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恋と美容術で男爵令嬢は天下を取りに行く  作者: 乙巴じゅん
5章・台風は後から大変
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台風が過ぎたあとの王城で

 王城の堀は9割ぐらい濁り水が溜まっている。朝日に長い影を作る橋を渡れば、三の丸を庶民へ開放している商店街。湿ったなごり風が吹く中、様子を見に来たのだ。

 駐馬車場に伯爵家の馬車が停まり、美容コーナーの前でハルナが束ねたポニーテルを揺らして、長椅子を動かしている。

 アカリーヌとマームが馬車を降りると、私も、と御者は馬をつなぎながら言う。いつもは休憩所で仲間内で過ごすが、きょうは台風あとの片付けもあり、人手は必要だ。

 アカリーヌは髪を束ねてポニーテールにしながら、ハルナへ挨拶もそこそこに状況を知りたい。

 アーホカの場所へ目を向けると、施術椅子が横倒しになっていた。

「うわっ。倒れてる。縛り付けが弱かったね」

「直接に風があたりよったんやろう」

 ハルナが長椅子を拭きながら話す。棚の下に雑巾はある。メイド服の二人がタオルとか棚の周りを調べていた。

「縄はなー。去年も新しいのに変えるよう、王子様に言うたんやがのー」

「そうだね」

 マームから雑巾を受け取り、長椅子を拭きながら答える。ハルナが並べてはいたようだ。

「結び目が解けるというより、バラバラだよ」

 稲の茎で編まれている縄だが、古くなると引っ張りに弱くなり千切れるのだ。

「王子様は金を払いたくないとおっしゃるけどなー。余計に金を使ってしまうでー」

 ハルナがほかの場所も状況を聞いていたらしい。飛ばされて壊れたのもあるし、壁が破れたところもある。

 二人の御者は柱が大丈夫か確かめていたが、倒れた施術椅子を起こしにかかる。マームとハルナのメイドはしゃがんで水道パイプを確認しているようだ。

「頑丈にできております。そうでございますが、水道パイプが曲がっております」

 手を休めて確かめると、つなぎ目がひしゃげていた。すぐに仕事はできないらしい。

(ほんと、台風のあとが大変みたいね)

 いまごろはニーバンも忙しいだろう。復旧まで何日かかるか。

(しばらくはデートなどしている暇はないや)

 施術椅子に絡まる木の枝を取り避けて、溜まった水を雑巾で掻きだすとき、金属の回る乾いた音が響く。

(リヤカー。なにか運んでる)

 音の鳴る方へ目を向けると王城の裏門だ。二輪車のリヤカーを引っ張るのは女性。

「王女様」

 驚き、手を休めた。キャリロン王女も髪をポニーテルにしているようで、まるっこい金髪の頭がうかがえる。

 リヤカーのほうへ駆けよる。ハルナも長椅子を拭いていたタオルを持ったまま右に来た。

「来ておったか。手伝え」

 キャリロン王女は牽引用の横棒を下ろして言う。化粧をしている状況でもなかったらしいし、思ったより丸まっている顔の輪郭。箱型の荷台には大きな樽と風呂敷に包まれたものがある。ハルナと顔を合せ、まずは、と牽引棒を左右の横から掴むようにした。

