裁判の日
朝が来た。当たり前だが当たり前でないオーボチャマ王子もフーモト家に訪問した。ニイニイゼミがうるさく鳴いている。
「悪い話ではないぞ」
機嫌が良い表情で話す。
「市場をフンヌウ商会へ任せてくれんか。土地使用料は払うぞ。ウインウインじゃろう」
「なにが」フーモト男爵は不満げ。
「言われもない罪で裁判をなさるお方が。なにをおっしゃってるか分かりませんが」
「物分かりがいかんか。つまりじゃ。交換条件というもの。罰金の代わりに経営を任せてくれと申してる。ご令嬢の罪も消えるぞ」
(何言ってるの)隣で聞いていたアカリーヌは怒る。
「私はなにもしておりません。それに、市場へご執着なさる意味は、薄々感じております」
「なんのことじゃな」とぼけるオーボチャマ王子。
「フーモト地方は古代からの要所じゃ。異国人の交通も多かろう」
もっと儲かるようにできると話すが、魔王エーアイとイケスカナイ王国復興に関係あると思う。
「魔王エーアイのカガクを悪用する、アーホカ様こそ犯人ではございませんか」
「それはまた別の話じゃ。裁判の行われる正午まで、よく考えることじゃな」
「考えない! あ、間違えた。ご配慮はご無用でございます。どうぞお帰りりなさい、くださいませ」
「正直なかたじゃ。それでは裁判で会おう」
オーボチャマ王子は不満そうな表情をして、帰っていく。
「蹴飛ばすのをがまんしたね」母が苦笑いで言う。
「あれが王様になると国は大変なことになる。オリコオ第二王子が適任だと婦人会では噂しているのよ」
「革命かー」
サナエが言ってたのが起こりそうな気もした。
裁判は正門横の三の丸。市場とは別だが、王城を囲む塀の外だ。
「聖水は準備しましたよ」
聖女が言う。ちゃんと竜の目の涙を手に入れたらしい。だが、油断はできない。
王様と女王が奥に座り、王族が前に並ぶ。その前で、嘘は言わないと宣言するのだ。左に王子が進行役として立ち、後ろに並ぶのは証言者たち。
「なぜアーホカ様は、あそこへ座っておられますのでしょうか」
思わず訊ねる。オーボチャマ王子が薄きみ悪い笑い方をする。
「保釈金を払ったのじゃ。無罪である」
(保釈? 悪いことをしたと認めてるじゃん)
「まずは、始めてからだ」言うのはイチタロ。
「王子様にも公平な立場であられるように。王様が判断なさるからな」
成り行きを見守るようだ。ニーバンから事情を聞かされたはずだが、まだ判断がつかないでいるらしい。
「私は中立じゃ。聖女様、聖水を」
オーボチャマ王子は真面目そうな表情で言う。とりあえず始めなければ。ニーバンは間に合うか、ハーマベ王国の王都までは遠いし、気がかりだ。
アカリーヌは竜の涙を桶に入れて芝生に座る。大地の雫と同じか試すというのだ。酸性とアルカリならすぐ違いも分かるはず。オーボチャマ王子が検査薬に任命したのはボンクラ子爵。
「ボンクラ子爵なら隣の領土として交流もあろう」
「はい。竜の涙も使っておりまする」
額と顎がへこんだ三日月形の顔で芝生へ進み出たボンクラ子爵。
(息子たちは甘やかすし、化粧水を使うわけないじゃん)
ボンクラ子爵は三人の妻へ逃げられて独り身だ。ボンクラ兄弟の母親は別々だし、離縁している。
「適任の女性はボンクラ様の領土にもおられます」
村長の娘と嫁はひいきにしている。
「閣議で決まった事じゃ。容疑者は発言を控えられよ」
オーボチャマ王子には筋書きもあるようにすすめていく。ボンクラはアーホカの壺が桶と並べられると、両手を別々にいれる。
「同じでございます」
言うと下がっていくボンクラ子爵。オーボチャマ王子は高笑いを誤魔化せないらしい。
