リン波念力の奥義
滝の落ちる音が響く。高さは2メートルぐらいの磐があり、黒ずんだ岩肌に苔でモスグリーンの部分がみえる。梯子をかけるダニエル。
「おねえちゃん。お転婆するのか」
「魔女様に用事。市場は任せたわよ」
(梯子をのぼるのは、はしたないことでもないし。あの女に勝つために、オテンバがなんとか言ってられないしね)
スカートの裾を、きゅつ、と絞り込む。マームも同じように、身支度。
「サクランボが時期でございます。前は、いっぱい取っておられましたね」
「そうだね。直接もぎ取るからいいんだよ」
磐の上は山へ続く森があり、サクランボの木と呼ばれている西洋実桜が自生している。
磐を上ると、雑木林が囲み鳥の囀りが聞こえる。狭い岩場は浸食されて丸っぽいデコボコだが、サクランボの木が茂る中へ石畳が続く。
「目印の棒は」
「あれでございます。草に覆われて」
「しばらくこなかったからね。使えるかな」
カタバミの群れをかき分けて、銅の棒を引き上げる。すとーん、音がして棒が沈むと、金属的な音で何かが外れたらしい。これで魔女へ合図できたはず。来客を知らせる呼び鈴みたいなものだ。
ともあれ、急坂で2メートルの石畳を上がった。4畳半ぐらいの広さで平らになり、迫るように雑木が茂る。左には、つる草に覆われた石垣が見えた。イケスカナイ王城の跡だ。天然岩石の上にあるが、岩石の下に泉。
「だれも来てないようでございます」
マームが石垣の間にある狭い通路を眺めていう。階段だったはずだが、つる草の茂る坂にしかみえないし、人が通った形跡もない。
「竜の目の涙があるとは、だれも気づかないね」
言い寄る知り合いに飲ませたのも、ここで汲んで持って帰ったから。場所は知らないはずだし、隠し事を話してしまう水とは考えなかっただろう。
二人が話してるところで、雑木林から魔女が現れる。黒いマントに身を包み、サンタクロースみたいに袋を背負う。名前はスマフォだが、呼ぶ人は少ない。
「久しぶりだアカリーヌ。また男の本音を知りたいのかな」
袋を下ろして右側に置いて言う。
「魔女様から、美容術の奥義を授かりにまいりました。どうしても勝ちたい相手がいます」
「美容術とは、嬉しいことを。ただ、勝ち負けではない」
(そういえばまえに言われたな。言い方を変えよう)
「それはそうでしょうが。美容術を極めたいのです」
「いいだろう。俗世間の勝敗に興味はないが、技術のレベルアップには賛成だ。それで、リン波念力では不満なのか」
「美容術も数が多いと知りました。リン波念力には人間技を越えたやり方があると、おっしゃっておれら、おられる。おられましたから」
「あいかわらず敬語が下手だな。そのかわり高い能力を備えておる。説明しよう」
マッサージのやり方も結局は指の関節らしい。指に力を入れないというが、4指の関節の柔らかな動きでタッチしていく。
「試してみることだ。関節に力をいれると、ずっと軽くで触れられるはず。マームも試してみて」
言われてアカリーヌも一緒に、自分の腕を摩る。
「これは。もっと細かく指をコントーロールできる。ちょっと4本の指を動かすのはコツも必要でしょう」
マームもうなずく。
「ちょっと、指の当たりは硬いようでございますねー」
魔女が予想通りと言う。
「筋肉に力がはいるから。素人は好みで今まで通りやればよい。アカリーヌ。マームの腕をさすって見せてくれ」
「自分では分からないかな」
マームの腕を、細やかに指を動かしてさする。
「あら、まー」
マームが驚く。
「タンポポの綿毛が触れているような」
「そうだ。アカリーヌは柔らかな肌を持っている。フーモト男爵家は魔女の血を引く家系だ。男をイチコロにした魅魔女が現れる」
「男をイチコロですか。わからないけど。もち肌とか言われたことはある」
ロリコン男爵も、それで血迷ったのだろう。少なくとも、美容術をするのに持って生まれた指。
「時代遅れの修行はいらないでしょう。ちょっと練習すれば、触れずに念力で施術ができるはず。魔女の能力が開花するかもしれない」
「魔法使いか。うん、へんなことになったね。あれこれ、魔法の騒ぎが起こるのでしょ」
それに魔女が首を振る。
「私たちも種を明かせば森の中の住人。さいわいに魔王エーアイの知識を持っているから応用している。はったり半分で魔法と呼んでいる」
あれこれ科学的な説明をしたら長くなるからでもあろう。
美容術の競争で挽回できそうだが、石垣の上から鳥たちが飛び立った。
「大型の獣はいないはず。蛇かな」
3人は石垣を見上げた。狭い通路で何かが動く気配がする。大型の生物が存在していたらしい。未知の生物か。
「生物嫌避剤をだそう。風船が膨れるから、怖がるだろう」
魔女は袋を開ける。竜の形で膨らむ風船が入っているらしい。それで退治できるのか。アカリーヌは狭い通路を見つめた。猫はいるはずだが、大型の獣はみたこともない。




