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恋と美容術で男爵令嬢は天下を取りに行く  作者: 乙巴じゅん
2章・美容術の対決だが相手は魔王エーアイのカガクを信じていた
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施術の練習

 アカリーヌは施術の練習も必要だと考えた。良い獲物、ではなくて、最適の実験台となるのがダニエル。

「竜の涙を運んだら、座ってちょうだい」

 10リットル入りの樽を五個、運び終えたダニエルを椅子へ招く。

「いいけどよー。プレゼントした代わりにとは、差し引きゼロじゃん」

 財布は気に入ったらしいが乗り気ではない。馬車の中でも、ずっと不満顔をしていた。外出だからと、ちゃんとした貴族の服は着ける。

「ここまできて、じたばたしないの。いや。感謝してますのよ」

 施術を終えたらしいハルナが、興味ありそうにみていたから、丁寧な口調になる。

「若い衆でんなー。手伝ろうてくれはるんか。良い男やねー」

 王城へ顔見せに参加すると初心者マークみたいな勲章が貰える。勲章がないから十六歳以下と分かるし、アカリーヌの施術へ関心があるようだ。

「弟でございます。まだ子供ですから」

 話してる間にも、ダニエルは妙に真面目な顔をして姿勢を正した。

「始めまして。フーモト男爵家のダニエルと申します。姉上のお役に立つために、はせ参じました」

「お初でんなー。私はハナレテル伯爵家のハルナ。よろしゅうに」

「伯爵家のご令嬢様! 恐縮至極でございます」

 ダニエルも父に似て、爵位の順序に敏感。ますます緊張したようだ。

「ほら、座って。ダニエルなんか相手にしない方だから」

 服で予想しろ、と言いたいが、社交界へデビュー前だから、分からないのも無理はない。

「挨拶ぐらい良いだろう。別に」

「かまへん。またお喋りしような」

 ハルナが余計なことを言う。なにかキャラが変わってないかとも思う。確かに女性の世界へ男性が入ると華やぐときもある。

 ダニエルも、ここは覚悟を決めたように椅子へ座る。

「姉上。よろしゅうに」

「真似するな」小声で言う。

 施術の練習を早く始めたい。マームが温めた竜の涙を風呂桶にいれて持ってくる。

 椅子の背もたれを倒す。後方に立つアカリーヌ。右に風呂桶、左にタオルと椿油などが置かれた棚台。

 先ずはタオルを風呂桶の竜の涙で濡らして、縦に折る。くるくる、両手で巻き取り、お客様、いまはダニエルの顔へ当てる訳だ。

 顎から、すーと伸ばして口元を押さえる。くりっ、と裏返して頬から、こめかみへ斜めに伸ばす。もう一度、くりっ、と裏返して額へ重ねるように置く。頬や上唇あたりなどを、タオルで覆われているか調整する。

 指を広げ、タオルを軽く押さえて肌とタオルを密着させた。

「よし、もう一度。練習だから」

 タオルを取ると、首筋を掻くダニエル。雫が垂れたらしい。

「ちょっと濡れすぎないか、おねーちゃん」

(それにしては、思うように肌が潤わないねー)

「そうか。うん、あまり肌は濡れないか」

 風呂に入ったようなてかりが肌にない。やはり、あとから指で塗るしかない。

 ちょっと絞ったタオル。容量は掴めてきた。ここから、化粧水をつける作業に入る。

 風呂桶で両手を湿らせると、指を軽く組み、お客様の顎へ当てて、フェイスラインに沿って耳前までさする。施術では引き寄せる感じ。

 顔の中央から外側へ広げる。鼻や瞼は敏感な人もいるので、ついでにと言う気持ちで塗る。アルカリで指がヌルヌルするが、顔肌にもクレンジング効果は現れるだろう。

 顎から首回りの施術はやりにくいが、リンパ管が多いところ。

「いま、汚れを落としてるからね」

「その言い方、嫌だなー」

「そうか。竜の涙がお肌を柔らかくしてるところ、だね」

「いまはお客様だから、丁寧に言ってよ」

「分かりましたわ。お湯加減はいかが」

「風呂じゃないっつうの。でも、同じか」

 顔を弄られながらも器用に話すダニエル。お喋りしながらも、指の化粧水をタオルで拭って、顔肌もふき取る準備をする。

「リン波の念力で、綺麗な肌に変えましょう」

 リンパにそって指でなぞる。ヌルヌルが取り除かれてスベスベの肌が煌めく。

「潤いを保つために椿油をおつけします」

「それは、いいよ」

 ダニエルが面倒くさそうにいう。

(いまさら、もう、まな板の上の鯉なのよ)

