ニーバンに会って、美容コーナーで施術する決心をする
アカリーヌはダニエルへのプレゼントを買いに、小物を売るコーナーへ来た。商店街で異国の商品を扱うのも王子様のお陰なはず。
(王子様は庶民のことを考えてくださるからね。直接お話する機会はないけどさ。王家からお知らせの紙が配られるし、貴族の間でも話題になる)
アカリーヌは貨幣の流通をすすめている王子に期待もしていた。
ダニエルへのプレゼントは、やはり小銭入れだと考える。
(シュシュはあんがい高かったよねー。部屋にあるので間に合わせよう)
「財布が大安売りだって。うん、これからお金を使う機会は増えるからね」
マームの言ってたように財布が無難と考えている。
「ハーマベ王国の珍しいのがございますね。貴重かと」
マームもあっちこっち見回していた。
「ポシェットか。財布代わりになる」
紐の着いた小振りな入れ物が気に入った。馬の皮を使っているらしい。
(馬かー。ニーバンもこれが気にいるだろうか。いや。愛馬の皮を思いだすのかな)
馬の皮をつけるのは、馬も恐がるだろう。なぜかニーバンのことを思いだすのは恋だろう。
「男の好みによりましょう。腰に巻くには」
マームがいうように、ベルト以外はしない風習が男性にはあった。剣を下げて戦う印象を無くしたいらしい。
(ダニエルに似合いそうにもないしねー)
馬が気に入っただけだった。
「あらまー。竹の細工ものか。オーカウエ地方の作成じゃん」
掌に乗る大きさだが、見た目は巻き寿司に使う巻きすだれ。オーカウエ地方はフーモト男爵家から坂を上った丘の上。公爵の領地になるが、隣同士として交流もあった。
紐をほどき、すだれを巻き返してみる。
「中が小箱になっておりますね。おしゃれだと思います。お金も取りやすいと」
マームが賛成する。火入れして、落ち着いた黒の部分もあり、男性も好みそうだ。
「近くだし、市場にも置いてもらおう。なになに、二十マニー。そういうものか」
これは大安売りでもないようだが、財布が二千円なら許容範囲だろう。しかし、百均みたいな市場で売れるのか疑問だ。
「庶民が買えるような珍しいのを市場へ置きたいよね」
「竹製ですと、オーカウエ地から直接に仕入れなされば安くなると思います」
「なるほどね。話してみよう」
「それで、いかがなさいます、美容コーナーでお働きなさるなら、リン波の念力がお嬢様の強みでしょう」
「確かにねー。王女様がおっしゃられたように、イベントでお披露目は価値があると思う」
「希少価値というものでございましょう」
「市場を離れるのも、ちょっとね」
(王都で働くと庶民からますます離れちゃう気がする。でもさー、地元の庶民は、わざわざ買わないよ。リン波の念力を送る方法も教えたし)
あの湧水の場所は誰でも使えるから竜の涙は無料で使える。商売になるわけもない。
財布を買って、仕事をするか迷いながら商店街をあとにした。
とりあえず今は、フーモトへ戻る。貴族が優先されるレールの敷かれた馬車軌道もある。
(荷馬車や庶民も使えればね。移動は楽になると思う。王都は馬車も多いから、よけいに考えるんだよ。貴族の特権って何? 威張るだけじゃん)
「あの女をぎゃふんと言わせたいよね」
馬車に揺られながらつぶやく。さすがに女性を蹴飛ばしはしないが、見下されて黙る性格ではない。
「美容術はお嬢様が上手いでしょう。やはり市場のことが心配でございますね」
マームはアカリーヌの考えも知っているらしい。
「みんなと働くのは楽しみだからね。最近はよそよそしいけど、気持ちは休まる」
「お仕事を始めれば、故郷を離れる方も多うございます。これも大人になることかもしれません」
マームは、何かへ向かってアカリーヌがすすむのを歓迎しているようだ。ハルナのツボ美容にも関心を持ったし、リン波の念力で稼げるのか試してもみたい。
「寂しくはなるかな。お金を儲けて、何かを庶民へ還元できたら良いか」
王都では貨幣の流通が進んでいる。田舎から都会へ出かけていくのは、ひとつの生き方でもある。
(すぐには結論をださなくてもいいかな)
軌道を走る馬車は揺れも少ないほうだ。
(この場所は臭いし、苦手だなー)
いま通過するのは鶏の飼育場が近くにあり、有機肥料みたいな匂いが風に乗ってくる。クローバーの広がる狭い草原を前に、御者がブレーキをかける。十字路を渡ろうとする馬が見えた。
「騎士の馬でしょうか。白馬ですね」
騎士が乗っている傍で歩くニーバンを見分けられたアカリーヌ。
「ニーバンだ。歩いている? まず挨拶しなきゃ」
なぜか嬉しくなってきた。
(こういうこともあるんだよね。運命だわー)
なぜ歩いているかも聞きたいし、昨日のお礼もしなければ。そして、お喋りもしたい。
馬車が停まり、その隙に渡ろうとする白馬。アカリーヌは急いで身を乗り出す。
