初めてのデート
美容コーナーを再開した。なによりデートが楽しみだ。
(彼氏のことを思うと、手につかないというけどねー)
いつもより燥いでしまうのに気づいてもいた。アーホカの挑発も気にしない。
3時の鐘が鳴った。聖女が本丸の聖堂で時間を測っているのだ。ゼンマイ式なら電気が無くても動く。ちょとしてから送迎を頼んでいるダニエルが来た。
「きょうは、用事があるから。6時までは家へ帰ると母に伝えて」
「承知しました。少し買い物をしてから」
話しぶりから、ハルナを意識していると分かる。もう放っておこう。
「片付けをなさってるから、邪魔しないのよ」
「かまへんよ。なにを買わはる?」
さっそくお喋り相手と決めたらしいハルナ。
そろそろか、と駐馬車場をうかがえば、ニーバンが男性用貴族の服で来た。
「お待たせ」
正式なデートだと思うと、緊張もする。
「片付けも終わったところ。茶店ですか」
「商店街の外れに良いところがある」
お喋りをするだけなら、ロリコン子爵の影におびえることもないだろう。それでも、ここは王女様の美容コーナー。
「ニーバン」声をかけたのがキャリロン王女。
「どうじゃ、商店街の管理を任せたいのじゃが、決心はついたか」
「そういうのは肩がこる」
どうやら、肩がこる、は口癖らしい。
「いつまでニートでいるつもりじゃ。無職では嫁ももらえないであろう」
「ご心配におよばない」
ニーバンは話を切り上げたい様子。
キャリロン王女はアカリーヌへ話しかけた。
「こういう男じゃ。女の扱いも面倒くさがる。蹴飛ばして正解じゃ」
「いや、あれは弾みでございます」
「よいよい。おやつでも食べにいくのか。わたしが良いところへ案内しよう」
デートの邪魔をするつもりか。さすがにニーバンも慌てる。
「キャリロン王女。日を改めてサナエも一緒に行きましょう」
ここでサナエが出て来るのか、ニーバンを睨んでしまう。
「たまにお会いになりられ、なられるのですか」
「同期だからな。話しただろ、親の決めた許嫁関係がこんがらがっていると」
キャリロン王女を前にして秘密でもないように話す。
「そうじゃな。サナエとは一緒にならぬのか」
「いまは、忙しいんで」
「何をじゃ。秘密の多い男じゃな。まずは仕事をすることじゃ」
「いざとなれば、公爵家子爵でのんびりしますよ」
子爵でも、公爵家だと伯爵と肩を並べる権力はある。スローライフとはならないはず。
(それより、サナエ様と一緒になる話を誤魔化してるよね)
まえにも、はっきり関係ないとは言わなかったのを思いだす。かといって、竜の目の涙を飲んだときは正直な思いだったはず。いつか問いたださないといけないと思いながらも、これからのデートへ期待もする。
「時間もないですし」
口を挟むと、キャリロン王女は、そうじゃったな、とドレスを翻して歩き去った。
茶店は洒落た造りの一軒家。テラスで向かい合って座る。いつもの騎士とマームは隣りの席で待機するように座った。
「どれがいいかな。決めてから店員を呼ぼう」
「私はフルーティー茶がいい」
「詳しいな。おれは玉露で」
「ぎょくろ。そういうのも有るんだ」
「お茶には種類が多い。わかるか」
「グリーンティーとか」答えを待たず喋りだしたニーバン。
「チャノキだけじゃないが、やはりジャポネ文化だと玉露だな」
紅茶でも種類はあるらしい。さすがあっちこっち旅をするニーバン。フルーティー茶は紅茶の一種だが、華やかな甘さが香りにも漂い、微かな渋みはお菓子に合う。
「注文から」
店員が見ているのに気づいて、お喋りを止める。マームたちは、とっくに注文したらしい。
話のつながりで、植物で作る薬草など、難しいこともいうニーバンだが、それじゃなくて、と話す。
「アカリーヌのしている、美容にも良いらしい」
「果物とかビタミンが豊富で肌に良いときいてるけど。なるほど」
「あれだ。ちょっとロマンチックじゃないか」
ちょっと照れるように頭をかく。王城に集う若い貴族の真似をしたいようだ。
「私もね。気の利いたお喋りはできないし」
ここは趣味や好きなことをお喋りするのが肩も凝らないだろう。
「ほかの国は珍しいのもあるんだね」
「祭りとか、面白く楽しいのがある」
楽器を鳴らしたり踊ったり、いつかは観てみたい気持ちにさせるし、フーモト地方でもやってみたくなった。
もしかしてイチャイチャラブラブできるかもしれないと考えた。
(ニーバンとなら大丈夫だよね。もっと触れ合いたい)
いまは男性への拒絶反応も起こらない。
