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『見つからない』【掌編・サスペンス】

作者: 山田文公社

『見つからない』作:山田文公社


 空っぽになったラムネの瓶を眺める。隙間に挟まったガラス玉が行き場所なく、窮屈そうに行ったり来たりしている。澄んだ音がしながら転がっている。散々眺めて飽きたので、置かれていた棚へと戻した。

 水玉の悪趣味なカーテンを眺める。何も変哲が無さ過ぎて、かえって落ち着かない気がする。手持ち無沙汰に水玉模様を数え始める。少しずつ気が滅入ってくる。

 棚に置かれた本のタイトルはどれもこれも興味が持てなさそうな物ばかりで、背表紙に指をかけて一冊ずつ床に落としていく。気がつくと棚から本は消えて、足下に大量の本がうずたかく積まれていた。本の角が足に突き刺さり、それが酷く不快な気分にさせた。煩わしくなり足下の本を蹴り飛ばす。花が生けられていない一輪差しが床へ音を立てて割れ飛び散った。

「あなたのレーゾンデートルって何?」

 もう答えようの無い彼がベットの上に仰向けに倒れている。顔中にペンを剣山のようにはやしている。

 小一時間前に口論になった。本当にくだらない馬鹿みたいな内容で口論になった。あまりのくだらなさに内容を忘れてしまうほどの、とるにたらない内容だった。それは日々の不和を繰り返すような喧嘩だった。蒸し返し、掘り返し、しまい込んだ、怒りと罵詈雑言を吐き出し合った。

 ただ今日は酷かった。お互いの機嫌が悪かった。私は彼からペンを突き立てられた。お気に入りの服に穴を開けられた。大事にしている鞄に穴を開けられた。もう殺すには充分だった。

 たぶん普通なら殺さないはず、けど、それだけじゃなかった。普通に別れる事だってできたけど、無理だった。愛情と憎悪は表裏一体で、私は彼の事を愛していた。だからこそ憎かった。でもきっとそれは殺した理由ではない。

 ベットには彼が死んでいる。主のいなくなった部屋はどこか寒々しかった。

「死ぬってどういう気分?」

 天井を見上げながら質問した。いつもと変わらないけど、質問に答えは無かった。

「なにか感じる?」

 すっかり冷たくなって、硬くなった手を撫でる。彼の体に寄り添うようにして頬を添わせた。私は首を擡げて彼の顔を見る。驚愕に歪んだ顔には数本のペンが突き刺さっている。

「ふふふ、それ痛そうね」

 そう言い私は、突き立ったペンを一本ずつ引き抜いていく。それは私が息絶えた彼に怒りにまかせて突き立てた物だった。

「何も私にペンを突き立てる事ないでしょ?」

 彼の顔からペンが引き抜かれていく。死んだすぐは簡単に刺さったのに、時間が経ってから引き抜くのは少し力を使った。全て抜き終わると顔中に赤黒い穴を開けた彼の顔が現れた。

「年間の行方不明者と身元不明の死体の数……どう思うって以前聞いたの覚えてる?」

 私はスキー用の大きなバックに彼を入れた。

「自殺と他殺の区別は司法解剖して判断されるの」

 とても持ち上がらないから、引きずって玄関へと向かう。

「でも、案外司法解剖する場所がある所って少ないの、だから基本的には大学とかで兼務されてるの」

 玄関を開けると、冷たい風が吹き込んできた。車を飛ばせば今日中には山の洞穴まで行ける。

「特に自殺が多いと検死も適当になる、数が多いと特にね。だからあなたも自殺として扱われるの、大丈夫泣きながらノイローゼ気味だったって証言してあげるから、安心して」

 空気中に晒せば2週間もせずに外見の肉は無くなる。身元確認できる物もなく、自殺と断定できる状況さえそろえておけば、捜査の手もまわらない。彼を車のトランクに放り込み、車を走らせる。

「完全犯罪って、見つからないから完全犯罪っていうの。見つかったり気取られたりしてる時点で完全ではない訳、だから完全犯罪を暴く時点で完全ではなく、不完全犯罪な訳。もし完全犯罪の物語なら、それはただの犯罪の自白になる」

 車が山に着き彼をトランクから降ろした。担ぎながら山を登り始める。

「死体が見つかった時点で、死体遺棄になる。警察は躍起になって身元を洗うの、なぜならそれが殺人に直結しているから、普通に死亡したなら医者の書いた死亡届けがある訳だから、それに死体遺棄だけでも相当な点数稼ぎになるから、それだけに逃れるのは不可能に近いの……」

 彼を袋から出して、洞穴へと投げ入れた。

「でもね……見つからなければ、ただの『行方不明』で処理されるの、警察は犯罪性が低いと称して、ろくに捜査もしないの、知ってる年間の行方不明者の数」

 洞穴に消えた。洞穴のそこは底なしの沼になっている。死体は決して上がる事はない。

「あなたもその一人」

 そう、疑わしきは罰せず。それが今の司法制度である。殺人の立証には遺体が必要なのだ。遺体が無く行方不明なら嫌疑不十分になる。だから死体が無ければ完全犯罪。

「酷い話よね。行方不明に犯罪性がないだなんて……死んでるかも知れないのにね。あなたみたいに……」

 私は彼が消えた洞穴を微笑みながらしばらく見つめていた。そして翌日から何事も無かったように過ごす。


「知ってる? 年間の行方不明者の数――」

お読み頂きありがとうございました。

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