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連載版『ポーションは自然に湧いてくるものだ』と本気で思っていた勇者パーティを追放されたので、補給線を全て遮断しました  作者: じょな


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第5章 第1話:青き巨人の死角と、赤き模倣者の胎動

帝都の朝は、青い光とともに始まる。


東の空が白むより早く、各家庭の台所では魔導コンロのスイッチがひねられる。

チチチ、という小気味よい着火音。

青白い炎が、鍋底を均一に温め、数分とかからずに湯を沸かす。

薪を割る必要もなければ、煤で顔を汚すこともない。


「……おはよう。いい匂いだ」


食卓についた父親が、焼き上がったばかりのパンを手に取る。

魔導オーブンで焼かれたパンは、外はカリッと、中はふっくらと仕上がっている。

母親は、冷蔵庫から冷えたミルクを取り出し、グラスに注ぐ。

真夏でも氷室いらずで食材を保存できるその白い箱は、かつては王族だけの特権だったが、今では中流家庭の標準装備となっていた。


「行ってきます!」


子供たちが学校へ飛び出していく。

彼らの服は、全自動洗濯機で洗われ、清潔な香りがする。

母親はそれを見送りながら、掃除機のスイッチを入れる。

ヴゥゥゥン……という低い駆動音とともに、床の塵が吸い込まれていく。


これら全ての製品の側面には、小さなロゴマークが刻印されている。

歯車と杖を組み合わせた、深青のエンブレム。

レオナルド商会の社章だ。


わずか数年。

たった一人の商人が現れてから、この世界の生活水準は劇的に向上した。

魔法は特権階級の秘術から、大衆のための日用品へと姿を変えた。

人々はそれを「レオナルド革命」と呼んだが、今ではその言葉を使う者は少ない。

なぜなら、それはあまりにも当たり前の日常となり、空気のように意識されない存在になっていたからだ。


          ◇


帝都中心部。レオナルド商会本社ビル、最上階。

全面ガラス張りの会長室から、レオナルドは眼下の街を見下ろしていた。


「……平和だな」


彼は極上のコーヒーを一口啜り、独りごちた。

街を行き交う人々、立ち並ぶ商店、遠くに見える工場の煙突。

その全てが、彼の手がけたインフラによって動いている。


「本日の収支報告です、会長」


秘書のシルヴィが、分厚いファイルをデスクに置いた。

彼女の足取りは軽く、その表情には微かな自信が漂っている。


「家電部門、前月比百五パーセント増。特に新型の魔導扇風機が、南部の熱波特需で爆発的に売れています。物流部門も好調。ガルド将軍のトラック部隊は、今や帝国の血流そのものです」