「ちゃんと最後までしないとだめなのよ」

 掌に椿油を伸ばすと、同じ要領で顔全体へ伸ばしていく。顎から首にかけて、本格的にリン波念力を送る。

「自宅でなさるために、デコルテのリン波念力の方法を教えましょう」

 鎖骨へ向けて軽く摩り寄せるのは、人目もあるので、さすがに、そこまでは接術できないだろう。

 乾いたタオルで、余分な椿油のてかりを拭う。ツルツルの肌になっている。背もたれを起こすと、鏡でようすを見るダニエル。

「なにか、だな。男にはいらないし」

 そこへ口を挟むハルナ。

「どれどれ、触らせてんか」

 指で施術したての頬をなぞる。

「いや。あの」

 ダニエルが赤面してパニックになった。

「男前やねー。リン波の念力は魔法みたいやのー」

「魔女様の直伝でございますが、誰でも体得していただける技でございます」

「ほんま。そら面白いわ。そうだ、ダニエル様は明日もこれるん?」

「はい。竜の涙を運びに参上いたします」

「楽しみができたのー。待ってるでー」

(いつまで話すつもりかしらね)

「市場の店番もありますので」

 断りをいれて、ダニエルへ、戻るように促した。

(やれやれ、言葉遊びもいいけど、ダニエルには早いと思う)

「まだ初心な男でございますから」

「いやのー。弟を思いだしよった。幼いころ、流行り病でのー」

 ちょっと寂しそうに眼を伏せるハルナ。

「いやなこと思いださせまして、申し訳ございません」

「大丈夫なんよ。その年頃になってると思い、ついお喋りになるわな」

「それなら。本望でございます」

 話しているところへ、声を掛けたのはキャリロン王女。ハルナが、逃げ遅れたかー、という表情。

「始まっておるな。ゲストは知り合いの貴族であるか」

「弟のダニエルでございます。ほら」

 挨拶を促すが、緊張しているのか、鏡を持って動かない。

「フーモトのダニエルともうすします」

(申しますでしょ)言葉にはできない。アカリーヌも敬語が苦手だから。

「あれじゃな。フーモト男爵家へ寄ったときに、玄関奥でかしこまっておった」

「光栄でございます」

 思いだしたように椅子から降りるダニエル。キャリロン王女は急にハルナへ一歩すすむ。

「きょうはおったな。オリコオへ言葉を教えてくれんか」

 オリコオ第二王子のことだ。今年で15歳。

「そうやなー。予約客が来よるしなー」

「いつもそうじゃ。ハナレテル地方の言葉に興味を持っておってな。いつならできるんじゃ」

「そうやなー。ハナレテルにおいでいただくしかあらへんでー」

「そうか。ま、良い。ダニエルがオリコオと遊んでやれ」

 話題を急に変えるのが好きらしい。

「第二王子様と。うわっ。いや。光栄。いや。恐れ多い」

 椅子の肘掛けを弄ったり頭を掻いたり。

(これでは、まともに相手ができないでしょうねー)

「まだ初心で。今年が初登城になります」

「そうか。初登城祝いも、もうすぐじゃ。楽しみである」

 キャリロン王女は言うと、アーホカのほうへ目を移して、歩き去る。

 なるほど。ハルナがキャリロン王女を避けてるのはオリコオ第二王子の話題を持ち出させないためだろう。

(あんがい長い付き合いなんだね)


 さて、すぐにお客様が来るわけでもない。貴族同士でアカリーヌが施術をしている話はされているらしく、市場で竜の涙を買ったミナミダ伯爵家のオリビアが施術を受けに来た。粘土美容術をしている美容術使いの地元だ。

(お茶会で男爵家の仲間も誘えるかな。こういうつながりでお客様も増えるといいけど)


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