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恋と美容術で男爵令嬢は天下を取りに行く  作者: 乙巴じゅん
5章・台風は後から大変
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乾物屋の隠居ザコ

 嵐も過ぎて三日が経った。アカリーヌは久しぶりで午後の市場にいる。小鳥たちが森からきて、裏のほうで地面を啄んでは飛んでいく。

「やっと落ち着いたよ。王都の水もひいたらしいね」

 マームがうなづきながら広場を窺う。

「ご隠居さんがいらっしゃってますね」

 ハーマベ王国で乾物屋を営むザコのことだ。

「3時ごろに来てくれるけど。最近は会わなかったね」

 ちょっと挨拶しようと思う。異国の人の通行も多くなるし、この時間は楽しみでもあった。


 地味な日よけマントを着るザコはいつものように、小柄だが太目の体形で、甘酒を立ったまま飲んでいる。

「台風でお店は大丈夫だった?」

「おかげさまで。市場も被害はないようで、良かったです」

 掠れた声で答えるザコ。麦わら帽子を深く被り、表情はうかがえないが、いつでも遠慮がちな喋り方だ。

「座ってゆっくりしてよ」

「はい。これで十分」

 掠れ声が出しにくいのか、お喋りするのは苦手なようだ。両手で甘酒の竹コップを大事そうにかこむが、指をみれば、隠居するには若い男性と思わせる。


(旅人や異国の方たちが気軽に遊べるようにできたらね)

 休憩場所を作ろうとも思うが、用事の帰りとかだから、ゆっくりしている暇もないらしい。

(何かねー。注目させるのがあれば)

 田舎町では遊びも限られている。馬車を持たない人もいるし、移動時間が長いので、遠くまではこれないだろう。王都まで馬車で30分。旅と言うには短いが、気軽に何回も往復するのは大変だ。

(美容コーナーへ行くのもね。慣れたら近くかんじるけど)

 ハルナとは近くならもっと長くおしゃべりもしたいが、ハナレテル伯爵領までは一時間。日が沈むだろうから、ゆっくりできない。

(会釈するぐらいの異国の貴族もいるし、仲良くなれたらねー)

「いらっしゃったようです」

 マームが視線を向けたのは松並木。白馬が停まる。

「ニーバンだ。防災で働かされてると忙しくしてたけど」

 昨日はイチタロと馬車で荷物を運びながら、顔を見せていた。

(慌てないの)

 意識してゆっくり近づていくが、足運びは早くなる。

「賑やかだな。あれか、美容コーナーのほうは」

「一週間とおっして、違ちゃった。おっしゃってたから」

 水道パイプの補修とか地ならしを考えれば早いほうだが、商店街を利用したい人も多いらしい。

「それで。なんだ。あれな」

 ニーバンははっきり言わない。キャリロン王女が言ってたように歯がゆいところがあるのか、女性に不器用なのか。

「そうだね。こんど商店街へ行く日は、お喋りしたいね」

(自分から行っちゃたよー。うん、話すだけなら、ね)

「3時に待ち合わせよう」

 それより、と視線を遠くへ向けるニーバン。ザコが荷馬車に乗るところだ。

「川をずっと眺めていたんだが。ゴテン橋の残骸が流されていた」

 回収されない木材はここまで流れて来る。

「たまに利用してくれるから。乾物問屋の隠居さん」

「それにしては身軽だな。隠居でも年寄りとは限らないか」

 貴族でも引退して子供へ爵位を譲るのは多い。公爵も引退してゆっくりするつもりだ、とニーバンが話す。

「兄が公爵になるわけだ。ますます口うるさくなるな」

 家族のことを話してくれるのは初めてだし、親しくなった証拠だと思う。

「イチタロ様は人当たりもいいし、穏やかだよね」

「そうかい」なにかちがうらしい。

「長男だからって威張ってるな。防災大臣になれ、と押し付けてきた」

(やっぱり年上は威張るのだ。なっとく)

 兄弟では力関係でもあるのか。思えばダニエルを利用しているし、年上の特権と思うことにした。

(それでも、相手のことを考えてやってるんだから)

「お仕事をするなら、良いと思う。なにかニーバンはやりたいことがあるの?」

「王女様からの仕事が終わればな。ま、そのときに考える」

 おおらかな男性だが、いつまでもニートではいられないだろう。

「異国旅をしたのは活かせると思う」

 話しているところで、何か騒ぐ声。

「そちがぶつかったんや」

「よそ見しとったのが悪いでっしゃろう」

(うわっ、たいへん)

 ドレスの裾をあげて走る準備。

「まあまあ」仲裁に入るミテルシ。

 庶民同士の争いは率先して収めるが、貴族だと手に負えないようだ。だから、ボンクラ三兄弟にはアカリーヌの登場となったわけだ。


 ニーバンがなにか残念がっている。

「なにか?」

「この前のような凛々しい姿がみえると思ってな」

「凛々しくない! いや、いいか」

 お転婆と言われないよりは良い。ちょっと時間もとったかと思う。

「こんど、茶店でも」

 デートの約束みたいのを確認して約束した。


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