流刑地からの避難
朝の九時には貴族の令嬢たちが迎賓館に集う。
「オボーチャマとアーホカを説得するつもりじゃ。打ち合わせもあるであろう」
キャリロン王女の勧めで、金色の馬車に乗る。王女が乗る王家の馬車が先頭になり、ボンクラ子爵の屋敷へ向かった。15台の馬車が連なるさまはパレードのようだ。
「アーホカ様もなー。どこで違ったんやろー」
「それもな。フンヌウの企みだけならグーチョクが動くはずもないんじゃが」
「裁判のときも、なにか言いかけてましたよねー」
「まず、庶民が味方はしないと気づかせてからじゃ」
それで、迎賓館へキャリロン王女に会いにくると考えているらしい。新国家といっても国民がいない状態になる。
「アーホカも悩むことがあれば、話して欲しいんじゃ。孤立すれば頼れるのは私と自負しておる」
「そうやなー。あのツヨーイ侯爵が企んでおるんかのー」
「それなら、私がグーチョクを説得できるんじゃ。だから何をしたか知りたいんじゃ」
「やはり、お金でしょうか」
「儲けには疎かったはずじゃが。オーボチャマが正直に打ち明ければ手助けもできよう」
橋渡し役として迎賓館に住むというキャリロン王女。ツヨーイ侯爵が何を考えているのか分かれば、話し合う予定らしい。それだけ、気心はしれているということ。
ボンクラ子爵の屋敷の前には騎士たちが門番をしていた。すでに異国となり、国境警備といった具合だ。王女が馬車から降りた。横にキャリロン王女、後ろにハルナとアカリーヌが並ぶ。他の令嬢たちも馬車から降りて見守る。
「久しぶりですね」王女は親し気に話す。
「コウレイは脚を怪我したと聞くが、良くなったであろうか」
リーダーらしい騎士が答える。
「はい。いまは、引退して庭いじりをいたしております」
「もう齢だから、労われよ。おやっ、コケタ元気か」
片隅の若い騎士に声をかける。
「はい、いや、コーケンでございます」
「そうであった。騎士任命のときに階段を踏み外したのが忘れられなくてな」
「いや。おはずかしい。覚えてもらい光栄です」
「初々しくて良かったです」そして10人いる騎士を見回す。
「私が騎士として任命したあなた方は、いまも宝じゃ」
そして一人一人に声をかけた。そしてリーダーへ言う。
「きょうは流刑地の住人たちをフーモト地方へ避難させにまいった。ボンクラ地方の庶民の避難を手伝ってくださらないか」
(そうくるのか)思ううちに、王女が深々と頭を下げた。つられて全員が頭を下げる。
「お顔をあげてくださいませ。庶民の安全を守るのが任務。行け、とおっしゃれば喜んで」
警備の仕事は放棄して、玄関から離れていく。
慌てて出てきたボンクラ子爵。
「新王国を守るのが仕事と命令したはずだ」
「アトゥカラ王国の騎士でござる」「王女様に従うのが仕事でござる」口々に答えて庶民の誘導へと向かう騎士たち。
「ボンクラ子爵。いまなら間に合う。王様へ忠誠を尽くせ」
「怖れながら、新王国では伯爵でございます。オーボチャマ様が私の尽くす王様でござる」
言うと屋敷の中へ引っ込んだボンクラ子爵。
(親子そろってぼんくらだね)
騎士も協力しない、この状況で、何を伯爵と威張っているのか分からない。隣の地方とはいえ、父は交流を持たない。庶民同士では同じ田舎で同志意識もあるが、ボンクラ三兄弟の行動もひんしゅくを買っていた。
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魔女の屋敷跡が流刑地だ。石垣が高く積まれて、木造の門が閉じられている。その前にいるのがボンクラ三兄弟。
「扉を開放せよ」王女が命令する。
四角顔が威張って言う。
「私たちは新王国の伯爵である。礼儀を尽くされよ」
「蹴飛ばすわよ」アカリーヌは馬車から降りて、相手に近づく。
「あなたたちに礼儀なんてなかったでしょ」
「状況が変わった」
「そうだね。アトゥカラ貴族の女性部隊を敵に回してるから」
「なにを。いや、分かった」
集まった女子軍団で、なにかに気付いたらしい。貴族令嬢は護身術を習っている。女性だけで来たのは武力ではないと安心させるためと、痛めつけられても、女にやられた、と言えない男性の心理を考えていた。
「約束じゃ。流刑地を開放いたせ」
キャリロン王女が扉へ近づく。
「ほら、はよう」ハルナは三兄弟を急かすように小突く。
「な。に」肩が痛そうにする三人。ツボを押さえられたのだろう。
「変なことはしないでくれ」
しぶしぶカンヌキを外して、扉を開けた。
「やはり赤ちゃん」ざわめきの中に、子供の泣き声も混ざる。
茅葺の長屋が両サイドに並び、人々が待機していた。避難のことは話も聞かされていたらしい。
「50人を軽く超え寄るなー」
たぶん百人近くはいる。馬車が並んで入った広場。女王も思案するふう。
「元気なものは歩いてくだされ。折り返し迎えにくる」
「まだおるでー」
ハルナが、若い子に聞いたらしく、状況を話す。
「部屋の中に子供と老人が待機してるなー」
「931人でございます」
集落の代表みたいな男が言う。
「千人近くか。仮設住宅はどうなってる」
女王はアカリーヌに聞く。
「ボンクラ地方で千と5百人」
