台風で中止になったデート
3時の鐘が響く前にダニエルがきた。
「ハルナ様のお送りは。不肖わたくしめが」
一緒にハナレテル伯爵家へ送りたいらしい。
(ちょっと待て。誰を迎えに来ているのか忘れたのか)
アカリーヌは呆れるし、それを見てハルナが苦笑い。
「嬉しいがのー。迎えは来よるからなー」
話す間にも御者がきてハルナへ合図する。伯爵家の馬車が停まっていて、駐馬車場は賑わいだした。買い物にきた貴族も多い。同じようなタイミングでくるのは通常のときと同じだが、きょうは早め。
一陣の風が吹いて、いやな予感がする。
(だからさー、ニーバンは? 茶店も閉めたのかしら。外へはいけないよねー)
せめて会って、今日は無理だねー、とか話したい。
「じきに降りよるでー。ほな気いつけてなー」
ハルナが曇り空を眺めながら御者のあとへ続いて行く。
「お姉ちゃん。行こう」
急かすダニエル。
(えーいっ。うっとうしい)
「ダニエルう。私よりハルナ様がだいじなのねー」
悪戯をしてあげようか、と睨む。たぶん、デートが中止になった八つ当たりというものだ。
「はい。いや、そういうわけでは。それより雨が降る」
たしかに雨降りの馬車は最悪だ。竜の涙が入った樽を手分けして持つ準備をする。
「仕方ないよねー。そうだ、市場のほうは大丈夫」
やはり気になるのは市場だ。台風は年に何回かくるし、慌ただしい中で、不謹慎にも幼いころのことを思いだしていた。
(庶民が集まって賑やかにする、何かがしたいけど)
王家主催の祭りならあるが、威張った貴族が主役の顔をするのが興ざめだった。庶民が中心になりお祭りは、心と生活に余裕もない。台風の騒ぎは、礼儀の必要もない庶民と接する機会でもあった。
「ミテルシ監督がしきって、ちゃんとしてたよ。もう家へ帰ってるころ」
「早い! そういってられないか。水害はたいへんだからね」
川が溢れて家へ帰れなくなる。川が多くて恵みの水だが、豪雨のときは災害を引き起こす。
「台風のあとが大変って。ニーバン様がおっしゃってた」
ダニエルはなんでもないように話すが重要な情報だ。
「えっ。会ったの。いつ。どこ」
慌てて問う。
「オーカウエの台風対策をしていて、市場まできてた」
「そうか。忙しいんだよ、きっと」
いくらニートでも領地のために協力するだろう。とりあえず朝に会ったから、よしとしよう。
桶をマームと3人で手分けして持ちながら馬車のところへ急ぐ。
「公爵家の馬車でございますかねー」
マームが顔をあげていう。王家と同じ4頭立ての馬車だ。
「イチタロ様でしょ。次の公爵様になられるから。王城でも重役だし」
ニーバンの兄だが、王城で顔も合わせる貴族だ。いまは用事もない。馬車へ乗り込もうとしたが、公爵家の馬車から降りるニーバンに気付いてしまった。
「ニーバン。台風だよ」
分かり切ったことだが、デートは中止だね、との意味を込める。
「アカリーヌ。王様に呼ばれて、明日の打ち合わせだ」
ちょっと笑顔で応えるが、真面目な表情になる。話す間にもイチタロが降りて急かす仕草。
「蹴飛ばされた男爵令嬢か。いまは早く」
余計なことを覚えられてしまった。ちょっと言い訳もしたいが、風も強くなってきたようで、ドレスをはためかせた。
「台風のあとでねー」
さよならがわりに言うと、馬車へ乗り込んだ。
父が御車やメイドの家へ連絡もしたとダニエル。
「泊まり込みの許可をとってたよ」
フーモトへ着くまで雨が降るかも知れないし、風が思ったより早く強くなりそうな気配もした。
御者やメイドも仕事として個人契約が確立している。派遣社員もいるが、その待遇改善を進めているのがアッチスグ公爵。イチタロは直接に派遣会社を指揮もしていた。
(ニーバンもさ。王女様から頼まれた仕事を終えたら、なにをするのだろう)
直接に教えてもらいたいし、王城に通う貴族からは浮くかなとも思う。
(だけどねー。色気のない話だよ。趣味とかのことを話せばいいのかな)
つぎに会ったときに、もっと気の利く会話もしたい。
(イチャイチャラブラブも。うわっ、やだー)
ロリコン子爵を思いだしてしまった。
「無理かー」つぶやく。
「なにが?」ダニエルが不思議がるように言う。
「なんでもない」
これは恋だ、と思いながら弟には悟られたくない。マームが「ゆっくりですよ」と囁いた。




