第2.5章 第5話:潜入調査報告書:あの国は狂っている
報告者:帝国諜報部・特務工作員『影』
宛先:ガラディア帝国・軍務大臣殿
件名:アルバン王国への軍事侵攻に関する現地調査報告
【概要】
本官は、先月発生した「アルバン王国の政変(レオナルド商会による買収劇)」に乗じ、同国の弱体化を確認すべく潜入した。
結論から申し上げる。
**本国による軍事侵攻は、直ちに中止されたし。**
理由は軍事的な脅威ではない。もっと恐ろしい「文明の格差」がここにはあるからだ。
以下に、その詳細を記す。
【調査1:国境付近のインフラ状況】
当初、王国は財政破綻により荒廃していると予測されていた。
だが、国境を越えた瞬間、本官は我が目を疑った。
道だ。
ただの道ではない。平滑な黒い石で舗装された、馬車が揺れない「高速道路」が、地平線の彼方まで伸びているのだ。
我が帝国の街道は、雨が降れば泥沼になる。
だがここでは、農民の荷車ですら、滑るように高速で移動している。
この時点で、兵站速度において、我が軍は敗北している。
【調査2:王都の防衛戦力】
王都へ潜入した本官は、さらに信じ難い光景を目撃した。
城壁の修復現場に、あの凶悪な「魔王軍(オーク族)」がいたのだ。
私は即座に隠密行動に移り、彼らの動向を監視した。
彼らは人間を襲っているのか? 否。
彼らは……「ラジオ体操」をしていた。
『イチ、ニ! サン、シ! 今日も一日、安全作業でいくぞー!』
『『『オオオッ(御意)!!』』』
統率された動き。輝くヘルメット。
彼らの目には、殺気ではなく「今日もいい仕事をして、定時で帰るぞ」という健全な光が宿っていた。
通りすがりの老婆が、オークに飴玉を渡しているのを見た時、本官はめまいを覚えた。
恐怖による支配ではない。これは「信頼」による共存だ。
この国を攻めれば、我々は「人間と魔族の連合軍」という悪夢を相手にすることになる。
【調査3:経済および食料事情】
調査の最中、本官は空腹を覚え、下町の大衆食堂『大盛り亭』へ入った。
敵国の経済状況を知るには、末端の食事を見るのが一番だからだ。
私は一番安いメニュー『日替わり定食(豚肉の生姜焼き)』を注文した。
価格は銅貨5枚。帝国のパン1個分より安い。
「どうせ、クズ肉と麦粥だろう」
そう高を括っていた。
だが、提供された盆を見て、私は戦慄した。
白く輝く、炊きたての白米。
湯気を立てる、具だくさんの味噌汁。
そして、甘辛いタレが絡んだ、分厚い豚肉の山。
添えられたキャベツの千切りは、宝石のように瑞々しい。
恐る恐る口に運ぶ。
……衝撃が走った。
美味い。美味すぎる。
豚肉の脂と生姜の香りが、口内で爆発的な旨味の奔流となって押し寄せる。
気づけば私は、涙を流しながら白米をかきこんでいた。
隣の席では、作業着姿の男たちが笑いながらジョッキを傾けている。
「今月のボーナス、何に使う?」
「俺は新しい魔導冷蔵庫を買うよ」
……なんだ、この国は。
帝国では、兵士ですら硬いパンと薄いスープで耐え忍んでいるというのに。
ここでは、ただの労働者が、皇帝陛下のような食事をしている。
【結論】
大臣殿。
もし我が軍がこの国に侵攻すれば、何が起きるか。
兵士たちは、この国の「生姜焼き定食」を一口食べた瞬間、全員が武器を捨てて亡命するでしょう。
イデオロギーや愛国心で、この「圧倒的な福利厚生」には勝てません。
この国は、剣ではなく「豊かさ」という猛毒で、周辺諸国を侵食しようとしています。
よって、侵攻作戦は無謀です。
代わりに、私は一つの決断を下しました。
本官は、本日をもって帝国諜報部を辞職します。
先ほど、食堂の横にあった『レオナルド商会・警備部(経験者優遇)』の求人に応募しました。
初任給は、帝国の将軍職の3倍でした。
本国のご武運をお祈りします。
私は、この国で生姜焼きを食べて生きていきます。
以上。
(報告書はここで途切れている。裏面には、レオナルド商会の採用通知書が添付されていた)