「コーナーの隣で良い。水とおにぎりじゃ」

「朝はやくから、なさっておられるんですか」

 3人だと軽く曳けるし、様子もしりたい。

「夜明けからじゃ。庶民も避難しておるでな」

「川が氾濫しとると聞いとるがなー」

「そうじゃ。ああ、ここで良いぞ」

 青果コーナーの前に停める。壊れた陳列棚を四人で持ち出すところだ。

「こりゃ、ひでえですぜ」

 代表のマトーメが誰にともなく言う。

「しばし休め。長丁場じゃ」

 キャリロン王女は言うと、奥のほうにも声をかけるが、大声は掠れたりする。

「休憩いたせ。おにぎりもあるゆえ、未だの物は食え」

 言い方はわるいが、未だ、ということは、前にも運んだのだろう。

「ありがたいや。そうだ、水道が破裂して水が溢れてましたぜ」

 応急処置でつなぎはしたが、漏れてるようだ。汗よりずぶ濡れになった服と顔は、そのせいだろう。

「そうだ、タオル」

 雲が去り、夏の日差しになって、風も止んだ。湿気のある熱い空気が肌を包んでくる。

「そうやなー」

 ハルナと一緒に、片付けをしているメイドたちも手伝い、ありったけのタオルを美容コーナーから持ってくる。

「気が利くな。流石じゃ。遠慮するな、使え」

 樽をリヤカーから降ろさせながら言うキャリロン王女。十人ぐらいはいるか、周りへ集まって来た。

「始まってたか」

 新しく着いた人々も加わる。

「まずは食え。おにぎりは幾らでもあるぞ」

「まずは水を飲ませてくだせー」

 柄杓で掬って飲むが、個人用のコップがないので口をつけられない、顔をあげて流し込む感じ。

「じきにコップも付くはずじゃ」

 そして御者の服に気付いたらしい。

「馬車か」駐馬車場へ顔を向けた。

「壊れたものは、馬車で運べ。門の場所へリサイクル業者がくるでな」

 裏門の左手はチリ捨て場みたいな囲いがされていて、ほとんどの物がリサイクルされる。

「王女様こそ対応が早うございます」

 気が利くと言われて恥ずかしさもある。市場では補助をするように、何が必要か考えていたし、いまも同じだ。


 キャリロン王女は空になったリヤカーの横棒を掴んで、中へ入りながら話す。

「ハーマベ王国で津波があったときじゃが、王城へ庶民が避難しとった」

 経験はあるようだが、まだ手伝える年齢でもなかったらしい。

「見様見真似じゃ。そうじゃ、飯は?」

「乾パン、非常食やのー。どうやー」

 ハルナが顔を向けて問う。

「うちも乾パンを」

 メイドたちが拭き掃除などは終わったらしく近づくので、ちょっと気になった。

「マームは食べてる時間があったかしら」

「はい。おにぎりを作りながら、ちょっとづつ」

 あんがい食べ物に贅沢はしているのが炊事役だろう。

「干し魚がありましたよ」

 ハルナのメイドが内緒話みたいにいう。キャリロン王女が軽く笑った。

「役得じゃな」

 ハルナと顔を合せて同意して頷いた。それより、なにか話があるように、4人へひとまわり視線をまわすキャリロン王女。

「おにぎりを作るんじゃ、手伝え。メイドたちへ期待しておるぞ」

 光栄です、と二人がうなづく。

「美容コーナーは片付いたしのー」

 ハルナが別の場所でできることはないかと目を移す。

「人も集まって来たよね」

 ひとまずは段取りを決めようと集まってるところで、おにぎりを食べたり、水を飲んだりしている。キャリロン王女が、すこし違うぞ、と話す。

「ハルナ、アカリーヌも手伝え。おにぎりの型押しもあるでな」

「さようですか。はい」

 おにぎりを作る機会はめったにない。たまに外出でつくるときもマームや母に任せっきりだ。型押しなら失敗はしないだろう。伯爵家ではどうか知らないがハルナも覚悟をきめたようだ。

「乗りかかった船でんなー」

 そういうことになり、牽引棒を4人で支えて裏門から王城の本丸へ進んでいく。普通なら入るのも門番へ許可を取る場所だ。


    ・


 本殿の煉瓦で造られたアーチを潜ると敷きつめられた芝生。リヤカーを停めて、食堂がある天守閣の隣へ急ぐ。

 玄関で、ドレスにほこりがついているかも、とはたいて落とす。手を洗い頭へ三角巾を巻き、ドアを開けた。

 テーブルが置かれて、おにぎりを作っている3人のメイド。驚いた表情だが、歓迎したような笑顔になる。

 マームたちは要領を知っているようで、さっそく、と合流する。

(あの。まずあれをこうして)

