王子は何を考えているのか
「王城のメイドたちも来てくれたから。女王様が食堂でお待ちになっていらっしゃる」
水を樽へ移すのも終えたらしく、タオルで顔を拭いた。初夏から真夏へ変わる太陽が眩しい。つられて、ドレスの内ポケットからハンカチを取り出したのは三人が同じタイミングだ。
「なにかやることがあるかも知れぬな」
キャリロン王女はハンカチをつかいながら話す。
「よう歩きましたなー」
ハルナは額を軽く叩いて汗をとる。
「夢中だったけど、さすがにね」
アカリーヌはハンカチを広げて、風を呼ぶようにはためかせた。微かに玉ねぎの匂いが漂う。昼食のおかずだろうか。
(あとはおにぎり運びかな。メイドが来たといっても、三人で行動するのは楽しみだ)
男爵家の令嬢同士では他人行儀になる部分も有ったし、いまは、いつのまにか普通に話しているのにも気づいた。
食堂へ歩き出したが、ちょっと脹脛が重い。しかし、ニーバンへ会えたことで足取りは軽くなる。
(担架だって。もっと怪我した人は多いんだよ)
ダニエルは大丈夫と話していたが、被害状況は見ないと分からない。
(ほんと。災害のあとが大変なんだ)
まわりは忙しくなるが、美容コーナーはどうなるのか。
遠のく二の丸のざわめき。食堂の前で、おにぎり作りをするメイドも増えて、リヤカーへ乗せる者もいた。
「あの街路樹の道は狭い場所じゃ。土も浅いので、重臣たちから反対されていたんじゃ」
王城へ通じる正門通りと言われて、登城のときはいつも通る。そこが塞がれては後戻りして別の門へ向かうしかない。防御として敵の大軍でも長い列になり、撃退しやすい造りだ。
「あのヤシの木はのー。根付いておらなかったやろー」
オーボチャマ王子が成長したヤシの木を輸入して植えた。フンヌウ商会とのつながりを象徴するものだ。
「日かげになるし、田舎の木と違って珍しかったけどねー」
王都の洒落た一面とも考えていたが、民家との距離は近く、建築法違反とも思えた。しかし、あとから植えたから、それが無茶というもの。
話す間にも食堂の前に着く。メイドが王女と会っているところだ。
「キャリロン、いいところへ来た。会議室へおにぎりを持っていておくれ」
「了解。応援、増えたんじゃな」
「おにぎりを運んだら休憩していいから。おにぎりとおやつは、あれ」
指さす方に風呂敷包が三袋、テーブルの片隅に置いてある。
「おやつも、ラッキー!」
無邪気に喜ぶのが普通の娘にも見えた。
三角巾もはずしていいから、と王女。
(そうだ、忘れてた)
三角巾を外すと、髪を掬って整えるふうにする。ハルナは頭に手を置いたが、手錠の替わりに使ったのを思いだしたような表情。照れ笑いか、鼻を擦る真似をした。
「おおきに。お持ちしましょう」
「気にしないでいいのじゃ。きょうは難儀させたでな」
キャリロンは会議室で配る、多めに入った風呂敷も手にした。自分の風呂敷を手にしてハルナと一緒に後ろからついて行く。
会議室は本殿の中で、まだ入ったこともないし、この流れでは初体験になる。
本殿のアーチから角を曲がると会議室。受付カウンターみたいなテーブルを前に聖女のメリアが椅子に座る。開け放たれて、丸テーブルを領地持ちの貴族が乗馬着で囲む。奥にアトゥカラ王は座る。議論の最中らしい。
「それでは、ゴテン橋の撤去が急務だと」「すぐに壊せるなら、取り掛かろう」声が聞こえる。
聖女は急須を準備していたところ。
「茶の準備をしていた。王女様がお呼びするとおっしゃってたが、お早いことで」
「食堂の前で会ったのじゃ。話し合いに夢中じゃな」
「茶でも運んで休憩させようとしてた。おにぎりは良いタイミングです」
とりえず、自分の風呂敷をテーブルに置いて、お湯が沸くまで待つことになった。
オーボチャマ王子が壊すのに反対して、理由を話している。
「そのように、ゴテン橋は調査が必要じゃ」
窓側のコンロで湧いたお湯を急須に入れる聖女。
「おにぎりとセットでな」
キャリロン王女へ小さな盆を重ねて渡す。おにぎりの入った風呂敷と両手に下げるが、ハルナとアカリーヌはそれぞれ急須を持った。
なにやら話は堂々巡りをしているようす。
「いつまでも待てない。段取りを決めるときぞ」
王様が急かすが、首相みたいな役目のオーボチャマ王子はゴテン橋に拘る。行政は一任されていたし、発言力がある。最後は王様が決めるが、独裁にならないためのやり方。
「休憩じゃ。王様もお茶を飲まれませ」
キャリロン王女が声をかけて盆へおにぎりを置いて円座へ回す。
「おやおや、どこぞの令嬢かな」
王様は柔らかい表情になる。急須から茶碗へ注ぐのがメイドではないからか、みんなも驚きと雑談に興じる。
「蹴飛ばした令嬢、いや失礼フーモト男爵」「ハナレテル伯爵の次女だったかな」
名前を挙げられた二人は照れるようにしながら、なにか話していた。やはり女性がいると男性は華やぐらしい。
キャリロン王女はおにぎりを配り終えると、言いたいこともあるらしい。
「オーボチャマ、いまは急ぐ場合じゃ。御託を並べる場所ではない」
「御託ではない」
反論するが、足音が響く。王様はすぐに気づいたようす。
「侯爵だな。準備できたのであろう」
言う間にも、アマクマ侯爵の声が響く。
「大木がひっかかっとった。馬で引っ張れるやろう」
「それではゴテン橋が壊れる」
オーボチャマ王子が、仕組みを調べたいと主張する。
「いつまで王都を湖にするんや。なにかぬかすと革命やでー」
(うわっ。王様の前でなんという)
それでも王様は軽く笑う。
「そうじゃな。庶民を困らせると革命になる。決まりだ。まずは茶を飲め」
「おや珍しいやんか」
王様の横に座り、貴族のドレス姿に気づいたようだ。
「アリスの娘か、アカリーヌやったな。おう、ハルナやんか、姉様の祝言は秋ごろやろ」
お喋りをしたいわけでもないらしく、おにぎりを豪快に食べた。
会議も一段落したようだ。聖女からおにぎりとおやつの入った風呂敷包みを受け取る。
「部屋へ行くのじゃ。ここは煩いでな」
たしかに第二会議室でも集まりがあるらしい。若い貴族たちが揃っていた。
「ダニエル。集まりなの」
「一応は領地へ戻る。それで、在所確認するらしい」
「なるほどね。心配させちゃうから」
昼と夕方は居場所を知らせるのが普通だ。電話がないし、配達員では手間がかかる。ハルナは話すタイミングを計っていたか、なにげに近づく。
「一人前やなー。また商店街で会おうでー」
「近いうちに。きょうはちょっと」
ダニエルは周りの目を気にするように素っ気ないふうに見えた。
(ほかの男たちのまえで恥ずかしがってるんだよ)
若い貴族も忙しいようだ。そこをあとにして、靴を脱ぎ足と手を洗い、磨かれた板張りの廊下へあがる。階段を上ると王家の住まい。キャリロン王女の部屋がある。
(流れで来ちゃったけど。女王様の部屋かー)
どのような部屋で商店街を眺めているのか興味があるし、女子会ができるかな、と期待もした。




