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連載版『ポーションは自然に湧いてくるものだ』と本気で思っていた勇者パーティを追放されたので、補給線を全て遮断しました  作者: じょな


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第4章 第3話:暴落する信用

ガシャーンッ!!


鋭い破砕音が、神界デパートの静寂を引き裂いた。

会長室の防弾ガラスにヒビが入っている。

魔法障壁で防いだが、下界から投石された「魔力を込めた石」の衝撃は、物理的なダメージ以上に、精神的な重圧となって室内に響いた。


「……本日、12件目です」


秘書のシルヴィが、表情を殺して報告する。

彼女の指先は、ひっきりなしに鳴る通信端末(クレームの嵐)を処理するために、残像が見えるほど動いている。


「本店正面ゲートに、『人殺し商会』の落書き。第3倉庫への放火未遂。そして……メインバンクであるノーム銀行から、『融資枠の凍結』を通告されました」


「銀行まで、聖女様の信者になったか」


私は、冷え切ったコーヒーを口に運んだ。

味がしない。

窓の外を見下ろせば、デパートを取り囲むように群衆が押し寄せている。

彼らは買い物客ではない。

「悪魔レオナルドを追放せよ」「聖女エレナに謝罪しろ」と叫ぶ、正義に酔った暴徒たちだ。


ルメラ地方での「投石事件」は、編集された映像となって世界中に拡散されていた。

『貧しい老婆に石を投げさせた冷血漢』

『金のために、親子の絆を引き裂く守銭奴』


真実などどうでもいい。

世界は今、共通の敵(私)を叩くという娯楽に熱狂している。

株価は暴落し、私が築き上げた「信用」は、聖女の「清貧」の前に紙屑同然となった。


コンコン。


重苦しいノックの音がした。

入室許可を出す前に、扉が開く。

そこに立っていたのは、いつもの作業着ではなく、くたびれた私服姿のアレクセイだった。

顔色は土気色で、目の下には深い隈ができている。


「……アレクセイか」


私は、机の引き出しから用意していた封筒を取り出した。

中には、彼が一生遊んで暮らせるだけの「特別退職金」が入っている。

彼が何を言いに来たのか、商人の勘でわかっていたからだ。


「怪我はどうだ。……母親とは、話せたか?」


アレクセイは目を合わせない。

視線を床に落としたまま、乾いた唇を開いた。


「……レオ。俺、辞めるわ」


「そうか」


「引き止めないのかよ」


「心が死んだ人間を雇っておくほど、ウチは慈善事業じゃないんでな」


私は努めて冷徹に振る舞い、封筒をデスクに滑らせた。


「退職金だ。お前がウチの土木事業部で稼ぎ出した利益の1%。……これだけあれば、ルメラの村人全員を養ってもお釣りが来る」


金だ。

最後は金だ。

これがあれば、彼は母親に楽をさせられる。聖女に頼らなくても、自分の力で家族を守れる。

それが、私なりの最大限の誠意であり、友情の証だった。


だが。

アレクセイは、その封筒を見ようともしなかった。


「……いらねえよ」


「なんだと?」


「いらねえって言ってんだよ! そんな『汚い金』は!」


バンッ!

アレクセイがデスクを叩いた。

その目から、堪えていた涙が溢れ出す。


「母ちゃんは言ったんだ。『お前が送ってくる金は、誰かを騙して奪ったものじゃないのか』って! 俺が……俺が誇りを持って作った道路も、橋も! 母ちゃんにとっては『悪魔の商売道具』でしかなかったんだ!」


「それは誤解だ。お前の仕事は……」


「結果が全てだろ! 違うか、会長!」


アレクセイの咆哮が、私の言葉を遮る。


「俺たちが『豊かさ』を押し付けたせいで、貧しい人たちは自分が惨めだと気づいちまった! 聖女様のとこには『格差』がねえんだよ! 金持ちも貧乏人もいない、みんな平等なんだよ!」


彼は、首から下げていた社員証を引きちぎり、デスクに叩きつけた。


「俺はルメラに帰る。……金なんか使わずに、汗水垂らして、畑を耕して母ちゃんと生きる。それが、俺の罪滅ぼしだ」


「アレクセイ。行けばお前は、思考を奪われた家畜になるぞ」


「それでもいい! 金持ちになって親に憎まれるより、家畜でも笑い合える方が幸せなんだよ!」


彼は踵を返し、ドアへと向かう。

デスクに残された、手付かずの金貨の詰まった封筒。

それが、私の商売人としての敗北を決定づけていた。

金で解決できない問題はないと思っていた。だが、金そのものを「穢れ」として拒絶された時、私には何も残らなかった。


バタンッ。

扉が閉まる音が、心臓を握り潰すように響いた。


「……行かせて良かったのですか?」


部屋の隅、影の中から声がした。

監査役のアストライアだ。彼女は事の顛末を、能面のような表情で見つめていた。


「止めても無駄だ。今のあいつにとって、私の言葉は『悪魔の囁き』にしか聞こえない」


私は椅子に深く沈み込んだ。

右腕を失った。

いや、それ以上に、「自分のやってきたことは正しかったのか」という疑念が、胸に棘のように刺さっている。


「レオナルド。元・秩序の管理者として、一つ評価を伝えましょう」


アストライアが、窓の外の暴徒たちを見下ろしながら言った。


「あの聖女の作るシステム……。『完成』されています」


「……皮肉か?」


「事実です。争いがなく、格差がなく、犯罪もない。全員が同じものを食べ、同じ場所で眠る。……それは、私がかつて数万年かけても成し得なかった、『完全なる平和』の形です」


彼女は冷徹に、私を見据えた。


「貴方の作る世界は、自由で豊かですが、残酷で、騒がしく、敗者を生み出します。……弱い人間が、疲れて『聖女の檻』に入りたくなるのは、生物として当然の選択かもしれません」


「お前も、聖女側につく気か?」


「私は契約を守ります。ですが……今の貴方には『商品』がない」


アストライアは、机の上の突き返された封筒を指差した。


「一番の親友にさえ、受け取ってもらえなかった。……今の貴方の『金』には、それだけの価値しかないということです」


部屋に沈黙が落ちた。

反論できなかった。

かつて世界を買収した金貨が、今はただの、冷たい金属片にしか見えない。


私は一人、誰もいなくなった会長室で、アレクセイが置いていった社員証を手に取った。

そこには、ヘルメットを被ってニカっと笑う、かつての相棒の写真があった。


「……上等だ」


私は社員証を握りしめた。

涙は出ない。ただ、腹の底から、冷たく重い怒りが湧き上がってくる。


「だったら証明してやる。……『清貧な楽園』とやらが、いつまで持つか。人間が、いつまで『欲』を捨てていられるか」


私はモニターを睨みつけた。

そこに映る聖女エレナの笑顔は、今や私にとって、世界を滅ぼす「死神」の鎌に見えた。


商会は半壊。信用は失墜。右腕は離反。

どん底だ。

だが、商人の戦いは、全てを失ってからが本番だ。


「見ていろ、アレクセイ。……お前が泣いて戻ってくるまで、俺はこの店を絶対に畳まんぞ」

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