 作業の流れを確認したい。片隅に大きな炊飯窯がある。すでにご飯茶碗へいくつか分けられてあった。それを手で握っていくのだ。竹の皮でつつんで仕上がり。竹の皮は紙のかわりにもつかうことがあり、天守閣に保管されていたはず。

「三角にするのは大変そう」

 作り始めたマームをみながら感心する。指を曲げ三角にして、くるっ、とご飯を回す。

「ここじゃ」

 キャリロン王女が空いた場所へ招く。

「これがあるんやったなー」

 おにぎりの押し型をみてハルナも安心したように言う。

「ちょうど3個セットで売られておった。遠慮せず使え」

 (それでは)おにぎりの押し型を手にする。木製の蓋つき箱みたいなものだ。

「キャリロン」カテリヤ女王様の声がする。

「メイドの応援が来られたか。あとは任せてよい。水を運んでおくれ」

 マームの後ろ辺りへ近づいて言う。

「了解」キャリロン王女がおにぎりの押し型をテーブルへ置いた。

「ん。どこぞの令嬢」場違いなドレス姿に気付いたらしい。

「そっちたちも付いてまいれ」

 ハルナとアカリーヌへ声をかける。

(おにぎり作りよりは運ぶのが役に立てると思う)

「コップは未だ?」

 キャリロン王女がカテリヤ女王を追いながら問う。

「道が通れなくて、遠回りをしてるかもしれん。柄杓は調達した予備もあるから」

「だからオーボチャマに頼んだのに。手配してなかった」

「あれは、昔から当てにならない。困った子ですよ」

(王家の、聞いていけない身内話だー)

 思いながら後を追う。

「王女様も普通に喋るんやなー」

 ハルナが耳打ちする。

「仲のいい嫁姑だね」

 カテリヤ女王は女の子が欲しかったという話も聞いていた。嫁を娘ともみているのだろう。ただ、オーボチャマ王子へ不満もあるようだし、いままで考えたより期待できないはず。貨幣振興も何か思うところがあった。

(庶民が役に立てるならと考えてたけどねー)

 儲けることへ執着しているのは違う気がしてくる。


 二の丸の門を抜けると両翼の建物がある。渡り廊下に3人ぐらいでかたまり外を眺める庶民たち。

「怪我人や子供は、ここへ集まっておる」

 カテリヤ女王が説明する。本堂の両翼には怪我人や体調のわるい庶民が手当てを受けているらしい。老人もいちはやく避難していた。

 本堂から子供たちが騒ぐ声がした。いつでもどこでも元気だし、災害を忘れさせる。

(そうだね。マームの言った通り。災害で無事に生きてたんだーって感じ)

 幼いころのことを考え、懐かしくなるが、いまは急ぎだ。門に設けられた水場では樽に浄水器で水を入れているシラベル。

「満タンなのを準備しております」

 小型の折り畳みリヤカーに乗せられた二個の樽。それが5台ならぶ。カテリヤ女王はうなづく。

「持てるか。二人で持てばよいが」

「いえ、これなら」

 小型リヤカーは軽いし、歯車がついてる。ベビーカーや車椅子にもなる優れモノだ。

「イザベルじゃな」

 キャリロン王女がリヤカーの取っ手を掴みながらいう。本堂の階段をイザベルは降りてきたところだ。

「王女様。ナプキンが不足してます。在庫はありましたでしょうか」

「まだ残ってるはずじゃ。うん、あとは板チリシで代用するしかあるまい」

「いくらでも必要ですから」

 イザベルが板チリシも残り少ないと話す。ティッシュとか、使い捨ての紙として有機肥料の処分にも使っていた。

「乗せられるだけ運ぼう」

 カテリヤ女王は片隅にある折り畳まれたリヤカーへ歩いて行く。私が、とイザベル。手早く折り畳みリヤカーを広げた。

(王女様が引っ張るのも、いまは非常事態だからだね)

 二人で天守閣へ急ぐのを見送りながら、リヤカーの取っ手を掴んで囲まれたところへ入る。庶民が避難しているはずの、二の丸の広い庭へ王女と令嬢たちはリヤカーを曳いて行く。





 

 













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