キャリロン王女の招待
仕切り柵の上で野鳩が鳴く。
(化粧水もなかなか売れないね。のんびりするのも良いけどさー。なにか違う)
ニーバンとの出会いも数少ない生活の変化だ。とりあえずは、と販売している竜の涙を置いた化粧水コーナーへ戻る。裏側から5メートルほどのところに、煉瓦造りのフーモト男爵家があった。
アトゥカラ王家の四頭立て馬車が玄関に停まるのがみえた。
「王子様と王女様が、お見えになるとは聞いてたけど」
椅子に座りながら、マームも王族に会うことは滅多にないと関心のあるような目を向ける。
びゅん、野鳩が鋭い音を立てて羽ばたいた。やがて、仕切り柵を派遣メイドが開き、キャリロン王女が広場へ歩いてくる。鮮やかな金髪がふわりとウエーブを巻く。広がるドレスはパステルカラーの青地に桃色の刺繍が見え隠れする。紫の襟、胸元は大きく開いて、金のネックレスが光る。
「もうめんどう。出迎えなきゃでしょ」
アカリーヌは竜の涙の入った樽の間から裏へ出て、歓迎する素振りをみせる。
「王女様。本日は市場へ足を運ばれまして光栄でございます」
(舌を噛みそう。なるべくなら関わりたくないけど)
キャリロン王女は小顔で可愛いが、目元にキラキラ光る粉をつけている。
(きっと染みができるぞー) 内心では心配もする。
「アカリーヌ。きょうは化粧水について提案しにまいった」
「はい。ありがとうございます」
なにかお節介をしたいらしい。
(聞くだけはするか。言いたいことを喋って早く帰っちゃえ)
心の言葉は知らないキャリロン王女が話す。
「王都の商店街へ美容コーナーを設けておるのだがな。引き立て役で参加してくれ」
正直というか、言葉を選ばないのが潔いと感じるひともいる。
(たまに商店街へ出かけるときは美容コーナーに用事もないし。思うに、化粧品を売っているはず)
リン波念力のほかは興味もなかった。
「引き立て役でございますか。まー、はい。なにか催し物でも」
(ちょっと顔を見せればいいかな)
キャリロン王女は椿油を置いてある台へ目を向けてうなづく。
(化粧水は樽の中だけど。教えなくていいか)
それでも、キャリロン王女が納得したように話す。
「竜の涙とかいう化粧水があると聞いたのでな。どちらの効果が高いのか競い合わせたいのだ」
(いや。そいういわれても困る。ここでも売れ行きは悪いし、半分は暇つぶしだし。ほかの人たちもリン波の念力を使って欲しいけどさー)
思ったようにはいかないのが商売だろう。
「競うようなものではございませんが。それにあまり知名度もないと思われます」
催し物をするにしても、直接関わり合いたくない。
「掘り出し物という言葉もあろう。それにな。イベントで競い合わせて集客をするつもりだ」
(あんたが大将、の世界でしょ)
キャリロン王女は最後に勝つ、と自信があるようだ。太鼓持ちも多いし、王女に勝とうと思う者はいないだろう。
「引き立て役ですから。マイペースで化粧水を販売いたせばよろしいですか」
数合わせだと考えた。
「うーん」キャリロン王女はしばらく考えるふうだ。いちおうは言葉を選ぶらしい。
「教えよう。不器用な女は、マッサージが下手だ。施術せねばな」
「せじゅつ。えーと。私が相手の顔へマッサージするということでしょうか」
王家や伯爵家ならメイクをする役目の人がいると聞いた。考えたこともないし、自分の顔とは違ったやり方があるかもしれない。
「王都では始めているぞ。心配はいらぬ。まず、見てから習え」
「王女様も相手へ。少々軽はずみな」
(相手が緊張しちゃうんじゃないかしら。王女様もメイドが化粧するようなことをするのね。想像つかないけど)
「美容の専門家へ任せておる」当然のように言う。(やっぱり、そうでしょうねー)