「……順調すぎるな」


レオナルドはファイルをめくった。

右肩上がりのグラフ。圧倒的なシェア。

競合他社は存在するが、技術力の差は歴然としている。

レオナルド製品は「壊れない」「高性能」「美しい」という絶対的なブランドを確立していた。


「何か、懸念材料は?」


レオナルドが問う。

シルヴィは一瞬だけ表情を曇らせ、別の薄いファイルを差し出した。


「懸念というほどではありませんが……最近、カスタマーサポートに奇妙なクレームが増えています」


「クレーム?」


「はい。『買ったばかりの掃除機がすぐに壊れた』『コンロの火が爆発した』『冷蔵庫が冷えないどころか熱くなる』……といった内容です」


レオナルドは眉をひそめた。

あり得ない。

彼の製品は、出荷前にアレクセイ率いる品質管理部が徹底的な検査を行っている。

初期不良率は一万分の一以下だ。


「顧客の使い方が悪いのか?」


「いえ、それが……。回収した製品を調べてみると、奇妙なことが分かりました。外見は我が社の製品そっくりなのですが、内部構造がデタラメなのです」


「デタラメ?」


「魔力回路が断線していたり、耐熱素材の代わりに普通の鉄板が使われていたり……。まるで子供が作った工作のような」


「……偽物か」


レオナルドは鼻を鳴らした。

人気商品には偽物がつきものだ。

有名画家の贋作が出回るように、レオナルド製品のブランド力に便乗しようとする輩は後を絶たない。


「法務部に対応させろ。意匠権の侵害で警告文を送れ。……悪質なようなら、衛兵に通報して工場ごと潰せ」


「承知いたしました」


シルヴィが退室していく。

レオナルドは再び窓の外に視線を戻した。

偽物など、所詮は日陰に咲く徒花だ。

本物の輝きの前では、すぐに枯れて消え去る運命にある。


そう思っていた。

この時の彼は、まだ知らなかったのだ。

その徒花が、強烈な毒を撒き散らしながら、根を張り、光を遮り、やがて庭園そのものを飲み込もうとする「赤い雑草」であることを。


          ◇


その日の午後。

開発部長のアレクセイは、帝都の下町にある市場を歩いていた。

最新の市場調査だ。

現場の声を聞き、次の製品開発に活かす。それが彼のルーチンだった。


活気あふれる市場。

野菜、肉、魚、そして日用品が所狭しと並べられている。

その一角に、妙な人だかりができていた。


「さあさあ、見てってよ! 話題の最新家電だよ!」


ダミ声の男が、粗末な台の上で商品を掲げている。

赤い箱に入った魔導コンロだ。


「レオナルド商会のコンロは金貨十枚! でもウチなら金貨三枚! たったの三枚だよ!」


「ええっ、そんなに安いの?」

「でも、偽物じゃないのかい?」


主婦たちがざわめく。

男はニヤリと笑い、コンロのスイッチを入れた。

ボッ!

青い炎が勢いよく噴き出す。


「見ろよこの火力! 本家と変わらないだろ? 湯だってすぐに沸くぜ!」


「あら、本当だわ」

「形もそっくりね。……ちょっとロゴの色が違うけど」


「ああ、これは『姉妹ブランド』ってやつさ! 工場からの直販だから安いんだよ! 中抜きしてる本家とは違うのさ!」


男の巧みな口上に、主婦たちが財布を開き始める。

アレクセイは人混みをかき分け、最前列に出た。

そして、台の上のコンロを凝視した。


(……似てるなんてもんじゃねえ)


