美容術対決の一回戦が決着
美容術の対決も最終日。コマチが遊びに来た。正確には椿油を買いに来たのだ。
「椿油が安いから。うん、商店街はなんでも高いよね」
竜の涙より、椿油が売れる。たしかに樽を持って歩くのは女性としてなんぎだろう。
「有ったよね。お洒落な陶器に入った椿油が。美容品は高いのがいいのかなー」
「付加価値らしいけど。他人へ見せるものじゃないしね。中身が同じなら、私は安くてもいい」
なるほど、コマチは浴衣の帯には凝っているらしい。農園の嫁とかで、屋敷だけ構える子爵家令嬢のアーホカよりは豊かな生活をしていた。財力や影響力ではコマチの農園が強い大人の事情があるらしい。
「あのれいじょうは、いつも営業して歩いてる。だから、お客も多いはずだよ」
「営業も必要かなー。ちょっと、フーモト地方からは遠いし、夕方になるから」
仕事中に営業して歩くわけにもいかない。ただ、アーホカの施術へ、いつも客が並ぶ理由は分かったきがした。
客とのコミュニケーションみたいなことをしていると、ダニエルがやってきた。
(3時ごろは迎えにくるけど、ハルナ様へ会うのを楽しんでるんだよ)
「きのうはおおきに」
お喋りを始めた。コマチも若い貴族に興味を持ったのだろうか。話の間に入り込む。
「弟様ですか。あのキューりはいかがでしょう。うちの農園で採れましたのよ」
「これは新鮮そうですな。市場にも置きたい」
大人ぶるダニエル。姉としては、一日で変わるわけもないと思う。コマチにとっては商売のチャンスのようだ。
「ぜひとも。アカリーヌ様の弟様なら、フーモト地方でございましょう。荷馬車で、朝のうちにお届けいたせますのよ」
(なるほど。これが営業というものなんだね)
ハルナがライバル意識を持ってしまったらしい。
「よろしいおまんなー。市場はアカリーヌ様が仕切ってるようやでー。話したらよろしー。なーダニエル様」
「よろしゅうに。姉上のご判断を承りとうございます」
ダニエルも威厳は持ちたいが、ここで、姉に逆らわないのが賢明と考えたようだ。
「結局は母です。ま、話しておきましょう。婦人会の集まりでは王都へ出かけるはずです」
「婦人会の幹事をなさってるアリス夫人が、そうでしょうか。フーモト地方だと」
「うん。貴族付き合いよりは良いとの考えらしい」
「いやいや、こっちこそ。やはり違いますよ、貴族の方が仲間におりますと」
雑談をしている間にも、3時の鐘が鳴り、キャリロン王女たちが現れた。
「アカリーヌ。ニーバンとは知り合いか?」
まっすぐな性格だ。
「市場のお客さまでございます。たまに見かけると話すような仲でございます」
「そうか。恋することは良いことじゃ。女が綺麗になれる特効薬であろう」
(恋といえばこいかな。男女の仲をすぐに恋愛へ結びつけるのが普通なのか)
「さようでございますか」
(蹴飛ばしたことで、次に話すときはどうしようか迷ってもいるけどさー)
「あれはな。蹴飛ばすぐらいがいい男じゃ。相談にのるぞ」
(詳しく聞きたいような、知らなくていいような)
「いえいえ。あの。そろそろ施術の準備を」
元の婚約者とはいえ、あからさまに言いすぎも問題だろう。公私混同などは考えないらしい。やはり自分の思いのままに行動したい王女様だ。
「そうじゃった。最終日じゃ」
キャリロン王女は周りへも合図する。いよいよ、美容術の対決が本格的に始まるのか?
それより、サナエも巻き込むはずの恋愛模様がこじれるのか。いまは、考えないでおこう。十万円をかけた施術が始まろうとしていた。
イザベルとシラベルに伴われてエマたちが現れる。胸の大きく開いたドレスで、舞台演劇風とも思えた。
マームが小声で教える。
「きょうは昼間に講演があったそうでございます。急いで来られたのかと」
「舞台は厚化粧をすると聞いてるけど。落としたのね。それで」
クレンジングはしたはず。それでも、必要なのか。まずは肌を見てからだと思う。
エマは未だ舞台の余韻で緊張しているようだ。
「あの、竜の涙とかいうの。気持ちが安まるから楽しみにしておりました」
「温熱はリラックスしますでしょう」
「そうだね。それより、初登城祝いは華やかだったでしょう」
「華やかというより、王女様の前で男を蹴飛ばしましたが」
「お転婆な令嬢だこと。だれかしら」
「私です。聞きます?」
「これは失礼。というより、シリアスな演技をしたので、喜劇みたいな話を聞きたいところよ」
それなら、とニーバンと踊ったことを話す。
「イケメンでしたから、まわりの嫉妬みたいな視線もありましたねー」
「演劇より面白いね、貴族たちは」
エマも柔和な顔になり、なにかを思いだしたように笑う。
「王女様も良く言ったって感じだね。へえー、威張ってるだけじゃない」
「あんがいね。いや、聞いてるかも」
イザベルたちと並んで審査席に座るのに気づいた。
「楽しそうじゃな。リラックスするのは良いことじゃ。まだ施術は始まらないか」