「ニーバン。お久しぶり」
なぜか懐かしく思える。男性とゆっくり話したのも久しぶりだったし、異性を求めている部分もあるのは確かだ。
「アカリーヌ。王都へ用事だったか」
ニーバンが歓迎するような笑顔を向けて、立ち止まった。御者の誘導ももどかしく、アカリーヌはニーバンへ駆け寄る。
「美容コーナーへ見学に。それより、ボンクラたちを退治してくれて、ありがとう」
「いやいや礼に及ばない。あの三人は養鶏場で働くことにさせた。暇だからわるさをするのだよ」
トーナリーノ伯爵と話し合って、三人を働かせることになったらしい。それを確かめに来たという。
「歩くとか、何かの罰ゲームでもしてるの?」
「まずは座って。ゆっくり話そう」
そうだね、とうなづく。
(これはデートだよー)
心臓が高鳴ってきた。
馬車を軌道から降ろして休むように言う。マームも気を利かしたか、アカリーヌからちょっと離れていた。騎士も馬から降りて並ぶ格好になる。
「休憩しよう」
ニーバンが騎士へ声を掛けて、アカリーヌも御者とマームに、同じことを伝えた。
騎士と御者、それにメイドという組み合わせが、石に座る。旅人の休憩用に設けられているベンチ替わりだ。
アカリーヌとニーバンはちょっと離れた、坂になるところ。風がそよぎ、養鶏場の匂いは気にならないし、並んで座ると日差しの暖かさが香る。
ニーバンは脚を広げ両手を膝に乗せて、歩くことか、と話を続ける。
「長く歩くと騎士も疲れるからな。いつも交代で乗っている。歩くと面白いぞ。四葉のクローバーもみつかる」
「すぐに見つかるかしらねー。うーん、なかなかないね」
地面を眺めても見当たらい。
「ハートはみつかる。カタバミならな」
「あれは。うん。茎を引っ張って遊ぶの知ってる?」
ムラサキカタバミの茎は中に細い糸があり、外の皮を剥いで糸を絡ませて引っ張り合うのだ。
「女の遊びか。へえー、植物もおもしろいな」
(うーん。話したいことから離れている気がする。もちろん、四葉のクローバーを一緒に探すのは楽しいと思う。いまは美容術について話してみたい。男性には興味もないことで、ニーバンはつまらないと思うかしら)
そうなら話題を変えればいい。
「あのさ。女王様から美容コーナーで施術しないか誘われて、見学しにいった帰り」
「あれか。駐馬車場の正面で目立つ場所だしな。王女様らしいやりかただ。それで、リン波とか試すのか。面白いかもしれない」
(興味を持ってくれてる、嬉しくなるね。自分のことだけを話す男ではないようだよ)
「それでも、市場があるしね」
ますます知り合いたちと離れるのは寂しくも感じている。
「アカリーヌがやるつもりなら、朝と昼に分ければ。ちょっと忙しくなるとは思う」
(そしたら、半端な仕事になる気もするけどねー)
「仕事はちゃんとやりたいから」
「美容術というのを試したいなら都会がいい。田舎では利用する人も少ないだろう」
(それは有りえるし、施術をやることも考えてなかったしね)
化粧水を売るだけでは商売にならないと分かってはいる。
「わかった。やってみる。午後から美容コーナーで試してみたい」
竜の涙に感激していたニーバンの言葉は素直に受け取れる。
(私の味方だと思う。竜の目の涙を何に使うかはわからないけど、混乱を起こす人に思えないしね)
好意を持ったら、良い方へ解釈したい。市場で待っているより、王都との往復が、ニーバンと会える確率も高いと判断した。
「王都でまた会えるかもな」
ニーバンの言葉に期待して別れる。馬車の中でも夢心地。
「ニーバンも賛成したよ。明日は昼から美容コーナーだ」
マームが微笑んで喜ぶ。
「それで、どこのお方か、お聞きなさいました?」
「あっ。話さなかった」
もともと爵位や身分に大らかだ。かといって好意をよせる相手のことは知りたい。少なくとも他国の男性ではないと判断する。
「知らない方がいいかもですねー。お嬢様は気取った話し方がお嫌いなようですので」
「なにか知ってるの?」
マームは友達みたいに喋るときもある。
「ご自分でお聞きなさいませ。私は出しゃばりませんので」
騎士と何か話したのだろうか。
「王城の集まりへ参加しない貴族の子供たちも多いから。つぎはきいてみよう」
(ニーバンが直接に教えててくれるでしょ、そのうちに。でも、どこのだれかはしらないけれど、誰もが知っている人かもしれない)
伯爵家以上の貴族とは付き合いも多くない。男性ともなれば、お茶会などで会っても、話す機会は少ないのが伯爵家以上。
(ゲーヒンみたいなのは嫌だし、子爵家の男って変にちょっかいをかけて来るけどさー、うんざりだよ)
恋と仕事が始まる十八歳の初夏。美容術の世界がファンタジーと現実の見境なく始まろうとしていた。