形状、サイズ、スイッチの位置。

すべてがレオナルド製品のコピーだ。

だが、決定的に違う点が一つある。

ロゴマークだ。

レオナルド商会の「青い歯車」に対し、その製品には「赤い歯車」が描かれていた。

そして、その下には『GOLIATHゴライアス』という文字。


「おい、あんた」


アレクセイは店主に声をかけた。


「これ、どこの工場で作ってるんだ? レオナルド商会に姉妹ブランドなんてねえぞ」


店主は、アレクセイの着ている作業服(レオナルド商会のロゴ入り)を見て、露骨に顔をしかめた。


「へっ、本家の回し者かい? ……どこで作ろうが勝手だろ。客は安くて動くもんを欲しがってるんだ。邪魔すんなよ」


「動くかどうかの問題じゃねえ。……安全基準はどうなってる? 魔力漏洩テストは? 耐久試験は?」


「うっせえな! 理屈ばっかりこねやがって!」


店主が声を荒げると、周囲の客たちが冷ややかな視線をアレクセイに向けた。


「なによ、レオナルドの人?」

「自分たちの商品が高いからって、安い店をいじめるの?」

「独占企業はこれだから嫌なのよね」


アレクセイは息を飲んだ。

敵意。

かつては「生活を豊かにしてくれた」と感謝されていたはずの自分たちが、今や「既得権益を守ろうとする強欲な大企業」として見られている。


「……分かったよ。一つもらう」


アレクセイは金貨三枚を叩きつけ、赤い箱をひったくるように受け取った。

背後で、店主の「毎度ありー!」という勝ち誇った声と、客たちの嘲笑が聞こえた。


          ◇


本社ビルの地下にある開発ラボ。

アレクセイが持ち帰った「赤いコンロ」は、解体用の作業台に乗せられていた。

レオナルドとシルヴィも立ち会っている。


「……開けるぞ」


アレクセイがドライバーを握る。

外装のネジを回す。

その手触りに、彼は違和感を覚えた。

ネジが柔らかい。安物の鉄だ。強く締めればすぐに頭が潰れてしまうだろう。


カパッ。


外装が外れ、内部が露わになる。

その瞬間、アレクセイは絶句した。


「なんだ……これは」


レオナルドが覗き込み、目を細める。


「……酷いな」


そこに広がっていたのは、技術への冒涜としか言いようのない光景だった。

魔力回路に使われるべき高純度のミスリル線はなく、代わりに粗悪な銅線が乱雑に配線されている。

断熱材はあるにはあるが、ただの石綿を詰め込んだだけで、隙間だらけだ。

そして何より、心臓部である魔石が、廃材置き場から拾ってきたようなクズ石だった。


「回路設計はウチのコピーですが……部品があまりにも粗悪です」


アレクセイが震える声で解説する。


「銅線じゃあ魔力抵抗が高すぎて、すぐに熱を持つ。石綿の隙間から熱が漏れれば、外装が溶ける。……最悪の場合、魔石が暴走して爆発しますよ」


「だが、店では動いていたんだろう?」


「ええ。……『リミッター』を外してるんです」


アレクセイは、基板の一部を指差した。

本来なら安全装置がついているはずの場所に、太い銅線が直結されている。


「無理やり電流を流して、強引に火をつけてるだけです。……人間で言えば、心臓に興奮剤を打ち込んで全力疾走させてるようなもんだ。いつ死んでもおかしくねえ」


「……なるほど。それが『安さ』の秘密か」


レオナルドは、取り出した銅線を指先で捻り、千切った。


「安全装置を捨て、耐久性を捨て、素材をケチる。……それで動くなら、客にとっては『同じ商品』に見える」


「でも会長! これは詐欺ですよ! 犯罪です!」


シルヴィが憤る。

しかし、レオナルドは冷静に首を横に振った。


「法的にはグレーだ。……外見のデザインは微妙に変えてあるし、回路構造も『簡略化』という名の改変が加えられている。特許侵害で訴えても、裁判は長引く。その間に奴らは売り抜けるつもりだ」


レオナルドは、赤いコンロのロゴマークを見つめた。

ゴライアス。

旧約聖書に登場する巨人の名だ。

彼らは、レオナルドという巨人を倒すために、この名を冠したのか。


「……なにより厄介なのは」


レオナルドは呟いた。


「客がこれを『望んでいる』ということだ」


アレクセイが市場で感じた敵意。

それは、レオナルド商会の「過剰品質」に対する、大衆の無言の反発だった。

『百年使える鍋』よりも、『三年で買い替える安い鍋』を。

『絶対に安全な高価な機械』よりも、『そこそこ動く安い機械』を。

平和に慣れた人々は、安全というコストを軽視し始めていた。


「舐められたもんだな」


アレクセイが、怒りを噛み殺すように言った。


「俺たちが何年かけて、どれだけの実験を繰り返して、あのコンロを作ったと思ってるんだ。……それを、こんなガラクタと一緒にされちゃたまらねえ」


「同感だ。……だが、市場は常に正しい。客が安さを求めているなら、商人はそれに応えなければならない」


レオナルドは、バラバラになった赤いコンロをゴミ箱に放り込んだ。

ガシャン、という無機質な音。


「アレクセイ。……鉄道はどうだ?」


唐突な問いに、アレクセイは顔を上げた。


「鉄道? ……ああ、順調だ。来月には大陸横断線の開通式ができる。……まさか、鉄道もパクられるって言うのか?」


「小物家電ならまだいい。だが、鉄道のような巨大インフラに、こんな思想が入り込めば……数千人が死ぬ」


レオナルドの瞳に、鋭い光が宿る。


「ゴライアス商会。……背後に誰がいるかは知らんが、ただの小悪党じゃない。俺たちの『成功』を食い物にして肥え太る、寄生虫だ」


彼は窓の外、夕闇に沈む帝都を見下ろした。

街の灯りが一つ、また一つと点灯していく。

その中には、あの「赤いコンロ」の青い炎も混じっているのだろうか。

いつ爆発するとも知れない時限爆弾が、各家庭の台所に潜伏している。


「全面戦争だ」


レオナルドは静かに宣言した。


「技術を盗み、安全を売り渡し、市場を汚染する毒は、根こそぎ焼き払う。……アレクセイ、最高傑作を準備しろ。奴らが絶望するほどの『本物』を見せてやる」


「おうよ。……俺の魂、全部乗っけてやる」


アレクセイはニヤリと笑ったが、その目は笑っていなかった。

技術者としての誇りを汚された男の、静かなる殺意。


帝都の夜景は、いつもと変わらず美しかった。

だが、その光の裏側で、青と赤の色彩が混じり合い、濁り始めていることに、まだ誰も気づいていなかった。


忍び寄る赤い影。

それは、レオナルド商会が初めて直面する、「見えない敵」との泥沼の消耗戦の幕開けだった。


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