身寄りや親戚の家へ行く人がいても千人余りがフーモト地方へ避難するはず。
「まずは迎賓館に避難じゃな」
「急いで仮設住宅を増やさんとなー」
「それよりオーボチャマはどこじゃ」
あたりを見回すキャリロン王女。あれか、と指さして見せる。茅葺の長屋がある場所から、奥の方に煉瓦造りの建物があった。
「キャリロン、話し合いをしてみて。すぐに行くから」
女王が言う。馬車に乗せる段取りを代表とするようだ。三兄弟が手持無沙汰に眺めている。
「蹴とばさないから、おうじ、元王子様のところへ案内して」
「王様であられる」
「国民の居ない国で王様かー。笑い話にもないのー」
「一瞬でも夢を見たいのじゃな。伯爵とか」
「そうだ、名前で呼ばれたいでしょ。カクジ、ウマカ、ヒョータンの三兄弟だよ」
「誰の名か分かりやすいのー」
「そうであるか。カクジ伯爵、ウマカ伯爵、ヒョータン伯爵。国賓として私たちを案内いたせ」
「心得た」
ボンクラ三兄弟は満足したような顔で、先導していく。
煉瓦造りの平屋は小振りだが、竹を交互に編んだ高い柵がめぐらされて、幅2メートルほどの狭い堀が設けられていた。深さが2メートルはあろうか。入口らしい場所は開かれて、板敷のテラスにはテーブルが見える。オーボチャマ元王子とアーホカが座り、燕尾服の男性が給仕役みたいで、二人のグラスにワインを注いでいた。
「イーバヤだね。なにしてるの」
「国民として招かれた。認められて男爵様になった」
「へええ、さまかー。見下してたのに」
いいように利用される使用人だろう、と言いたい。
「私の実力だ。オーボチャマ王様は素晴らしいお方だぞ」
「よいよい」オーボチャマ元王子が勿体ぶりながら遮り、立ちあがって来た。
「キャリロンではないか。考え直してくれたか。新王国には女王が必要じゃ」
「なぜじゃ。ツヨーイ侯爵から何か言われたら、相談いたせ。一番の解決策じゃ」
「ここに居るだけで良い。ウイスキーもケーキもあるでな」
「おかしいなー。アーホカ様が裏のあるようなことをいうたでー」
「聞き違いじゃ。ここで遊んでたら良い。そこの、二人の友達も呼んでいいぞ」
「だれが。あっ。それより、オリエ様はショーモナイ子爵家でしょうか」
もしかしたらオリエが知っているかも知れない。
「あれか」アーホカが何かを自慢するように話す。
「魔王エーアイ様のカガクという魔術だ。もうひとりの私が現実になった」
多重人格を脳内ではなくて、身体として分離させる方法だ。
(SFかファンタジーか、わけわかんないけど)
ひとつ気付いたことがある。
「蝶が舞う天使の指へ興味があるんでしょ。一緒に使おう。競い合うけど敵じゃないんだよ」
「魔女は敵だ。大金を掴めば、美容術などアホラシクなる」
「金の使い方が、ちがうと思うけど」
「金さえあればなんでもできる。オーボチャマ王様が夢も叶えてくれるはず」
貨幣普及の流れは庶民の生活とは関係ない方向に向かうらしい。
「金のためじゃ」オーボチャマ元王子も長話はしたくないようにいう。
「金を出せばだれでも従う。ツヨーイ侯爵も大金で心が変わるだろう。キャリロンも贅沢がしたいであろう」
席へ戻ろうとする。
「迎賓館で待って居るでな。いつでも相談にくるのじゃ。きょうは握手しよう」
(なにを急に)
「夫婦でしたからなー」
ハルナは予想する。しかし、キャリロン王女の目が一点を見て動かない。何かを決心しているようだ。
「王女様」小さく声をかけたが、微かに動く顎、うなずいた気配。王家の女性は護身用の武器を持つと噂がある。
オーボチャマ元王子は、少しは考えるか、と分かったように堀に近づく。握手するには、ちょっと遠い。
「イーバヤ。橋をかけろ」
「はい。かしこまりました」
板で造られた簡易の橋を堀の内側から持ち出す。
「ツヨーイ侯爵に、最初は、いつ会ったのじゃ」
「1年ほど前じゃ。知り合いの紹介じゃ」
「そうか。1年」
その間に橋が堀にかけられた。その上を歩み寄る二人。キャリロン王女はドレスの襞にある、左の内ポケットへ手を伸ばした。
「キャリロン」切羽詰まった王女の声がした。顔を向ける二人。
(なに?)確かに異様な空気は感じていた。
「まだ時間はあります。オーボチャマも明日まで、よく考えなさい」
「わかった。平穏に王国ができれば良いのじゃ」
橋を戻るオーボチャマ元王子。
「変わるように思えないんじゃ」
キャリロン王女がつぶやいて、左手をポケットからだした。
「最後の手段です」
王女は言うと、柔らかな表情になる。
「フーモト地方へ戻りましょう。きっと大賑わいですよ」
「良い場所やでー。住みたくなるわー」
「ほかにも理由はあるでしょ」
「恋じゃな。ハルナの婚約もまじかであろう」
「先に姉様がねー」
「お気になさらずに」
そういえば、ぜんぜん進んでない。
(いや。お姫様だっこされたし。でもあのときはねー)
まずは、この争いが終わってからと思う。明日で決着つける計画らしいが、長引くのが戦争だと知ってもいる。ツヨーイ侯爵との仲がこじれたら、ハーマベ王国は、どのように動くのか。王子と王女の離婚が、なにか悪い影響を与えないか。キャリロン王女の立場が鍵をにぎるかも知れない。




