王城の庭が大混乱
狭い通路を渡り抜けると大庭が広がる。
「6組に分かれておる。ひとつづつ下ろすんじゃ」
まん中に隙間があり、3か所づつの集まりが見える。30人ぐらいか、樽を前にして囲むふう。
「あれは、おかしゅうおまんなー」
ハルナが指さすのは左側。手前からみて二番目。樽に一人だけが腰を掛ける。燕尾服を着て、この場から浮いてはいる。
「まずは運んでからじゃ。なにか遇ったかもしれぬ」
たしかに、みんなが待っている。ハルナと左右へ分かれて、キャリロン王女が右手の二番目へ向かう。
「持ってきたよ。水が足りてますか」
声をかけると、通れるように避けるが、何人かが立ち上がってくる。
「落ち着いたところでございます。お持ちしましょう」
心に余裕ができたらしい。まだ天を覆いだり俯くものもいるが、たまに笑い声も聞こえる。キャリロン王女は庶民から何か聞きとっているらしい。
燕尾服の前を通ると気づいた。成年祝いへ乱入したイーバヤだ。
「おい。飯は未だか」
「いま。準備しているから。水は足りてるよね」
「水で腹が膨れるか」
立ち上がると樽から水を汲んで飲む。
「うがー」半ば零れて顎から滴る。
(もおっ。飲みすぎでしょ)
いまは三番目へ急ぐのがさき。気づいてたのか二人ほどが立って迎える。
「ここからは、私たちが。それよりあの男は酷いですぜ」
何人かで囲んでいたが、柄杓を振り回して独り占めしたらしい。
「柄杓から直に飲むし、やってられないと、ここへ来たのですがね」
状況は分かった。迷惑をかける者にひとこと言いたい。リヤカーは置いてイーバヤに近づく。
「なんだ。男爵家のぶんざいで意見したいのか」
「マナーは守ってくれないと困るの。いまは互いに協力して支えないといけないでしょ」
「お説教するか、小娘が。早く飯を持ってこい」
(もおー。言ってきかないなら、蹴とばすわよ)
いまは我慢。大勢の庶民もみてるし、貴族令嬢だと、一応は自覚もある。
「お久しゅうでんなー」
ハルナが来た。久しぶりなのは確かだ。話し方が柔らかいし、イーバヤは気を良くしたように笑顔になる。
「心得ている娘だ。王城の小間使いは服も可愛いな。男爵家の小娘とは大違い」
「嬉しゅうおまんなー」
ハルナはイーバヤへ近づく。
(何を考えてるのだろう)
三角巾でスカーフが隠されているから伯爵家の令嬢とは気が付かないようだ。
「特別に私の水をあげよう」
柄杓で汲むとハルナへ差し出すイーバヤ。
「私のドレイとなれ。贅沢させるぞ」
(何様のつもり)右足を前へ出す。
「サイテー男ね!」左足で蹴り上げる。
柄杓がくるくる回り芝生の上に落ちた。
「あら、やっちゃった。ま、いいか」
手が早いというか、言葉より足が先にでてしまう。
「元気やなー。任せなはれ」
ハルナが柄杓を拾う。イーバヤは目の周りを赤くして怒っているようす。
「貴族が庶民へ手をあげるか」
「落ち着きなはれなー。柄杓が必要なんやろう」
差し出すハルナに気分を良くしたらしいイーバヤ。
「分かっているな。いい子だ」
柄杓の柄を掴むところで、ハルナの指がイーバヤの手の甲を滑るように動く。
「痛っ」イーバヤが呻いて柄杓を落とした。
「指が動かんかー。左手はどうや」
ハルナが再び柄杓を差し出す。
「要らない。これは。指が。どうして」
指を見つめながら樽へ座った。
「どういう魔法なの」
「気功術のひとつやがのー。指の関節を外したわなー」
「なっ。なつ」イーバヤは左手で右の指を引っ張たり摩ったり、焦った表情。
「そこの男」キャリロン王女の声が、怒っているように響く。
「飲み水に座るとは何事じゃ」
「これは申し訳ございません」
殊勝に謝り立つが、指を見せる。
「蹴られたり指を折られたり」
「被害者顔するでない。騎士を呼ぶゆえ。ハルナ。こいつの手を縛っておけ」
マナー違反で逮捕の形をとるのもやりすぎだと思う。
