが特徴的な、Tシャツにジーンズ姿の男の子、相上謎事あいうえ めいじである。髪は蛍光灯の光を受けて、わずかに茶色く光っている。染めているわけではなく、地毛らしい。

 真上から江戸川に見下ろされ、謎事は思わず体を避けた。別に睨まれたわけではないが、思わずすくみ上がったのだ。

「ありがと」

 と言って江戸川は、謎事が退いて出来たスペースに正座した。サングラスを取って、革ジャンのポケットに突っ込む。サングラスがなくなると、示唆されていた美人が現れた。サボテンの花が、月下美人の花になったようだ。

 余談だが、月下美人はサボテン科である。

 座卓の上には、コップが5つ置いてあった。真実は空いているコップに、ペットボトルから麦茶をついで、江戸川に渡した。

「それで、マスクからの予告状が来たんですよね?」

 真実が、目を輝かせながら聞いた。その左目の上では、流星を模ったヘアピンが輝いている。胸元にデフォルメされたネコ(何故か箱に入っている)がプリントされたノースリーブのTシャツに半袖のパーカーを羽織り、ショートパンツを穿いている。まさにこれから夏の流星群でも見に行こうかと言う格好である。こんな格好で言ったら、虫に食われること受けあいだが。

 江戸川は麦茶を少し飲むと、黒いバッグから1枚のプリントを差し出した。

「これが、マスクの予告状のコピー」

 江戸川の差し出した1枚の紙を、真実が受け取った。真解たち3人も、横からコピーを見る。A4サイズのコピー用紙には、便箋が写っていた。そこに、手書きのようなフォントで書かれたワープロの文字が並んでいる。

 真実が言った「マスク」とは、もちろん仮面のことではない。自ら「マスク」と名乗る、現代の怪盗のことだ。世界中で、美術品や歴史的価値のある物品を盗んで回っていて、当然、世界的な有名人物である。真解たちは、過去に2度、マスクの犯行に居合わせている。1度目は偶然に、2度目はマスク直々の挑戦を受けて。そして今回が3度目の対決となる。

 怪盗ならば当然、正体不明、不得要領、神出鬼没かと思いきや、意外とそうでもない。マスクはもともと、イギリスで活躍していたマジシャンだったのだ。そのときのプロフィールが確かならば、マスクに関しては多くのことがわかっている。

 まず、女である。素顔こそ明らかになっていないが、マジックの間中、声や体型を変えていたのでなければ、確実だ。背の高い、スレンダーな女である。

 ただし、マスクには超人的な変装の技術があることがわかっている。老若男女、いかなる人物にも変装できてしまうのだ。だから、もしかしたら男なのでは……とも言われているが、だとしたらそれはもはや男ではなく、オカマである。

 次に、弟がいる。しかもその弟は、アシストと名乗り、マスクとともに怪盗業を営んでいる。残念ながら、弟に関しては、そこまで詳しいことはわかっていない。マジシャン時代のマスクの言葉が正しいのなら、美男であることは確かなようだ。

 そして、日本人とイギリス人のハーフらしい。これはマスクが自らそう言っていただけなので、真偽のほどは定かではない。ただしマジシャン時代から流暢な日本語を話していたので、日本にゆかりがあることは確かなようだ。

 このほか、将来は日本に住んでみたいとか、アンティークが好きだとか、スルメが好きだとか、インタビュアーに明かしたプロフィールは、様々ある。

「えーっと」真実がコピーの文面を読み上げた。「和算家ハルの遺した暗号のナゾが解けた。ついては、来る土曜日の夜10時、彼女の遺産を頂く。怪盗マスク」

 ハテナ、と4人とも首を傾げた。マスクの出す予告状はいつも標的の所有者に向けて書かれているので、部外者が読むと意味不明なことが多い。他人宛の手紙を読んでいるのだから、わからなくて当然だ。電車の中で、赤の他人の話す、赤の他人の噂を聞いているようなものである。

 そこでまずは、謎事が聞いた。

「最初の、この、わさん…か? って、なんだ?」

 聞かれて江戸川は、メイを見た。

「メイちゃん。説明してあげて」

「えっとですね……」

 事河謎ことがわメイは右手で、眼鏡のふちを少し掻いた。今日のメイの眼鏡は、白いブリッジのノンフレームである。学校にかけて来ている眼鏡は黒板が見えるように度が強く、普段は少し弱めの眼鏡をかけている。五線譜が模られたテンプルには、ト音記号と二連音符が踊っている。服装は白いワンピース。そこにはクリーム色の小さな刺繍の花がいくも咲いていた。その上にさらさらとした黒髪が川のようにかかり、庭園のように綺麗だ。