「決まりじゃ。かような危ない液体を長年使っておった。フーモト領も問題じゃ」
(ぅわっ、話が大きくなったよ)
「反逆じゃな。フーモト領を私に差し出せば反逆の罪はまぬがれよう」
(本性を現したね)
ひとこと言ってやろうとしたが、大声が響く。
「なに寝ぼけてんや」アマクマ侯爵だ。
「古代からフーモトは男爵領やんか。後から来たアトゥカラ王家が口を挟めへんでー」
(王様の前で言っちゃったよー)
うかがうと王様は、あいかわらず、というふうな苦笑い。オーボチャマ王子も侯爵は苦手らしい。革命だー、と言われかねない。
「言葉の綾じゃ」
それでもなにか思いついたようだ。
「見逃しておった。アカリーヌのさきほどの発言は不敬罪じゃ。別件逮捕いたす」
「聞いてれば、このおっ」
(もう怒ったからね)
「王子様が流刑地でなさってる計画は知ってるんだから。天守閣を作ってるでしょ」
(ちょっと落ち着こう)
「王様。調べればすぐわかることでございます。怪しい建物を流刑地の奥に発見いたしました。それにあの。ナプキンと粉ミルクが搬入されております。流刑地で赤ちゃんを育てるとは無謀でありましょう」
「そこまでしておるか」女王が訊ねる。
「噂じゃ。罪びとの戯言じゃ」
「もうよい」キャリロン王女が立ち上がる。
「温泉水とアーホカはいっておったな。酸性湯とかで竜の目とは違うとも言うたでないか」
壺と樽へ近づく。アーホカが慌てて立ち上がった。
「お手がお汚れになります、私が」
それは余計に怪しまれるはずで、構わず両手を入れたキャリロン王女。
「別物じゃな」
「時が経てば成分が変わります」
弁解するアーホカ。助け舟をだしたいらしいオーボチャマ王子。
「いまは不敬罪の話じゃ」
「なによ」アカリーヌは止められない。
「この婚約破棄やろうが。敬うようなことじゃないからね」
「なんで知ってる。王家内の秘密じゃ」
ちょっと動揺したらしい。伯爵家のレベルでも、噂程度でしか知らされてない。
「お待ちを」イチタロが王様へ発言を求めた。
「聞けば、竜の涙という化粧水には無縁の事件と思われる。まだアカリーヌ様が正座させられるのは理不尽ではございませんか」
「そうであるな」王様は決断する。
「フーモト男爵家の令嬢、アカリーヌは無罪じゃ。おたちなさい」
(なんとか助かった)
安心もしたが、オーボチャマ王子は引き下がらない。
「不敬罪は確定じゃ。王様もご覧になられたであろう」
アーホカが援護する。
「そうでしょ。前から人を尊敬しないような口ぶり。貴族としてふさわしくないですわよ」
上品ぶる。そこへ伝達が入る。最初は遠くから。
「大地の雫。正体判明」
伝達係がつなぎ、王様の前へ直接来た。
「ニーバン様が、大地の雫が薬物だと報告に参ります。ご許可を」
「許す。もう、来ておるか」
話す間にも馬のかける音。白馬が横を通り止まる。ニーバンだ。馬から降りると、巻かれた紙を広げる。騎士がたずなを預かった。
「大地の雫は洗剤だとわかった」
「なんと」キャリロン王女が立ち上がって駆け寄り、ひったくるように紙に書かれたのを確かめる。
「床の拭き掃除に使用。なんじゃ!」
アーホカを睨む。女王が、キャリロン、と注意を促す。
「王女様。フンヌウ商会の印鑑も押されてます」
王女に紙を渡すとアーホカへ詰め寄るキャリロン王女。
「これが美容術か。もう、もう遊ばん!」
ここでその言い方はないと思うが、本気で怒っているらしい。
「何かの間違いでございます」弁解したいらしいアーホカ。
オーボチャマ王子もかばいたいようだ。
「証拠がないであろう。キャリロンもひいきで違う液体と言ったのじゃな。ボンクラ子爵が公式に同じと証言しておる」
