表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
連載版『ポーションは自然に湧いてくるものだ』と本気で思っていた勇者パーティを追放されたので、補給線を全て遮断しました  作者: じょな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

49/53

第5章 第8話:死の並走、炎の棺桶と鋼の救急車

「熱い! 熱いぞ! どうなってるんだ!」

「窓が開かない! 誰か助けてくれ!」


ゴライアス号の客車内は、灼熱の地獄と化していた。

数分前まで、乗客たちは安酒を片手に、窓の外の景色を楽しんでいたはずだった。

だが今、彼らの目の前にあるのは、赤熱して変色した壁と、床の隙間から噴き出す白煙だった。


機関室で暴走した魔力熱が、冷却パイプを伝って客車にまで逆流し始めたのだ。

安物の断熱材は炭化し、有毒なガスを発生させている。

空調は停止し、密閉された車内の温度は五十度を超えていた。


「おい、止めてくれ! 降ろしてくれ!」


乗客の一人が、非常停止ボタンを叩いた。

だが、反応はない。

配線が焼き切れ、信号が遮断されているのだ。

それどころか、列車はさらに加速しているようにすら感じられた。

ガタガタガタガタッ!!

激しい振動で、天井のシャンデリアが落下し、悲鳴が上がる。

安普請の豪華な内装が、今や彼らを傷つける凶器となっていた。


「ママ……怖いよぅ……」

「大丈夫よ、きっと止まるわ……」


母親が子供を抱きしめるが、その腕も震えている。

窓の外を見る。

景色が異常な速さで流れている。

時速百二十キロ。

当時の人類にとって、それは「死」と同義の速度だった。

脱線すれば、木っ端微塵になる。

彼らは理解した。

自分たちが買ったのは、格安の切符ではなく、死への片道切符だったのだと。


          ◇


その頃、先頭の機関室では、ハンスが絶望の淵に立っていた。


「……駄目だ。制御不能アウト・オブ・コントロール


彼は呆然と呟いた。

目の前の圧力計は、ガラスが割れ、針がねじ切れている。

魔石炉の中は、太陽のコアのように白く輝き、直視できないほどの光を放っていた。

ニトロの過剰投与による、連鎖的な魔力核分裂。

もはや、燃料の供給を止めても反応は止まらない。

炉自体が燃料となって燃え尽きるまで、この暴走は続く。


「ハハハ! 見ろハンス! 最高速だ! 新記録だぞ!」


バルバロスが狂ったように笑っていた。

彼の顔は煤で汚れ、目は焦点が合っていない。

熱で脳がやられたのか、それとも恐怖で理性が焼き切れたのか。


「会長! もう限界です! ブレーキを……いや、機関車を切り離しましょう! 客車だけでも助けないと!」


ハンスが叫び、連結器の解除レバーに手を伸ばす。

だが、レバーはびくとも動かない。

熱で金属が膨張し、焼き付いているのだ。


「触るな! 切り離すだと? 俺を置いて逃げる気か!」


バルバロスがハンスを殴りつけた。

ハンスは床に倒れ込む。床板も熱い。火傷しそうだ。


「逃げ場なんてないんだよ! ……勝つんだ! このままゴールまで突っ走れば、俺たちの勝ちだ!」


バルバロスは、空になったニトロの瓶を炉に投げ込んだ。

カッ!

爆発的な閃光。

衝撃で車体が浮き上がる。

車輪が悲鳴を上げ、火花が窓の外を紅蓮に染める。


「……あぁ……神様……」


ハンスは頭を抱えた。

自分のせいだ。

金に目が眩み、プライドを売り渡し、こんな怪物を生み出してしまった。

娘の治療費のために作ったものが、数百人の命を奪おうとしている。

これが、技術を裏切った者への罰なのか。


その時だった。

轟音の中に、別の音が混じった。


フォン……。


低く、澄んだ音。

それは、地獄の底に垂らされた蜘蛛の糸のような、静謐な響きだった。

ハンスが顔を上げる。

割れた窓の向こう、黒煙の隙間から、漆黒の影が近づいてくるのが見えた。


『プロメテウス』。


レオナルド商会の最新鋭機が、まるで氷の上を滑るように、ゴライアス号の真横に並ぼうとしていた。

揺れていない。

暴れるゴライアス号とは対照的に、その黒い巨体は、定規で引いた直線のように安定していた。


「……部長?」


ハンスの目に涙が滲む。

幻覚かと思った。

だが、違う。

プロメテウスの側面装甲がスライドし、中から見慣れた顔が現れたのだ。


          ◇


「……ひでえ有様だな」


アレクセイは、プロメテウスの開口部から、並走するゴライアス号を見つめていた。

距離は三メートル。

相手は激しく蛇行している。

並の運転技術なら、接触して共倒れになる距離だ。

だが、レオナルドの操縦は神業だった。

相手の蛇行周期を読み切り、ミリ単位で位置を修正し続けている。


「ガルド、準備はいいか!」


「おうよ! いつでもいけるぜ!」


背後で、オークの将軍ガルドが、太い鎖のついた巨大なアンカー(錨)を構えている。

プロメテウスは、ただ並走しているのではない。

今から、走行中の列車同士を連結し、物理的に相手を捕獲しようとしているのだ。


「目標、ゴライアス号第三車両! デッキの手すりを狙え!」


「任せろッ!」


ガルドが咆哮し、アンカーを射出した。

ヒュンッ!