「いちど商店街へ来るといい。竜の涙はもっと売れるかもしれないぞ」
(あっそうか。売れるものなら)
金儲けできるなら、と興味が出て来る。
(貨幣があれば便利になると王子様が流通を積極的おすすめなさってる。見学にはいってみたい)
「いちどは拝見させていただきます」
「よし、決まりだな。王都は華やかになる。私がもっと輝くために、女性の美しさを追及いたせ」
アカリーヌが施術すると判断したらしい。
(女がきれいになることは賛成できるよね)
「はい。かしこまりました」
(ま、断るほど無理な提案でもないし、王都でのやりかたも知りたい。商店街で売るには手続きも必要と聞いてたけど。お誘いなら許可をもらったようなものでしょ)
第二王子の成長ぶりや王様の病気も快復してなどと、世間話をしているところで、王子の話は終わったらしく玄関で物音がした。
(王女様も間を持たせるお喋りだったのよ、きっと)
「ほかの市場も回らねばならぬから。今度は商店街で会おう」
言うと踵を返す。優雅にドレスが揺れた。
(黙っていれば品の良い王女様だけどねー。偉ぶるわりには人気があるのも、見下すような態度はしないからだよね)
王家の馬車を見送りながら、屋敷から市場へ近づくのは貴族の標準的な服を着る弟のダニエル、十六歳。グレーのパンツ、ベストは肩が張って胴回りに貫禄をかもし出す造り。胸には飾りの紐がつくが、勲章を下げる場所だ。
「姉ちゃん。父さんと母さんが地区役場へ出かけるって。昼食時間には戻るってさ」
「それで。なにか王子様の話で聞いてる?」
「フンヌウ商会が何とか。ギルドに参加する話だけど、母さんは反対してた」
市場の同業者組合を作る話らしい。フンヌウ商会は隣国のハーマベ王国にある企業だ。
「お金の話でしょ。母さんが反対するのは」
「ギルドへの参加費が一万マニーだってさ」
「無理だよ。家を売るしかないね」
百万円ぐらいだろう。物価が統一はされてないし、それぐらい大金と言うこと。百均みたいな、この市場では見たこともない金額だ。
「父さんも乗り気ではなかった。それより、王女様は美人だね」
「色気づいたかダニエル。惚れても無理だからね」
(背丈は同じぐらいになったけど、いつまでも子供だよ)
「姉ちゃんこそ、色気づけば」
(いつからか、からかうことも覚えたわね。覚悟しろぉー)
「蹴飛ばしてあげようか」蹴る準備をしてみせる。
「ほらね。お転婆お嬢さまぁー」
ふざけながら屋敷へ逃げるダニエル。追うほどに怒ってはいない。
マームが見守るように姉弟の会話を聞いていた。
「仲がよろしいことで。ダニエル様も王城デビューなさるお歳。楽しみでございます」
二人で、待機用の椅子に座りながら話す。
「不安しかないけどね。そうだ。成年になったお祝いにプレゼントしなきゃ」
(可愛がってるんだよ、いちおうは)
ダニエルは男の子といっても身近で人畜無害だ。
(おかげで少しは男へ免疫もできたかも)
「小銭入れなどは、流行りに乗っていると」
マームが提案してくれるが、自分の好みを優先したい。
「お菓子じゃだめか?」
「半分はお嬢様の物になるのでしょう。去年の誕生日が、そうでございました」
マームは思いだしたように笑う。
「マシュマロとかいうのだね。柔らかくて甘くて美味しかった。つい私が食べた」
(私が欲しかったから、いいじゃん、ねー。ちがうか)自分で突っ込みを入れた。
「男は甘いのを好まない方も多いと聞きます」
この雰囲気が姉貴替わりにも思える。
「プレゼント探しに王都へ出かけるのもいいね。ついでに、女王様の美容コーナーとやらものぞいてみよう」
理由を付けてプライベートのお出かけもしたい。週に二回は参加が義務になっている王城内での、お茶会や舞踏会。その行きかえりが貴族家令嬢の公的な仕事でもある。