それに王様が一度手を叩く。
「アカリーヌ。疑いは晴れた。もう、立たれませ」
「はい。ありがとうございます」
オーボチャマ王子が、不敬罪がなんとか言っている。でも、王様の言葉は絶対だ。
アカリーヌ立ちあがる。足が痺れて浮いているようだ。身体がよろけた。
「あれっ」柔らかいものに当たり、見上げた。
「ニーバン」腕に支えられている。いつからか隣りにいたのだ。
「もう大丈夫だ。あの女は?」
アーホカが証言人席へ座るのに疑問を持ったのだろう。
「保釈金だって。秘密も喋ったよ。ボンクラ子爵は敵だよ」
「あとからゆっくりな。家族のところへ戻ろう」
お姫様抱っこでフーモト男爵が座る弁護人たちのほうへ歩くニーバン。
「大地の雫をハーマベ王国のカレヤン様が持ってきてくださる。王子様が買い求めた履歴もあるでな」
これはオーボチャマ王子を窮地に追い込める情報だ。
「子爵が逃げよるでー」
ハルナの声で、証言者の席へ首をまわしてみる。ボンクラ子爵が立ち上がって後ろから抜けようとしている。
あわてたようにいうのはトーナリーノ伯爵。
「ボンクラは朝から腹を壊していた。無理して連れてきたのであります。体調不良での退席を私がお詫びいたします」
話している間にも、すたこら、ボンクラは逃げるように去って行った。
「まだ、罪びとがおられる」
イチタロが立って言う。
「王子様。何かの企みがあると疑えます。聖女を前にして潔白を誓えますかな」
「それは後日じゃな。今日の裁判は終わりじゃ」
「終われませんな」フーモト男爵が立ち上がる。
「娘を陥れて、領地まで奪わんとした行為は王様への反逆でもありましょう。いかが王様」
「確かに息子とて、罪を償うのが政であろう。オーボチャマ。この件、正直に懺悔いたせ」
王様の言葉に戸惑うオーボチャマ王子。アーホカが近づき耳うちする。ちょっと微笑むオーボチャマ王子。
「いや、なにかの勘違いであった。かような洗剤とは知りませんでした」
それにアーホカが笑顔で話す。
「私が悪いのです。大地の雫が何なのかお教えせずに、注文していただいたのでございます。私も白くなるから、と浅はかな考えでした。不注意による勘違いで起こった事故でございます」
「化粧水と勘違いしたのじゃな」キャリロン王女は冷静に言う。
「それでは聖水を飲み、正直に申せ」
「はい。もう、ほんと、勘違いでございました」
解決策を見つけた表情。ニーバンは、やっと思惑通りになったという。
「王女様は竜の目の涙と知っておられるからな」
「王子様の企みははっきり分かったし。あれを聞いたら」
アーホカの言い訳は聞くだけ時間の無駄というもの。天守閣や流刑地の内情を知りたい。
アーホカは厳かに、嘘はつかないと宣言して聖水を飲み干した。アカリーヌがさっそくと話す。
「流刑地に何をお造りでありましょうか、アーホカ様」
「フンヌウ様のお屋敷、いやちがいます。関係ありません、フンヌウ商会とは何の関係も、ないように隠して。いやいや、ちがうちがう」
喋るたびに真実が零れて慌てているようだ。
「天守閣は王子様のお住まいでしょ」
「そうです、でません。住まいじゃなく、武器を隠して、ないです。言えません」
「もう止めろ」オーボチャマ王子が遮る。
「ちょっと疲れて戯言をいってるようじゃな」
イチタロはなにかに気付いたように、あったか、と口を開いてみせてから言う。
「それでは王子様。聖水を。真実を告げて疑いを晴らしましょうか」
「わたしは。王族じゃ」
「私も同じじゃ。言え」キャリロン王女が口を挟む。
「もういい!」アーホカが開き直った。
「新王国建国を目指しておったが、いまがそのときだ。王子様、私たちにはツヨーイ侯爵がついてます」