(たぶん説明抜きだね。なにかやらかしてるんだ、この男は)
「わるさしたんかー。しゃーおまへんなー」
ハルナは三角巾を外して紐みたいに伸ばす。シルクのスカーフが太陽に照らされてきらめく。
「伯爵家の令嬢様」
イーバヤがかしこまったようにして、両手を交差して前にした。
(ほんと、貴族とか権力者には弱いから)
「指は治しておくからのー。何をしたんかー」
「柄杓を振り回して喧嘩したんでしょ」
これだけ庶民がいれば注意するものもいただろうが、争うより避難と考えたと思う。やりあう気力もなかったはず。
「はい、ちょっとわがままでした。申し訳ございません」
イーバヤはキャリロン王女へ頭を下げる。
「捕まる大罪を白状はせぬか。女の顔を柄杓で打ったであろう」
「いや、パニックになっておりまして」
「その服を見ると、着替える余裕もあったであろう。威張らんがために、ここへ来たんじゃな」
聞き込みで、事情は詳しく知っているらしい。
「めっそうもございません」ひたすら下手に出る。
しかし「みんなが見てたぜ」「へ地区でも勝手しほうだいだった」過去まで暴かれたイーバヤ。もう黙るしかない。
「騎士を呼ぶゆえ、座っておれ」
警察の役目も担う騎士たち。いまも騒ぎを聞きつけて何人かが歩いて来た。
一段楽と人々は元のように輪を囲むが、馬車の車輪が鳴る。二の丸正門から入るのも非常事態だから。
「公爵家やなー」
「コップじゃな。オーカウエ地方に頼んでおった」
「庶民もゆっくり水が飲めるね」
喋りながらニーバンを思いだす。
(まさかね。4頭立てはイチタロ様がお使いになるはず)
話してる間に馬車から降りたのはニーバン。
「コップを持ってきた。テントも、すぐ到着する」
「運びましょう」早足で馬車へ近づく。
(ニーバンと話したいし、近くで顔をみたい)
なんと不謹慎なと思いながらも、正直な心の動きだ。
「アカリーヌ。なんでまた」驚いた表情のニーバン。
「美容コーナーの片付けに」
言う途中で、庶民たちがコップを取りにきてざわつく。何人かが、まとめて集まる場所へ持っていくようだ。
「繋いであるから絡ませるなよ」「地面につけないで、使えなくなる」活気がでてきた感じだ。
ここで手伝うことはないと思うが、のんびり話せるわけもなかったし、キャリロン王女が来た。
「イチタロは遅れるのか」
「街路樹が倒れて、そこにいた避難民を連れて来る予定だ」
もっと人数は増えるらしい。とりあえずはリヤカーで本堂へ引き返そう。たぶん、おにぎりを運ぶ仕事もあるだろう。
イーバヤの居た場所へ、気を利かした何人かが手伝い、樽を下ろす。
角材が幾つも触れ合う音と蹄の音が響き。テントを運んできた荷馬車が幾台も到着した。
「揃って来たか。なんでじゃ」
地域で距離も違うからバラバラに来るはずと問うキャリロン王女。
「だから、街路樹。立ち往生して片づけるところで合流したからな」
ただ倒れただけじゃないようだ。民家へ被害もでているという。
(被害は大きいのかも。今からわかるはず)
王城に居るだけでは知らない状況があるようだ。運んできた貴族と庶民で、テントを組み合わせて6か所に組み立てる。
「ダニエル」リヤカーを曳きながらみつけた。
「手伝いに駆り出されてるのー」
ハルナが幾分よろこんだ声で燥ぐ。ひとつ聞いておきたい。
「ダニエル。フーモトは?」
「水が溜まってたけど、もう大丈夫だった」
ゆっくり話してるときでもないらしく、テント同士の柱を縄で縛り始める。市場の広場は雨降りに水が溜まるが、水はけも良い。ともあれ大きな被害はないようなダニエルの態度だ。
激しく打ち鳴らすかん高い鐘の音。緊急車両だ。王家の馬車が近づき、通路を開ける。
本堂の前に停まるとイチタロが御車席で叫ぶ。
「担架だ。二台の担架」
馬車からいち早く降りた二人の貴族が怪我人を介助しながら降ろしている。振り返れば、空いていた場所に庶民も集まりだした。