「和算というのは、日本独自の数学のことです」

「日本独自? え、じゃあオレ達が習ってる数学って、外国じゃ使えないのか?」

「あ、いえ、わたし達がいま習っているのは、和算ではなく洋算なので大丈夫です」

「そもそも数学は、世界どころか宇宙共通言語だから、使えないって事は無いわよ」

 横から真実が突っ込みを入れた。

「和算が日本で使われていたのは、明治の初め頃までです。その頃、小学校でいまわたし達が習っている洋算を教えるようになり、和算は衰退していきました」

 ですが、とメイは続ける。

「今でも全く使われていないわけではありません。小学校で鶴亀算とか旅人算とか、習いましたよね? あれは和算の中で生まれた問題です」

「ふぅん」と謎事。「じゃあ、この和算家ってのは、今で言う数学者って意味なのか?」

「そうですね」

 メイが頷いたところで、真解が本題に入った。

「それで、江戸川さん」

 童顔をメイから江戸川に向ける。カジュアルな白いワイシャツに、青いネクタイを緩く締めている。あとは黒いジーンズ。シンプルな服装だ。真実いわく、「素材の味が引き立つファッション」らしい。

「説明をお願いします。ハルって、誰なんです? そもそもこの予告状を受け取った人は、何者なんですか?」

「予告状を受け取ったのは、私の知り合いの歴史研究家、溝呂木重三みぞろぎ じゅうぞう博士。彼のご先祖様に、ハルと言う女性の和算家がいたのよ」

「女性の和算家なんて、珍しいですね。算法少女ですか」

 と、メイが言った。横から謎事が「そうなのか?」と尋ねる。

「江戸時代ですから、女性が学問に邁進するなんて、考えられなかったんですよ」

「ふぅん?」と謎事は首を傾げた。ピンと来ていないようだ。

「ま、とにかく」と江戸川。「そんな社会的事情もあって、ハルは優秀な和算家ではあったけれど、周囲にはあまり認められてなかったらしいわ。子孫である歴史研究家が言うんだから、間違いないでしょう」

 確かにそれは十二分に信用できる情報だ、と真解は思った。

「っていうか、江戸川さんはどうして、歴史研究家なんかと知り合いなんですか?」

 真解の質問に、江戸川はフフンと不敵に微笑んだ。ナイフが出てきそうで怖い。

「ジャーナリストにとって、人脈は命よ」

 そんなことより、と江戸川は続ける。

「そのハルさんが若い頃、ある暗号文を残したのよ。その暗号文は溝呂木博士の家に現在まで保管されているのだけど、その暗号のナゾが解けた者は、ハルの遺した財宝が手に入るらしいわ。マスクの言う遺産ってのも、たぶんその財宝のことね」

「それはつまり……」と真解。「その暗号が、ハルの財宝の隠し場所を示しているとか、そう言うことですか?」

「たぶんそうね」

 マスクの予告状には、「暗号が解けた」とある。つまり、財宝の隠し場所がわかったから盗りに行く、と言う意味か。

「どんな暗号なんですか?」

 と真実が聞いた。暗号といえば、数学である。高度な数学の理論を使って作られた最先端の暗号が、世の中にはいくつもある。なら和算家が作った暗号は、当然和算の知識が活かされているに違いない。

「それがねー」と江戸川は腕を組んだ。「わけがわからないの」

「そりゃまあ」と真解。「暗号ですから、わかったら意味がないですよね」

「そういう意味じゃないんだけどね」

 ならどういう意味なのか。真解たちは説明を求めたが、

「実際に見てもらうしかないわね」

 江戸川はそれだけ言って、立ち上がった。

「いま、私はその暗号を持ってないから、実際に溝呂木博士に見せてもらいましょう。さ、行くからみんな立って」

「え、あの」とメイが戸惑いがちに言った。「いまから行くんですか?」

「当然」

 だろうな、と真解は思った。

 マスクの予告状には、「来る土曜日」と書いてある。来る土曜日……つまり、今日だ。

ひとつ言っておきますが……。


ゲーム『逆転裁判3』(カプコン)に「仮面マスク」という怪人が登場しますが、

キグロ(作者)が「怪盗マスク」を最初に書いたのは、『逆転裁判3』よりも前です。


つまり何が言いたいかというと、

 パ ク リ じ ゃ な い で す よ!!


偶然って怖いです。

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