ハーマベ王国のツヨーイ侯爵領は騎士が集まる場所だ。このあたりでは最強の騎士団。
「そうだったな」オーボチャマ王子は不敵に笑う。
「私が王になるにはまだ先だと思ってた。もう待てない。すでに仲間は領地に戻ておる。何かあれば、ツヨーイ侯爵の騎士団が助けにくることになっている」
「ボンクラ子爵がそうか」王様が穏やかに訊ねる。
「そうだ。ボンクラ領からツヨーイ侯爵領まで、広大な王国になる」
アーホカが隠していたことを垂れ流す。
「フーモトも奪っちゃえ。便利な場所だし。この国も支配するのに必要よ」
呆れて何も言えないが、女王が告げる。
「流刑地が好きなら自由にしなさい。そしてアトゥカラ王国へ足を踏み込むでない」
「承知。キャリロン、新王国で女王になれるぞ。一緒にまいろう」
「だれがじゃ。金の亡者になった男は要らん。離婚じゃ」
「それは困る」アーホカが何か言おうとしたが、オーボチャマ王子は遮る。
「良い。いずれ迎えに来る」
そこへ、なぜか口を挟むトーナリーノ伯爵。
「ボンクラの様子を見るゆえ。ついでに、私がお送りしましょう」
「よく考えなされ」イチタロが意味もあるように諭す。
「謀反人と判明したボンクラ子爵を気遣うか。ここは王家のことを考えられよ」
それに言い訳も考えていたらしいトーナリーノ伯爵。
「不遜な息子ゆえ。私が説得いたす所存。王様へ忠誠をお誓い申し上げます」
「行け」王様はひとこと喋る。すべて分かったような表情だ。
オーボチャマ王子たちが歩けば、聴衆していた人々は道をあける。そのとき伝言が響く。
「ハーマベ王国のカレヤン様。至急の用事」
緊急の金の音が響き蹄の音も近づく。この状況は知らないだろうが、急ぎの案件だと知っているはず。
「カレヤンか」キャリロン王女が立ち上がり、前へ進む。
「離婚で縁は切れたんじゃ、私はハーマベ王国ヘ帰る。ちょうど従兄妹が来たところじゃ」
(いやいや、それはない)アカリーヌは焦る。
立ち上がろうとしたが、初めてニーバンの膝に乗ったままだと分かる。気にしてる間はない。
「どいて」ニーバンを押しのけるように立ち上がる。
「王女様」小走りで叫ぶ。まだ痺れはあるが、地面を踏む感触が伝わる。
「痺れへんかー」隣にハルナが並んで言う。
「止めないと、王女様を」
それは同じ思いだろう。二人はキャリロン王女の前に立った。
(回りくどいことは抜きでしょ)
「美容術対決が終わってません。王女様の夢を叶えましょう」
「しかし」とまどうようなキャリロン王女。
ここはゆったりとした言葉のハルナがいいだろう。
「話しおうてからで良いんでないかー。ハーマベ王国は逃げへんでー」
「そうじゃな。ハルナ、アカリーヌ。私もパニックになっておった。女王様にご相談するのが先じゃな」
そこへ女王。近くまで歩み寄って来ていた。やはり義母だ。
「キャリロンを私の娘みたいに思っている。身の振り方はカレヤン様を交えて決めましょう」
王族会議が開かれることになり、裁判は終わることを、イチタロが告げる。
(ニーバンの上に乗ったままだったよー)
そのニーバンは、カレヤンと話しているが、サナエも一緒だ。
(王子様のことを調べていたから、だね)
一緒にいるのは納得するが、どこかで嫉妬も残る。ともあれ家族のほうへ戻れば、ハナレテル伯爵が同席していた。
「船の就航は予定通りできそうやのー」
「裁判でどうなるかと思ったが。まさかの展開でございましたな」
フーモト男爵は安心したような笑顔をみせた。
「お茶を飲んで、ゆっくり」母が提案する。
そういうわけで、家族とハナレテル伯爵にハルナも加わり、商店街の茶店へ向かった。




