前線へ
出口につくころは、騎士とニーバンたちが国境へ向けて道を遠ざかる。トーナリーノ伯爵家の馬車が領地へ戻っていく。
「魔女様は。あそこか」
いつも座るベンチの道端に荷馬車が止まっていたが、魔女が歩いて来た。
「殺虫剤を使ってたようだ。あまり効果はないがな。それよりボンクラの馬車にエンツをばらまいた。見ものだよ」
なにかを期待するように笑う。
「人食い蟻だと。コクロッチより危ないでしょ」
「ボンクラたちは動けんのー」
「オーボチャマも孤立じゃな」
話すところで荷馬車がボンクラ子爵の屋敷から現れた。
「それがあったか」
残念そうにいう魔女だが、後ろから子爵家の馬車も続いた。荷馬車に乗るのが三人、すぐに近くへ来て止まった。四角顔が御者台から言う。
「騎士がいなくなるのを待ってたぜ」
「無理にでも連れて来いとオーボチャマ王様から命じられた」
荷台からおりた馬面とヒョウタン顔。手には剣を持って振り回す。
「一人は引付けるからなー」
ハルナが囁いて、ちょっと離れた。
「カクジ伯爵様だったかー。話があるんやけどなー。おりてこんかー」
「なんだ。そうか、聞いてやるぞ」
降りて来る四角顔。満面にイヤらしいことを期待する表情。
(近づけば気孔をやられると分かってないんだー)
あと二人なら、三人でなんとかできる。キャリロン王女がドレスの襞に手をやる。護身用の武器があるはず。アカリーヌは走って蹴飛ばす準備をした。
「あわわっ」騒ぐのはボンクラ元子爵。御者台で暴れている。
「エンツに喰われておる」魔女が満足そうにうなずいて言う。
ボンクラ三兄弟も女性を相手にする状況ではないと気づいたらしい。
「父上」
馬車へ近づくが、暴れる馬。ボンクラ元子爵は手綱を引っ張たり離したり悶える。手と足をばたつかせて御車席から降りたと言うか落ちたというか、転げて地面で服を脱ぎ始めた。
駆け寄る三兄弟。向けた背中は絶好の機会だ。
「尻から蹴飛ばせー」
走るアカリーヌ。二人も続く。
「尾てい骨やでー」
「たまも蹴り上げるんじゃ」
元子爵を快方するつもりか三兄弟が腰を丸めて屈む。その尻へ三人の靴がめり込んだ。
「あうっ」「いっ」「うぎゃあ」前倒しのボンクラ三兄弟。
「わわわっ」元子爵が転がり剣を避けた。
「ここだね」
アカリーヌは肩甲骨あたりを踏みつけて、ヒョウタン顔の件をもぎ取る。
「手間が省けたでー」
ハルナが、ちょんちょん、とあと二人の肩甲骨を衝くと、痺れるようにして剣を落とした。
「並ぶんじゃ」
キャリロン王女が剣を拾い突き出して、ボンクラ三兄弟と元子爵を横に並ぶようにさせた。
「痛いかー」
ハルナが、裸になり身体を掻きむしる元子爵へ近づくと、頭を指で挟む。
「皮膚の感覚を麻痺させたでー。喋れるかー」
「は。はい。もう勘弁だ」
一息ついた元子爵にキャリロン王女は問う。
「グーチョク、ツヨーイ侯爵はなぜオーボチャマに加担したんじゃ」
「わ、分かりません」
「そうかー」頭から指を離した。
「うわっ。やめるな」元子爵はまた痛くなったらしい。
「正直に言うかー」
「言う言う。あひっ」悲鳴を上げる元子爵、股座あたりを掻く。
蟻が進行しているらしい。魔女が近づいて来た。
「軟膏を塗る。正直に言えば全身に塗ってあげるからな」
(さすがにアソコは危ないと思ったのだろうね。男は敏感らしいから)
「苛めのことだ」
元子爵は軟膏を受けとり、自分で塗りながら話す。
「王女様が苛められてると、トーナリーノ様が噂を伝えて、オーボチャマ様に引き合わせんだ。直接に夫から聞いて信じたようで。新しい王国を造り王女様を助けようとの計画でござる」
「なんじゃ、そりゃー」
キャリロン王女が愉快そうに笑う。
「分かった。グーチョクへ直接に会えば解決じゃな」
「戦いが始まる前に行こう」
「そうやなー」
「あとは任せて」魔女が応援を呼ぼうとしたか迎賓館を窺う。
「女王様も気づいたか」
王様と女王が急ぎ足で近づいてくるところだ。
「話はボンクラからじゃ。国境へグーチョクと会いに行くから」
要領を得ない顔の女王と王様に魔女が説明する。
そして金色の馬車に乗り戦場へ赴く三人娘。気がかりだと、王様と女王も同席している。
(また、美容術の対決ができるはずだよ)
希望が見えてきた。
騎士と貴族が集結した国境の橋あたり。陣幕の前で馬車が停まる。
「まだじゃな。間に合った」
国境の橋のほうへ降りた。ニーバンは、何事だ、との表情だが王女たちにも気づいたようだ。
「なにかおありでございますか」
「キャリロンに任せよう。相手に誤解がある。直接会えば大丈夫だろう」