風を切り、鉄の爪が飛ぶ。

ガギィィィン!!

アンカーがゴライアス号の手すりに食い込み、鎖がピンと張る。


「捕まえた!」


「よし、引き寄せろ! ……魔導ウィンチ、全開!」


アレクセイがレバーを倒す。

プロメテウスに搭載された強力なウィンチが唸りを上げる。

二つの巨体が、無理やり引き寄せられる。

ガリガリガリ……!

接触寸前。

火花が散る。


「架橋展開! ブリッジを出せ!」


プロメテウスの床下から、厚さ十センチのミスリル製の板が伸びる。

それは、揺れるゴライアス号のデッキに突き刺さり、二つの列車を繋ぐ即席の橋となった。


「……行くぞ」


アレクセイは、ゴーグルを装着し、耐熱コートの襟を立てた。

ここからは、命知らずの時間だ。

時速百二十キロで走る二つの列車の間を、生身で渡る。

落ちれば、車輪に巻き込まれてミンチだ。


「俺も行く」


ガルドが続く。

二人の男が、揺れるブリッジを駆け抜けた。


          ◇


「な、なんだ!? 何が起きた!?」

「黒い列車だ! レオナルドの列車だ!」


ゴライアス号の乗客たちは、窓の外に現れた黒い影に釘付けになっていた。

そして、デッキのドアが強引にこじ開けられるのを見た。


バンッ!!


蹴り破られたドアから、煤だらけの男が入ってきた。

アレクセイだ。

彼は煙の充満する客車を見渡し、大声で叫んだ。


「レオナルド商会だ! ……全員、助けに来たぞ!」


その声は、絶望の淵にあった乗客たちにとって、天使のラッパのように響いた。

泣き叫ぶ子供、腰を抜かした老人。

彼らの目に、希望の光が戻る。


「だ、助かるのか……?」

「ああ。だが時間がない! ……女子供から順に、あの橋を渡って向こうの列車へ移れ!」


アレクセイは窓の外、架けられたブリッジを指差した。

激しく揺れる二つの列車。

その間に架かる、幅一メートルほどの板。

下を見れば、枕木が恐ろしい速度で流れている。


「む、無理だ! あんなところ渡れない!」

「落ちたら死ぬぞ!」


恐怖で足がすくむ乗客たち。

当然だ。

彼らは冒険者ではない。ただの市民だ。


「死にたくなきゃ渡れッ!!」


怒号が飛んだ。

ガルドだ。

巨体のオークが、怯える男の首根っこを掴み、無理やり立たせた。


「あの金色の棺桶に乗ったのは誰だ! 安さに釣られたのは誰だ! ……自分のケツぐらい自分で拭け! 怖けりゃ目を瞑って走れ!」


乱暴な言葉。

だが、その太い腕は、乗客の体をしっかりと支えていた。

ガルドは、子供を抱えた母親を軽々と抱き上げ、ブリッジへと運んだ。


「ほらよ、向こうに行けば、ウチの社員が待ってる。……冷たい水と、安全な椅子があるぜ」


ガルドが母親をプロメテウス側へ渡す。

向こうでは、シルヴィたちが手を伸ばして受け止めている。


「……ありがとう、ありがとう……!」


母親の涙声。

それを見て、他の乗客たちも覚悟を決めた。

ここにいても、焼け死ぬだけだ。

プライドも恥も捨てて、彼らは黒い列車へと雪崩を打った。


「急げ! どんどん送れ!」


アレクセイは交通整理をしながら、視線を前方へと向けた。

機関車だ。

そこには、元凶がいる。


「ガルド! 客の避難はお前に任せる! ……俺は先頭へ行く!」


「おい、死ぬ気か! あの機関車、もう爆発寸前だぞ!」


「だから行くんだよ! ……馬鹿な部下が乗ってるんでな!」


アレクセイは、客車を逆走し始めた。

熱気が増していく。

壁が歪み、床が波打っている。

第二車両、第一車両。

そして、機関車へと続く連結部へたどり着いた。


そこは、炎の壁だった。

機関車から噴き出す炎が、通路を塞いでいる。

アレクセイは、消火器のピンを抜き、白煙を撒き散らしながら突っ込んだ。


「うおおおおッ!!」


熱い。

髪が焦げる。

皮膚が焼ける。

だが、足は止めない。

扉を蹴り破り、彼は機関室へと飛び込んだ。


そこは、白い地獄だった。

視界を奪うほどの光と熱。

その中心で、ハンスが倒れていた。


「……ハンス!」


アレクセイが駆け寄り、胸ぐらを掴んで引き起こす。

ハンスは虚ろな目で彼を見た。


「……ぶ、部長……?」


「生きてるな! この野郎!」


バキッ!


