第3.5章 第7話:『役員会議という名の「聖戦」』
「これより、レオナルド・エコノミック・グループ定例役員会議を始めます」
神界デパート・最上階の会議室。
秘書シルヴィの氷のような声が、開戦の合図だった。
長テーブルの上座には、会長である私が座っている。
そして、その左右と正面には、この世で最も恐ろしく、かつ美しい女性たちが陣取っていた。
右手に、魔界支社長・セレスティア(元魔王)。
左手に、神界監査役・アストライア(元女神)。
空気は重い。
彼女たちが放つ香水――「魔界の夜の香り(ムスク)」と「天界の清浄な香り(リリー)」――が、私の鼻先で激しく衝突し、見えない火花を散らしている。
「本日の議題は『会長の健康管理および、それに伴う新サービス』についてです」
セレスティアが先行した。
彼女は艶然と微笑み、資料(という名の誘惑)を滑らせてくる。
「ボス、顔色が悪いわ。……そこで提案なんだけど、魔界の火山地帯に『会長専用・貸切混浴温泉』を開発するのはどうかしら?」
「混浴……?」
私が眉をひそめると、セレスティアは身を乗り出し、私の耳元で囁いた。
「ええ。サキュバスのマッサージ付きよ。もちろん、開発責任者である『私』も、品質チェックのために同席するわ。……湯煙の中で、裸の付き合い(ミーティング)をしましょう?」
甘い。脳が溶けそうな提案だ。
だが、即座に反対側から「待った」がかかった。
「異議あり。不健全すぎます」
アストライアが眼鏡を光らせ、バインダーを机に叩きつけた。
「会長に必要なのは『休息』ではなく『メンテナンス』です。神界の最新医療ポッドを用いた『聖なる膝枕セラピー』を提案します」
「膝枕……セラピー?」
「はい。私の太もも……いえ、高性能クッションによる頭部への圧迫と、神聖魔法による耳かきで、脳の疲労を物理的に除去します。もちろん、施術者は国家資格(女神)を持つ私が行います」
アストライアが、タイトスカートの太ももを強調するように足を組み替える。
元魔王の色気と、元女神の聖母属性。
二方向からの波状攻撃に、私の理性が揺らぐ。
「ど、どちらも捨てがたいな……。商品化すれば、富裕層に売れるかもしれん」
私が商売人としての計算を始めた、その時。
ドサッ。
分厚い書類の束が、テーブルの中央に落とされた。
正面に立っていたシルヴィだ。
彼女の笑顔は、能面のように完璧で、それゆえに底知れぬ圧力を放っていた。
「……お二方とも、素晴らしいご提案(妄想)ですね」
シルヴィが書類をめくる。
「ですが、魔界温泉は『開発コスト過多』により却下。神界膝枕は『会長の就業規則違反』により却下です」
「なっ……! シルヴィ、あなた自分が一番近くにいるからって!」
「そうよ! 秘書という立場を利用した独占禁止法違反だわ!」
二人が抗議するが、シルヴィは涼しい顔で私のスケジュール帳を開いた。
「会長。本日の午後は、私と『倉庫の在庫確認』に同行していただきます。……暗くて、狭くて、誰も来ない倉庫で、二人きりでの『棚卸し』です」
シルヴィが私を見て、一瞬だけ――本当に一瞬だけ、頬を染めてウインクした。
「……みっちりと、数を数えましょうね?」
「「ズ、ズルイッ!!」」
元魔王と元女神の絶叫が響く。
私は苦笑してコーヒーを啜った。
商品開発会議は今日も踊る。
世界を支配した私の唯一の誤算は、この「最強の部下たち」を制御する術だけは、いまだに見つけられていないことだった。