まずは、と馬車を降りる王女と王様。ニーバンに詳しく説明するようだ。
(いまは、お喋りをしているときでもないか。前線へ来たけど、怒らないよね)
なるべくならニーバンへ気づかれたくないが、いまから向かう予定の橋は丸見え。長さ10メートル、幅5メートルの石橋だ。
橋の袂に弓矢を持つ騎士たち。キャリロン王女へ挨拶する余裕もない緊張して真面目な表情で橋の向こうをうかがっている。
キャリロン王女は大きな声で呼びかける。
「私じゃ。キャリロン王女じゃ。グーチョクはおるか」
相手方も弓矢隊が控えていたが、陣幕へ知らせに行くのか、人影が動く。
「大丈夫じゃ。行こう」
歩き始めるが、緊張した表情が分かる。右に並ぶが足取りは鈍い。
(誤解らしいけど、本当に納得してくれるかなー。いやいや、ここは信じるしかないよね。それなら強張ってたら疑われる)
雑談で場を和ませようと考えた。
「卵。美容にいいと聞きました」
「いつも手に入るでなー」
左でハルナも賛成する。
「そうじゃな。アーホカたちがパックに使っておった。白みと黄身では美容効果も違うらしいぞ」
「あの人の知識は役にも立ったけどね」
「オンセンもなー、名案でしたやろう」
「たのしみじゃな。卵で対決じゃ。ハルナも参加するのじゃ」
「オリエ様がおれば逃げられよるがなー。仕方ないでー」
(ハルナ様は、そういいながら、あんがい話に乗ってくれるんだから。美容対決させるのをあっさり諦めた王女様も、重要じゃないと思ったんだよ)
台風の時は、お互いに気遣うようにも感じられた。
目玉焼きも奥が深い、などと話しながら、橋の真ん中あたりまで来た。
「ゆで卵も半熟、おっ、グーチョクじゃ」
橋の前に立つ貴族服の男性に気付いた。
「ここまでくればね」
(矢でも射られたら、と怖かったのは確かだよ)
「戦争の引き金になるところだからのー」
「だから、大丈夫じゃと」
「声がなー。震えておったでー」
「忘れるんじゃ」ちょっと頭を掻く。
「グーチョクは呼ばねば近づかないからな」
(王族には近寄れないって風習が残ってるんだ)
国が違えば変わるらしい。
「グーチョク。なにか誤解しておるぞ。許す、近くへ参れ」
橋向こうの貴族が歩き出すが小走りになり、しまいには駆けだす。
(ぅわっ、大きい)
ニーバンと同じぐらいの背丈だが、幅があり、太っている。
グーチョクは跪いてキャリロン王女を見上げる。
「ご機嫌いかが。第三王女様」
何かを探るような真剣な表情。
「その言い方は嫌いじゃ」
キャリロン王女が腕を組み、不満そうに顔を反らして唇を尖がらせた。
(子供かよー)「ここで。それは」
「お変わりありませんなー」
グーチョクは顔が崩れるぐらいの笑顔になり、立ちあがる。
「お変わりなく、なにより。キャリロン王女ちゃん」
腕を解き、髪をひと掬いするキャリロン王女。
「ちゃん、なら許す。グーチョクも相変わらずオッチョコチョイじゃな」
「性分ですかねー。誤解とは、私がまた粗相を」
キャリロン王女はボンクラから聞いた話を確かめるように話す。
ハルナへ近づき小声で言う。
「なんなの。この和やかさは」
「いつもの戯れかもなー。ああいう挨拶をいつもしてたんやろう」
「なるほどね。まえにも親しいようにお話されてたし」
グーチョクの説明を聞いていると、トーナリーノ元伯爵が絡んでいたらしい。
「仲直りいたせ。あの、金の亡者を退治しに行くでな」
「承知。謀りおったやつは許せん」
そういうわけで、ニーバンを呼ぶキャリロン王女。
「戦争はなしじゃ。握手せい。これから鬼の征伐じゃ」
「無茶はなさいませんように。どこかのオテンバを真似ることはございません」
(私のことか。さっきは女王様も蹴ったんだからね)
「こうなれば、元王子様も、話し合いで納得してくださるでしょう」
「最後の話し合いになるでー。9時の鐘はまだやなー」
(早い展開になったよねー。ま、戦争にならなくて安心するよ、みんな)
「お昼は卵だね。まだ早いかー」
「朝ごはんは喉を通らなかったしなー。はよう昼ご飯でかまへんでー」
「そうじゃな。市場で食べられるのか?」
「ちゃんとした場所は。松の木の下とか、軒先で食べてますね」
「レストランもいいのー。どうせ食べ物で美容術やろう」
(そうなるよね。フーモトで食べ物屋かー。うん、面白そう。そのまえに)
「市場でゆで卵を売ってるから。ちゃんとした昼ご飯のまえに、腹ごしらえだね」
元王子との話を早く済まして、市場へ行く予定をたてて、馬車に乗った。