アレクセイの拳が、ハンスの頬にめり込んだ。

乾いた音。

ハンスの目が大きく見開かれる。


「……痛えか? 痛えなら生きてる証拠だ!」


「なんで……なんで助けに来たんですか……。俺は裏切り者ですよ……。図面を盗んで、こんな……」


「うるせえ! 説教は後だ! ……立つんだよ!」


アレクセイはハンスを無理やり立たせた。

その時、奥から笑い声が聞こえた。


「ハハハ……誰かと思えば、コバンザメか」


バルバロスだ。

彼は操作盤にしがみつき、焼けただれた顔で笑っていた。


「残念だったな。……この列車は止まらない。俺たちは勝つんだ。……地獄の果てまでな」


「狂ってやがる」


アレクセイはバルバロスを睨んだ。

救う価値があるのか?

この男のせいで、どれだけの人が危険に晒されたか。

だが、レオナルドならこう言うだろう。

『死体からは金が取れない』と。


「……おい、おッさん。あんたも来い」


アレクセイは手を伸ばした。


「ふざけるな! 俺はゴライアスの王だ! ……誰が負け犬の世話になど!」


バルバロスは、近くにあったスパナを投げつけた。

アレクセイはそれを避ける。


「……勝手にしろ」


アレクセイはハンスを担ぎ上げ、出口へと向かった。

これ以上、議論している時間はない。

炉心融解メルトダウンが始まっている。

ボイラーが膨張し、リベットが弾け飛ぶ音が聞こえる。


「待て! ……待てよ!」


一人残される恐怖に、バルバロスの狂気が揺らいだ。

彼は這いずりながら追いかけようとしたが、熱で溶けた床に足を取られ、転倒した。


アレクセイは振り返らなかった。

彼がデッキに出ると、連結器が異様な音を立てていた。

焼き付き、癒着し、そしてねじ切れる寸前だ。


「……まずいな」


アレクセイは、担いでいたハンスを隣の客車へと放り投げた。


「ガルド! 客車側の連結器を切れ! 機関車だけ切り離すぞ!」


「おう! 任せろ!」


ガルドが巨大な斧を振り上げる。

客車側の連結器に向かって、渾身の一撃。

ガギンッ!!

鎖が断ち切られる。


その瞬間。

機関車が解放された獣のように、急加速した。

荷重が消えたことで、暴走のエネルギーが全て推進力に変わったのだ。


「うわあぁぁぁぁッ!!」


機関室に残されたバルバロスの絶叫が遠ざかる。

炎に包まれた機関車は、客車を置き去りにして、狂った速度で彼方へと走り去っていった。


取り残された客車は、慣性でしばらく走ったが、プロメテウスによって強力なブレーキをかけられ、徐々に速度を落としていく。


「……助かったのか?」


乗客たちが顔を見合わせる。

止まった。

振動がない。

窓の外、並走していた黒い列車が、優しく彼らを抱きとめるように停車していた。


「……終わったな」


アレクセイは、デッキにへたり込んだ。

全身が煤だらけで、火傷だらけだ。

隣では、ハンスが子供のように泣きじゃくっている。


「すいません……すいません……」


「……泣くな。みっともねえ」


アレクセイは、懐から潰れたタバコを取り出した。

火をつける必要はない。

くすぶる服の火種で、十分に煙が出た。


「……レオ。そっちはどうだ?」


通信機に話しかける。

運転席のレオナルドからの応答は、いつも通り冷静だった。


『ご苦労だった、現場監督。……全員回収したか?』


「ああ。……一匹、燃えるゴミを出ちまったがな」


『……そうか。清掃費は高くつくぞ』


レオナルドの声に、微かな安堵の色が混じる。


だが、事態はまだ収束していなかった。

前方、暴走して先行したゴライアス号の機関車。

その行く手には、大陸最大の難所、『大渓谷鉄橋』が待ち構えていた。

未完成の、そしてレオナルドたちがまだ強度試験を終えていない、魔の橋だ。


「……アレクセイ。まだ仕事は終わっていない」


レオナルドの声が鋭くなる。


『あの機関車が橋で爆発すれば、橋脚ごと崩落する。……そうなれば、この路線は今後十年間、不通になる』


「なんだと!?」


『追うぞ。……客車は切り離して置いていく。プロメテウス単機で、あの火の玉を止める』


「止めるって、どうやって!?」


『……ぶつけて、脱線させる』


アレクセイは息を飲んだ。

物理的な体当たり。

自慢の最高傑作を、ミサイルのように使う気か。


「……正気かよ」


『商人は、損をして得を取る生き物だ。……橋を守るためなら、列車一本安いものだ』


レオナルド商会の狂気は、まだ終わらない。

助けた客を降ろし、身軽になったプロメテウスが、再び咆哮を上げた。

目標、暴走機関車ゴライアス。

死の追いかけっこは、最終局面ファイナル・ラップへと突入する。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