第5話:魔王軍、動く
王城を「強制執行」で接収してから3日が過ぎた。
王都は今、蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていた。
街中に設置された警鐘が、けたたましく鳴り響いている。
カンカンカンカンッ!!
「て、敵襲ーッ! 魔王軍だァ!」
「数は!? 数はどれくらいだ!?」
「地平線を埋め尽くしている! およそ5万! オークの主力部隊だァ!」
市民の悲鳴がこだまする。
王都の北門前には、かつて王国最強を誇った騎士団が集結していた。
だが、その光景はあまりにも惨めだった。
「さ、寒い……」
「おい、誰か剣を持ってないか? 俺のは回収されちまって……」
「俺なんか鍋の蓋だぞ……」
彼らの装備は、先日の「未払い返品騒動」ですべて消滅している。
ある者はパンツ1丁、運の良い者でも農民から借りた粗末な服を着ているだけ。
手には剣の代わりに、木の棒や調理器具。
これでは戦争どころか、農村の喧嘩祭りだ。
城壁の上で、元・国王アルマン7世が青ざめた顔で震えていた。
彼もまた、王冠を没収され、薄汚れたローブ1枚を羽織っている。
「れ、レオナルド殿! レオナルド殿はおらぬか!」
元国王が叫ぶと、背後から私が姿を現した。
完璧にプレスされたスーツに、磨き上げられた革靴。
この絶望的な戦場で、私だけが異質なほどの「日常」を纏っている。
「お呼びでしょうか、元・陛下」
「お呼びもなにも! 見ろ、あの軍勢を! 魔王軍がもう目の前まで来ておるのじゃぞ!?」
王が指差す先。
王都から2キロメートルほど離れた平原が、どす黒い影で覆われていた。
魔王軍だ。
巨大な戦斧を持ったオーク、空を舞うガーゴイル、そして後方には攻城兵器らしき巨体も見え隠れする。
その数、報告通り5万は下らないだろう。
対するこちらは、パンツ一丁の敗残兵が3000人。
勝負になるわけがない。
「レオナルド殿! そちは言ったな! 『国を黒字化させる』と! ここで国が滅べば元も子もないぞ! あの『物流システム』とやらで、奴らを吹き飛ばせんのか!?」
「吹き飛ばす? 野蛮ですね」
私は手元のタブレット端末(魔導板)を確認した。
画面には、複雑なグラフとタイムテーブルが表示されている。
現在時刻は、11時58分。
予定通り《オン・タイム》だ。
「安心してください。彼らは侵略に来たのではありません」
「は……? 何を言って……」
「ただの『大規模な商談相手』ですよ。少々、人数が多いですがね」
私はインカムに指を当て、指示を飛ばした。
「全車両、エンジン始動。ゲートオープン。プランB、『飽和給餌』作戦を開始する」
『了解!』
その瞬間。
王都の正門が、ギギギ……と重い音を立てて開いた。
「なっ!? おい、門を開けるな! 自殺行為だぞ!」
騎士たちがパニックになる。
魔王軍の先頭にいるオーク将軍も、予想外の展開に足を止めたのが見えた。
罠か? と警戒しているのだろう。
だが、門から飛び出したのは、武装した兵士ではなかった。
ブォォォォォォンッ!!
腹に響く重低音とともに現れたのは、銀色に輝く巨大な車列。
10トントラックの大部隊だ。
その数、およそ50台。
車体には大きく『レオナルド商会・物流部門』のロゴが描かれ、屋根にはスピーカーが搭載されている。
「な、なんだあの鉄の馬車は……!?」
元国王が腰を抜かす。
トラック部隊は猛スピードで荒野を爆走し、魔王軍の目の前まで突っ込んでいく。
轢き殺す気か?
いや、違う。
キキィィィィッ!
魔王軍の最前列からわずか10メートルの距離で、トラック部隊は一斉に急停車した。
土煙が舞う。
オークたちが武器を構え、殺気を放つ。
「グルルァァァッ! 人間どもめ、何の真似だ!」
オーク将軍が咆哮した、その時。
カシャッ。ウィィィィン……。
トラックの荷台が一斉に開いた。
中から現れたのは、兵器でも爆弾でもない。
湯気だ。
もうもうと立ち込める、白い湯気と、暴力的なまでに食欲をそそる香り。
「え?」
オーク将軍の鼻がピクピクと動く。
スピーカーから、軽快なジングルとともに、私の録音音声が大音量で流れた。
『――いらっしゃいませ! レオナルド商会です! 魔王軍の皆様、長旅お疲れ様でした! 当店自慢のケータリングサービス、ただいま到着いたしました!』
「は……?」
『本日のメニューは、特製厚切りステーキ、焼きたてパン、そしてキンキンに冷えたエールをご用意しております! なんと今なら、初回会員登録で【全品無料】! 繰り返します、全品無料です!』
「む、無料……だと……?」
オークたちの目が釘付けになった。
荷台の中には、山のように積まれた肉、肉、肉。
じゅうじゅうと音を立てて焼かれる鉄板。
樽から溢れる黄金色の酒。
魔王軍の兵站事情は知っている。
彼らは魔界から長い距離を行軍し、食料は尽きかけているはずだ。
カビた干し肉と泥水ですごしてきた彼らにとって、目の前の光景は、王都の城壁よりも遥かに強力な「壁」となる。
「くっ……だ、騙されるな! 人間の罠だ! 毒が入っているに決まっている!」
将軍が叫ぶが、後ろの兵士たちの腹が、雷鳴のように一斉に鳴った。
グゥゥゥゥゥ……。
5万人の空腹音。それはもはや地響きだ。
私は城壁の上から、拡声魔法を使って呼びかけた。
「毒など入れませんよ。私は商人です。未来の『お得意様』を殺すような真似はしません」
私はニヤリと笑った。
「さあ、まずは腹ごしらえといきましょう。戦争をするにしても、腹が減ってはなんとやら、でしょう? 契約書は食後で構いませんから」
トラックから、エルフやドワーフの従業員たちが笑顔で降り立ち、肉を配り始める。
1人のオークが、我慢できずに肉に飛びついた。
ガブッ。
「……う、うめぇぇぇぇッ!!」
その絶叫が、合図だった。
「うおおおおッ! 肉だァ!」
「酒だ! 酒を持ってこい!」
「人間最高! レオナルド商会万歳!」
5万の軍勢が、武器を放り投げ、トラック群に殺到した。
殺し合いではない。
ただの「巨大な立食パーティー」が始まったのだ。
「な、なんじゃこれは……」
元国王が、開いた口が塞がらないという顔で呟く。
パンツ一丁の騎士たちも、呆然とその光景を見下ろしている。
私は冷めた紅茶を一口飲み、シルヴィに告げた。
「さて、敵の胃袋は掴んだ。次は『頭』との商談だ。魔王城への直通転移ゲートを開け。……買収交渉《M&A》の時間だ」
戦わずして勝つ。
それが商人の流儀だ。




