第10話:世界経済の支配者
王城の買収劇から、3年の月日が流れた。
かつてアルバン王国と呼ばれたその地は今、世界地図にはこう記されている。
『レオナルド経済特区』。
王都の中心には、王城よりも高くそびえ立つ、クリスタルガラスの摩天楼――レオナルド商会・グローバル本社ビルが鎮座している。
その最上階、会長室。
私は、窓の外に広がる「絶景」を見下ろしていた。
「……変われば変わるものだな」
眼下には、幾何学模様のように整備された道路網が走り、魔導トラックや乗合バスが行き交っている。
空には、コンテナを背負ったガーゴイル便が編隊を組んで飛び回り、地上ではオークと人間が肩を組んで酒場へと消えていく。
戦争はない。
飢餓もない。
あるのは、圧倒的な「物流」と、そこから生まれる「富」だけだ。
「会長、第4四半期の決算報告です」
背後から、ヒールの音が近づいてくる。
セレスティアだ。
かつての魔王は今、タイトなスーツに眼鏡をかけ、バリバリのキャリアウーマン(兼・魔界支社長)として手腕を振るっている。
「連結売上高は前年比150%増。特に『魔界観光ツアー』と『ダンジョン産レアメタル輸出』が好調ね。……あなたの言う通り、戦うより稼ぐ方が、ずっとエキサイティングだわ」
「だろう? 君には経営の才能があったんだよ、セレスティア」
私が笑うと、彼女は少し顔を赤らめて眼鏡の位置を直した。
「そ、そうかしら……。でも、部下たちが家を建てて、家族と笑っている姿を見ると……悪くない気分ね」
彼女の横で、シルヴィが紅茶を淹れながら微笑む。
かつては敵同士だった人間と魔族が、今や私のデスクを挟んで、次の事業計画を練っている。
これこそが、私が望んだ「征服」の形だ。
「ところで会長。本日のスケジュールですが、午後から『優良従業員表彰式』があります」
シルヴィがタブレットを差し出す。
そこに表示された受賞者リストの筆頭を見て、私は思わず噴き出した。
「……アレクセイ・ブレイブ。彼か」
「はい。現場監督からの推薦です。『文句は多いが、体力と根性は誰よりもある。あと、昼飯のハンバーグのために死ぬ気で働く』とのことです」
「ふっ、なるほどな」
モニターを切り替える。
映し出されたのは、建設現場の映像だ。
そこには、泥にまみれながら、新人作業員たちに熱く指導をするアレクセイの姿があった。
『いいかお前ら! 腰を入れるんだよ腰を! そうしないと腰痛めるぞ! あと安全確認《指差呼称》忘れるなよ!』
かつての聖剣の使い手は、今は「スコップの使い手」として、現場のリーダーになっていた。
その顔には、かつての傲慢な影はない。
あるのは、日々の労働に汗を流し、ささやかな給料と、週末のビールを楽しみに生きる、一人の労働者の顔だ。
彼は勇者にはなれなかった。
だが、この巨大な経済システムを回す、立派な「歯車」の一つにはなれたのだ。
それはそれで、幸せな結末と言えるだろう。
「……彼に特別賞与を出しておけ。金一封と、高級焼肉店の食事券だ」
「承知いたしました。きっと泣いて喜ぶでしょう」
シルヴィがクスクスと笑う。
私は椅子に深く腰掛け、再び窓の外を見た。
世界は私の手の中にある。
だが、商人の欲望に終わりはない。
「さて……地上の物流は制覇した。次はどこだ?」
私はデスクの上に広げられた、一枚の古びた地図に視線を落とした。
それは、かつてアレクセイたちが目指していた場所よりも、さらに高い場所。
『神界』。
「神々が住まう世界……。聞くところによると、あそこは『娯楽』が不足しているらしいな」
「……まさか、会長」
セレスティアが呆れたような、しかし期待を含んだ声を出した。
「次は神様相手に商売をする気?」
「なぜ驚く? 顧客がいるなら、どこへだって行くのが商人だ」
私は立ち上がり、ジャケットを羽織った。
「準備しろ、シルヴィ、セレスティア。新規事業の立ち上げだ。神々に、最高級の嗜好品とエンターテインメントを売り込みに行くぞ」
「ふふ、了解ですわ、社長……いえ、会長」
「全く、とんでもないボスを持ってしまったものね。……いいわ、付き合ってあげる」
二人の頼もしい部下を従え、私は歩き出した。
ポーションは自然には湧いてこない。
だが、知恵と行動力があれば、金はどこからでも湧いてくる。
私の「物流革命」は、まだ始まったばかりなのだから。




