乾物屋の隠居ザコ
嵐も過ぎて三日が経った。アカリーヌは久しぶりで午後の市場にいる。小鳥たちが森からきて、裏のほうで地面を啄んでは飛んでいく。
「やっと落ち着いたよ。王都の水もひいたらしいね」
マームがうなづきながら広場を窺う。
「ご隠居さんがいらっしゃってますね」
ハーマベ王国で乾物屋を営むザコのことだ。
「3時ごろに来てくれるけど。最近は会わなかったね」
ちょっと挨拶しようと思う。異国の人の通行も多くなるし、この時間は楽しみでもあった。
地味な日よけマントを着るザコはいつものように、小柄だが太目の体形で、甘酒を立ったまま飲んでいる。
「台風でお店は大丈夫だった?」
「おかげさまで。市場も被害はないようで、良かったです」
掠れた声で答えるザコ。麦わら帽子を深く被り、表情はうかがえないが、いつでも遠慮がちな喋り方だ。
「座ってゆっくりしてよ」
「はい。これで十分」
掠れ声が出しにくいのか、お喋りするのは苦手なようだ。両手で甘酒の竹コップを大事そうにかこむが、指をみれば、隠居するには若い男性と思わせる。
(旅人や異国の方たちが気軽に遊べるようにできたらね)
休憩場所を作ろうとも思うが、用事の帰りとかだから、ゆっくりしている暇もないらしい。
(何かねー。注目させるのがあれば)
田舎町では遊びも限られている。馬車を持たない人もいるし、移動時間が長いので、遠くまではこれないだろう。王都まで馬車で30分。旅と言うには短いが、気軽に何回も往復するのは大変だ。
(美容コーナーへ行くのもね。慣れたら近くかんじるけど)
ハルナとは近くならもっと長くおしゃべりもしたいが、ハナレテル伯爵領までは一時間。日が沈むだろうから、ゆっくりできない。
(会釈するぐらいの異国の貴族もいるし、仲良くなれたらねー)
「いらっしゃったようです」
マームが視線を向けたのは松並木。白馬が停まる。
「ニーバンだ。防災で働かされてると忙しくしてたけど」
昨日はイチタロと馬車で荷物を運びながら、顔を見せていた。
(慌てないの)
意識してゆっくり近づていくが、足運びは早くなる。
「賑やかだな。あれか、美容コーナーのほうは」
「一週間とおっして、違ちゃった。おっしゃってたから」
水道パイプの補修とか地ならしを考えれば早いほうだが、商店街を利用したい人も多いらしい。
「それで。なんだ。あれな」
ニーバンははっきり言わない。キャリロン王女が言ってたように歯がゆいところがあるのか、女性に不器用なのか。
「そうだね。こんど商店街へ行く日は、お喋りしたいね」
(自分から行っちゃたよー。うん、話すだけなら、ね)
「3時に待ち合わせよう」
それより、と視線を遠くへ向けるニーバン。ザコが荷馬車に乗るところだ。
「川をずっと眺めていたんだが。ゴテン橋の残骸が流されていた」
回収されない木材はここまで流れて来る。
「たまに利用してくれるから。乾物問屋の隠居さん」
「それにしては身軽だな。隠居でも年寄りとは限らないか」
貴族でも引退して子供へ爵位を譲るのは多い。公爵も引退してゆっくりするつもりだ、とニーバンが話す。
「兄が公爵になるわけだ。ますます口うるさくなるな」
家族のことを話してくれるのは初めてだし、親しくなった証拠だと思う。
「イチタロ様は人当たりもいいし、穏やかだよね」
「そうかい」なにかちがうらしい。
「長男だからって威張ってるな。防災大臣になれ、と押し付けてきた」
(やっぱり年上は威張るのだ。なっとく)
兄弟では力関係でもあるのか。思えばダニエルを利用しているし、年上の特権と思うことにした。
(それでも、相手のことを考えてやってるんだから)
「お仕事をするなら、良いと思う。なにかニーバンはやりたいことがあるの?」
「王女様からの仕事が終わればな。ま、そのときに考える」
おおらかな男性だが、いつまでもニートではいられないだろう。
「異国旅をしたのは活かせると思う」
話しているところで、何か騒ぐ声。
「そちがぶつかったんや」
「よそ見しとったのが悪いでっしゃろう」
(うわっ、たいへん)
ドレスの裾をあげて走る準備。
「まあまあ」仲裁に入るミテルシ。
庶民同士の争いは率先して収めるが、貴族だと手に負えないようだ。だから、ボンクラ三兄弟にはアカリーヌの登場となったわけだ。
ニーバンがなにか残念がっている。
「なにか?」
「この前のような凛々しい姿がみえると思ってな」
「凛々しくない! いや、いいか」
お転婆と言われないよりは良い。ちょっと時間もとったかと思う。
「こんど、茶店でも」
デートの約束みたいのを確認して約束した。