(これから上手くリードして欲しい。ほかの令嬢たちから聞かされた、甘い体験ができるはず)
・
連れだって来たのは雀の森公園。木立が並ぶ舗道で場所を停めた。
「休憩しよう。ゆっくり話したかった」
ニーバンが言う。アカリーヌはうなづいて降りた。休憩小屋が並んでいるが、使ってない印で、入口の木戸が開いていた。
「賑やかだね、雀たちが」
はしゃぎながら辺りを見回す。これから何が始まるか分かっていたし、期待と不安で鼓動は強く打ち出す。近くの小屋はドアが開け放たれて、使い終わったのか掃除をしているらしい。いつも清潔なのは聞いていた。
マームと騎士が馬車を横付けして、長椅子で待機する。
「鳥たちも歓迎してるのさ。行こうか」
ニーバンは休憩小屋のドアを開ける。丸太で造られた小屋は薄暗いが、丸太の間から日が差して目がなれてくる。四畳半にベッドが置かれた簡単な場所。雀のほかにも鳥が寄り付き、森の中で演奏会でもしているようだ。
(目的は、それしかないってことよね)
休憩と言うのは建前で、簡易のラブホテルみたいなものだ。
「座って。アカリーヌのすべてをみたいんだ」
「ニーバン。あまり知らなくて」
隣に座った。大丈夫、いまのところは。知り合いの令嬢たちから、どうするのか聞かされてはいた。
(キスとかするんだよね。そして、あっちこっち)
ニーバンの手は細やかで、体格に似合わず柔らかく触れて来る。
「素敵だよ、アカリ」
「バン。好き、教えて」
彼へ身体を委ねたくなる。衣擦れの音は、鳥たちのさえずりに紛れるが、耳から媚薬みたいに注がれる。
アカリーヌは仰向けのまま、ニーバンが足元でイチジクの葉も取り去り覆い被さる。
(いよいよだあー。どうしよう)
そのとき封印が溶けた。
アカリーヌは馬車の狭い席で仰向けにされていた。ロリコン子爵の垂れ目と口元のよだれ。
(あの時。もっとイヤらしいことを)
指や肌の生ぬるい感触が蘇る。
「やだ」
膝を曲げた。なにか柔らかいものが膝小僧に当たり、押しつぶした。
ニーバンが仰け反り、向こう側へ倒れた。
「あらっ。膝が当たっちゃった」
身体を起こしてニーバンを見た。かなり痛いのか、腰を曲げて何かを堪えているようす。
「あら、ごめんなさい」
ニーバンは答える余裕はないようにうずくまる。
(どうしたんだろう、急に腹痛かしら)
ここはマームにきいてみようと考えた。ドレスで胸だけを覆い、ドアを開ける。
「マーム。また蹴飛ばしちゃった。ニーバンのようすがおかしいよ」
「股を蹴飛ばしたとな」
騎士が慌てて部屋へ駆け込む。マームもすぐ後からついてくる。
「ううっ。だいじょうぶ」
切なそうな声だが強がるニーバン。騎士が腰あたりを叩いて快方しているらしい。
「お嬢様はドレスをおしめなさい。大丈夫ですよ」
マームが言うとニーバンへ何か話しかけた。
「あの。なにが有ったの」
「外でまちましょう。大丈夫、男のあれですから」
マームに急かされて、外のベンチへ向かった。
男性の身体には敏感な場所があるらしい。
「膝を曲げたのですねお嬢様。もろに当てたと」
「当てたわけじゃないもん」
「そうでしょうね。でも、これで男性恐怖症は消えてるはずですね」
「でも、思いだしちゃった」
「原因が分かるから乗り越えられるのでしょう。男はみんな違いますからね」
「そうだね、ニーバンなら。びっくりしたけど、初めてだし」
「あとはニーバン様のお考えしだいです」
「ちゃんと謝らなければ」
「ロリコン子爵のことも話されたらいいですよ。思いだすのはつらいでしょうけど」
「そうだね、そこから話さなければ分かってくれないか」
イチャイチャラブラブは未だだけれど、通じ合った愛があると確信した。それなら些細なことでも共有しようと考えた。
物音がしてニーバンと騎士が出てきた。腰をかがめて何かを我慢しながらもニーバンはアカリーヌの隣へ座る。
「まだ未熟で、女心を知らなかった。俺の頬をぶってくれ」
「ちがうの。私こそ、話すことがあったのに言えなくて。私の頬をぶってちょうだい」
お互いを相手の頬へ手を添えた。
「言葉に嘘はない。王子の野望を暴くまではサナエの協力も必要なのだ」
「信じます。私にできることがあるなら言ってちょうだい」
「そばにいてくれるだけで良い。危ないことになるかもしれない」
「大丈夫よ。蹴飛ばすから」
「元気のある方だ。美容術とかいうのも応援するから」
公爵家と男爵家の関係が知らずに結びついた瞬間だ。
王子の野望は現実になるのか。美容術対決が2回戦へ入るし、賞金の動きへ何かを仕掛けてくるはず。




