表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
連載版『ポーションは自然に湧いてくるものだ』と本気で思っていた勇者パーティを追放されたので、補給線を全て遮断しました  作者: じょな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/53

第4章 最終話:煙突の煙と、聖女の「初任給」

一ヶ月後。

北の空を覆っていた鉛色の雲は消え、代わりに灰色と黒の混じった「煤煙」が空を覆っていた。


カン! カン! カン!


朝も早よから、ハンマーが鉄を叩く音が響き渡る。

かつて静寂に包まれていたルメラ地方は今、レオナルド商会直轄の「一大工業地帯」へと変貌を遂げていた。

魔界から輸入した資材、オーク族の重機、そしてドワーフの技術指導。

それらが、死にかけていたこの地に、暴力的なまでの活力を注入していた。


「おーい! 3番溶鉱炉、火力が足りねえぞ! 魔石をくべろ!」


現場監督のアレクセイが、ヘルメットを被って怒鳴っている。

その顔は真っ黒に汚れ、目の下のクマも酷いが、その表情は生き生きとしていた。


「へいよ! まったく、人使いが荒いぜ!」


幼馴染のトマが、汗だくでスコップを振るう。

かつて「働きたくない」と言っていた男の腕には、新しい筋肉がつき始めていた。


休憩のベルが鳴る。

作業員たちが一斉に食堂へなだれ込む。

メニューは相変わらず「黒小麦のパン」と「乾燥肉のスープ」だ。

決して美食ではない。ジャリジャリするし、硬い。

だが。


「……うめえ」


アレクセイの母親が、スープにパンを浸しながら、しみじみと呟いた。

彼女もまた、工場の食堂係として雇われている。


「自分で稼いだ金で食う飯は、味がするねぇ」


「だろ? 母ちゃん」


アレクセイが笑い、泥だらけの手でパンを齧る。

タダで配給されていた頃の「虚ろな満腹感」はもうない。

ここにあるのは、労働の対価として勝ち取った「生存の実感」だ。


          ◇


一方、丘の上に新設された白亜の建物。

『レオナルド・メディカルセンター』。


「本日の診療はここまでです。……お大事になさってください」


院長室で、エレナが深々と頭を下げた。

彼女の目の前には、遠方の国から訪れた貴族の婦人が座っている。

婦人は、長年の持病をエレナの魔法で完治させられ、涙を流して感謝していた。


「ありがとう、聖女様! これはお礼です!」


婦人が差し出したのは、革袋に入った大量の金貨だ。

かつてのエレナなら、「お金なんて汚らわしい」と拒絶していただろう。

だが今の彼女は、白衣のポケットから「請求書」を取り出し、事務的に、しかし丁寧に受け取った。


「ありがとうございます。……確かに、受領いたしました」


貴族が去った後。

エレナは、手のひらに残った金貨の重みを確かめた。

ズシリと重い。

それは、彼女の技術への評価であり、彼女が背負った借金を返すための「力」だ。


「……どうだ、初めての『給料』の味は」


背後から声がした。

オーナーであるレオナルドだ。彼は定期監査のために訪れていた。


「会長……」


エレナは金貨を見つめたまま、微かに微笑んだ。


「不思議ですね。……昔は、みんなが『ありがとう』と言って祈ってくれました。でも、今のほうが……この冷たい金属を受け取った時のほうが、胸が温かいんです」


「当たり前だ。感謝は空気だが、金は『責任』だからな」


レオは窓の外、黒い煙を上げる工場群を見下ろした。


「貴女が稼いだこの金が、あの工場を動かし、彼らのパンになる。……貴女の魔法は、もう誰かの未来を食いつぶしていない。堂々と胸を張れ、院長」


「はい。……完済まであと100年かかりますが、頑張ります」


エレナは金貨を金庫にしまい、次のカルテを手に取った。

その横顔は、もう儚い聖女ではない。

一人の逞しい「職業人」の顔だった。


          ◇


夕暮れ時。

工場の屋上で、レオとアレクセイは並んで缶コーヒーを飲んでいた。


「……なあ、レオ」


「なんだ」


「アンタ、これからどうするんだ? ルメラも復興したし、借金も順調に返済中だ。……また暇になるんじゃないか?」


アレクセイが茶化すように言う。

確かに、この星において、レオナルド商会の敵はいなくなった。

魔王も、神も、聖女も、すべて彼の経済圏に組み込まれた。

地上の富は、すべて彼の手の中にある。


レオは缶を揺らし、残りを飲み干した。

そして、ゆっくりと視線を上げた。

工場の煙の向こう。

夕闇が迫り、一番星が輝き始めている。


「……アレクセイ。あの星、いくらで買えると思う?」


「はあ? 星?」


アレクセイが呆れて空を見上げる。


「アンタなぁ……。地上を買い尽くしたからって、次は宇宙かよ」


「悪くないだろ。……この星の市場は、俺にはもう狭すぎる」


レオの瞳には、地上の景色は映っていなかった。

その目は、遥か彼方、未知なる銀河の相場を見据えている。


「準備しておけよ、土木事業部長。……次は、無重力で道路を作ることになるかもしれんぞ」


「勘弁してくれよ、ブラック企業が……」


アレクセイは溜息をつき、それでもニヤリと笑って、空き缶をゴミ箱に投げ入れた。

カラン、という乾いた音が響く。


風が吹いた。

煤と油と、焼きたてのパンの匂いがする風だ。

商人の戦いは終わらない。

欲望がある限り、市場は無限に広がっているのだから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