第1話:崩壊する前線、届かない補給物資
【祝・日間ランキング2位!&第2章開幕】
読者の皆様の熱い応援のおかげで、まさかの日間ランキング総合2位まで駆け上がることができました!
本当にありがとうございます。皆様からの評価ポイントこそが、作者にとって最強の「補給物資」です。
さて、個人の「ざまぁ」は終わりましたが、物語はここからが本番です。
第1章でレオを手放した勇者パーティは破滅しました。
では、レオを手放した「国家」はどうなるのか?
第2章のテーマは**『国家買収・経済戦争』**です。
• 剣や魔法ではなく、「請求書」で国を追い詰める。
• 魔王軍と戦うのではなく、「M&A(合併買収)」する。
桁違いのスケールでお送りする「大人の復讐劇」を、どうぞお楽しみください。
(※感想・レビューで「もっとやれ」と応援いただけると、レオの商魂がさらに加速します!)
王国の北端、対魔王軍最前線基地、ガラディア砦。
そこは今、腐った野菜の臭いと、男たちの絶望の溜息で満たされていた。
「隊長……今日の飯、これだけですか?」
部下の兵士が差し出した器を見て、私は言葉を失った。
器の底に張り付いているのは、泥のような色をしたスープと、石のように硬い黒パンの切れ端が一つ。
湯気すら立っていない。冷え切った油の膜が、不味そうに表面を覆っている。
「……文句を言うな。後方からの輸送が遅れているそうだ」
私は自分の分を部下の器に戻してやりながら、努めて低い声で答えた。
腹が鳴る。
もう三日、まともな食事をしていない。
胃袋が裏返りそうな空腹感が、常に思考を鈍らせている。
以前は違った。
数ヶ月前までは、この砦にも温かいシチューと、焼きたてのパンが毎日届いていた。
武器の手入れ用オイルも、傷薬も、清潔な包帯も、山のように積まれていたのだ。
だが、ある時期を境に、全てが止まった。
まるで蛇口を閉めたかのように、王都からの補給が途絶えたのだ。
「隊長! 第三部隊の連中が、腹痛で倒れました! 昨日の肉が腐っていたようです!」
衛生兵が血相を変えて飛び込んでくる。
私は奥歯を噛み締めた。
保存食の管理不備だ。
かつては『保存魔法』がかけられたコンテナで運ばれてきていたが、今の輸送隊はただの木箱を使っている。
途中の湿気と暑さで、到着する頃には食料の半分がゴミと化しているのだ。
「……わかった。動ける者だけで穴埋めしろ」
「動ける者なんていませんよ! みんな腹を下すか、装備の不具合で怪我してるかどっちかだ!」
衛生兵の叫びは正しかった。
私は自分の腰にある剣に手をやった。
ジャリ、と嫌な感触がする。
鞘の中で錆が進行し、抜けにくくなっているのだ。
支給されるはずの研磨剤も、防錆油も、ここ一ヶ月見ていない。
「おい、そこ! 何をしている!」
不意に、甲高い声が響いた。
砦の司令官室から、豪華なマントを羽織った男が出てくる。
王都から派遣された新しい連隊長、バルバロス伯爵だ。
丸々と太った腹を揺らし、彼は不機嫌そうに髭を撫でた。
「貴様ら、たるんでいるぞ! 魔王軍の斥候が見えたという報告があるんだ! さっさと出撃準備を整えんか!」
「……閣下。出撃と言われましても、兵士の半数は栄養失調で立てません。それに、予備の矢も底を尽きています」
私が進言すると、バルバロス伯爵は顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。
「言い訳をするな! これだから平民は! 『気合』が足りんのだよ、『気合』が! 勇者アレクセイ殿を見ろ! 彼は一人で魔王軍の幹部と渡り合ったんだぞ!?」
アレクセイ。
その名前を聞いた瞬間、周囲の兵士たちの空気が凍りついた。
かつての英雄。王国の希望。
だが、現場の古参兵たちは知っている。
アレクセイの活躍を支えていた影の功労者が誰だったのかを。
「……閣下。そのアレクセイ様も、今は行方不明だと聞いていますが」
「なっ……! 無礼な! 彼は今、秘密任務に就いているだけだ!」
伯爵は唾を飛ばしながら喚く。
違う。
噂は届いている。
勇者パーティは崩壊し、莫大な借金を抱えて離散したと。
そして、勇者パーティの物流を一手に担っていた『あの男』が、国を見限ったという話も。
レオナルド商会。
最近、王都で噂の巨大企業だ。
なんでも、金さえ払えばドラゴンすら即日配送してくれるという。
皮肉な話だ。
我々正規軍が飢えている間に、民間の商人が物流を支配しているとは。
ズウン……!
突然、地響きが鳴った。
遠くの森から、黒い土煙が上がる。
警報の鐘が乱打された。
「て、敵襲ーッ! 魔王軍だ! オークの重装歩兵団、数はおよそ三千!」
見張り台からの絶叫。
三千。
こちらの戦力は五百。しかも、半数が病人だ。
「ひ、ひえぇっ!」
バルバロス伯爵が情けない声を上げて尻餅をついた。
さっきまでの威勢はどこへやら、彼は真っ青な顔で私の袖を掴んだ。
「お、おい! なんとかしろ! 行け! 戦え! 私は司令官だぞ、後ろで指揮を執るからな!」
そう言うや否や、彼は司令官室へと逃げ込んでいった。
重い扉が閉まり、鍵のかかる音が響く。
残されたのは、錆びついた剣を持った我々と、絶望的な戦力差だけ。
「……隊長。どうします?」
部下が震える声で聞いてきた。
その瞳には、恐怖よりも、国への諦めが滲んでいた。
私は空を見上げた。
鉛色の雲が垂れ込めている。
「……盾を構えろ。ただし、無理はするな。逃げ道は確保しておけ」
「は?」
「こんなふざけた国のために、無駄死にする必要はない」
私は剣を抜いた。
赤錆だらけの剣身が、弱々しい光を反射する。
もし、今ここに『彼』がいたら。
レオナルドがいたら。
きっと、戦う前に完璧な陣地が構築され、全員に温かいスープが行き渡り、万全の状態で敵を迎え撃てただろう。
あるいは、戦わずして敵を撤退させる策すら講じていたかもしれない。
「(……戻ってきてくれ、なんて言えないな)」
彼を追い出したのは、この国の愚かな上層部だ。
そのツケを払わされるのは、いつも現場の我々だ。
「来るぞ! 衝撃に備えろ!」
オークの咆哮が近づいてくる。
地面が揺れる。
腹が減った。
温かいコーヒーが飲みたい。
衝突の瞬間、私の脳裏に浮かんだのは、愛する家族の顔でも、王への忠誠でもなく、ただ『温かい食事』への渇望だけだった。
ガラディア砦の陥落まで、あと二時間。
その敗報が王都に届く頃、この国の運命は決定的に変わることになる。