たしかにそうだが、肌を観察もしていた。軽くマッサージするだけで良いだろう。コミュニケーションを取るのも施術するときの基本だ。
美容術で顔面マッサージは肌の刺激で皮下細胞を壊す恐れもある。血液循環が良くなることで肌の代謝は良くなるが、顔の筋肉を鍛えるわけでもない。化粧水で角層を柔らかくしてから、オイルやクリームなどを使って滑りをよくしてからマッサージ。たぶん施術している人は、素人が思うより軽く触れている。
アカリーヌはいつもより軽く丁寧に施術する。
「デコルテもできるかな。ちょっとやりにくいし」
エマは自分の手で鎖骨へするのが苦手のようだ。
「よろしいですよ。ちょっとあれですが」
胸元まで濡れるかもしれない。マームにタオルをお願いして、エマの胸を覆う。耳の下から肩先へと、鎖骨の窪みまで軽く摩る。ちょっと白い粉が残ってたが、すぐに指先で取れた。自分でやるときは反対の手でやりやすい。首と肩の付け根にリンパ節があり、鎖骨はそこへむけて摩る。
「逆だったかな。こう、撫でおろしてた」
「リンパの流れはそうですが、刺激にはなると思いますよ。左側と、できれば、脇などにも大切なリンパ節がありますから」
軽くさすれば、リンパ液を刺激することになるだろう。
リン波念力とは、リンパマッサージのことだ。皮膚を押せば、へこむ位置にリンパ管はある。軽く摩っても刺激を受ける場所だ。アカリーヌが施術するリンパマッサージは、鎖骨リンパ節からはじまり、耳のうしろから鎖骨へ。耳の前から後ろへまわし、鎖骨へ。顎の下から耳の後ろへ。顔は中心から耳の前へ。頬骨あたりから顎へ。こうして、最初に戻る。やりかたには、別の方法もあるらしい。初めて、鎖骨からを公開したわけだ。
エマはアカリーヌが気に入ったようだ。
「椿油もな。商店街で買い求めた。お洒落な瓶にはいっていた」
「やはり、容器もたいせつでしょうか」
「インテリアになる。アカリーヌは飾りが嫌いか」
「そうですねー。高いのはちょっと」
「輸入したカメリアオイルより椿油は安いものだ。やはり女はお洒落がいい」
コマチも浴衣にはこっていた。
「竜の涙も、樽では売れないからね」
「化粧水もお洒落なもの。フモート地方では手軽に使えるのか」
「湧水ですから。使おうと思えば」
源泉の場所で施術も考えるが、田舎だ。
「もっと流行れば、フモート地方へお客様を呼ぶことも可能になるはずだ」
心強いファンができた。リン波念力も、美容術のライバルは多いし、竜の涙を売るのがいいのか。あとひと工夫は必要だと感じた。
アーホカの施術も終わったらしく、キャリロン王女が立ち上がる。
「勝者を決めるときがきた。施術者とモデルは観客の前へでよ」
はたして、今度の美容術対決に隠されたテーマは何かも明かされるのだろうか。
イザベルがエマたちの肌をチェックする。
「無難です。舞台化粧のあとが、どう影響を与えるか見たかったが、さすがだ」
シラベルも調べてから、眼鏡を外して言う。
「日頃スキンケアをしてるプロの方たちだ。施術者が、やりすぎてしまうこともある。それがテーマだった。うまくゲストのことも考えいる。互角かな」
「そうなると、王女様のご判断に任せよう」
イザベルが言うと、キャリロン王女は前に出た。
「両者とも見事じゃ。あとは、エンターテインメント性じゃな」
いかに大衆を楽しませたか。地味な施術にあるのだろうか。
「やはり、流行りを作ることか」
「それなら、果実のサービスでしょ」
イザベルとシラベルの意見は一致した。
(それかよー。私も乗ってしまっているし)
アカリーヌは内心で焦る。技術だけでは商売にならないらしい。リン波念力も、ずば抜けて良い訳ではないようだ。
キャリロン王女は高々に宣言する。
「ケイヒキュウシュウ美容術の勝利じゃ。拍手いたせ」
アーホカとゲストが前へ招かれて、手を振る。拍手につられてアカリーヌも祝福はした。
(未だ素人なんだよ、私も。美容術で商売をするのも難しい)
簡単に千マニーは手に入らないらしい。
(相手と勝負する駆け引きも必要なんだよ)
エマが拍手しながら声をかける。
「いい勝負だったね。演技も同じ、観衆に受けるか、だから」
「エンターテインメント性はねー。考えてなかった」
「結局は技術かな。舞台では同じ役でも役者によってちがう」
「なんとなく、わかるけど」
「だから、舞台の演技も結局は技術。アカリーヌの柔らかなタッチはまねできないよ」
「そうかなー。誰でもできるのがリン波念力だけど」
「自分じゃ分からないか。とっても柔らかいよ。それがパフォーマンスとして表現できたらエンターテインメント性があると思う」
一緒に交流して友達感覚もできている。
「試してみるよ。派手な演出は無理だし、技術を磨くしかない」
魔女が話していた、リン波念力の奥義を教えてもらうときが来た。
(私らしくもないか。お転婆になれば良いのかな)
施術と言うことで、真面目にやりすぎたかもしれない。竜の涙を化粧水として使う方法を思いついたような発想が、いま欲しいところだ。




