第9話:王座の競売
王都の復興工事が、魔王軍(現・レオナルド建設)の手によって驚異的なスピードで進む中。
王城の「元・謁見の間」では、王国の歴史に幕を下ろす、最後の儀式が執り行われようとしていた。
かつて豪華絢爛だったその部屋は、今や見る影もない。
シャンデリアも絨毯も、借金のカタとして回収済みだ。
むき出しの石壁と、冷たい床。
そして、かつて玉座があった場所には、パイプ椅子が一つだけ置かれている。
そこに座らされているのは、薄汚れたローブを羽織った老人――元国王アルマン7世だ。
その周囲を、パンツ一丁の元大臣たちが、寒さと不安に震えながら囲んでいる。
「……これより、『アルバン王国・特別清算に伴う担保不動産競売』を執り行います」
司会進行役のシルヴィの声が、廃墟のような大広間に響いた。
彼女は事務的な口調で、手元の資料を読み上げる。
「本件は、債務者アルマン王家が債務不履行に陥ったため、債権者であるレオナルド商会が、担保として設定していた『王国の統治権』および『国土』を競売にかけるものです」
会場に集まったのは、大陸中から招待された豪商や、近隣諸国の外交官たちだ。
彼らは配られた資料を見て、ヒソヒソと囁き合っている。
「おい、聞いたか? 担保権の実行だってよ」
「ああ。レオナルドの奴、裏で国を操るだけじゃ飽き足らず、法的に完全に『自分のモノ』にする気だぞ」
「見せしめだな。借金を踏み倒した王家の末路を見せつける公開処刑だ」
そう、これは儀式だ。
私が裏で実効支配を続けることも可能だった。
だが、それでは「アルバン王国」という腐った看板が残り続ける。
新しい経済圏を作るには、古い看板を一度完全に叩き壊し、所有者が変わったことを世界中に知らしめる必要があるのだ。
「出品番号1番。アルバン王国。
資産:国土、国民、その他インフラ設備一式(※ただし老朽化激しい)。
負債:レオナルド商会への未払い金800億ゴールド。
……以上、完全な『債務超過』物件となります」
「800億の借金付き? 誰が買うんだそんなゴミ物件」
「買った瞬間に破産確定じゃないか」
囁き声が聞こえるたびに、元国王の肩が小さくなる。
これが、彼の国の現在の市場価値だ。
数百年の歴史も、王家の誇りも、貸借対照表の前では何の意味も持たない。
「それでは入札を開始します。最低落札価格は設定しません。どなたか?」
シルヴィが会場を見渡す。
沈黙。
誰も手を挙げない。
当然だ。この国を買うということは、私の会社への莫大な借金を背負うということなのだから。
「……いないようですね。では、このまま国は解体し、国土は切り売りすることに――」
「待った」
静寂を破り、私が手を挙げた。
会場の視線が一斉に集まる。
私は仕立ての良いスーツの襟を正し、ゆっくりとパイプ椅子の老人へと歩み寄った。
「私が買おう」
「レオナルド殿……!」
元国王が縋るような目で私を見る。
私は懐から、チャリ、と音をさせて一枚の硬貨を取り出した。
金貨ではない。
平民がパン一つ買うのにも躊躇うような、安っぽい銅貨だ。
「1ゴールド」
私はその銅貨を、元国王の膝の上に弾いた。
「え……?」
「それが今のあなたの国の値段だ。文句はあるか?」
会場がざわめく。
一国を、銅貨一枚で。あまりの侮辱。
だが、元国王は震える手でその銅貨を握りしめた。
文句など言えるはずがない。
誰も買わない不良債権を、引き取ってくれると言っているのだから。
「……文句など、あるものか……。頼む、この国を……民を、救ってくれ……」
涙を流して頭を下げる老人。
その瞬間、シルヴィが木槌を叩いた。
カーンッ!!
「落札! アルバン王国の所有権は、本日ただいまをもってレオナルド商会へ移転しました!」
拍手はない。
あるのは、時代の変わり目を目撃した者たちの、畏怖の混じった溜息だけだった。
私は元国王に退席を促し、空いたパイプ椅子――いや、新たな「トップの座」に腰を下ろした。
足を組み、青ざめる元大臣たちを見下ろす。
「さて、と。買収は完了だ。これより『経営再建会議』を始める」
私は指を鳴らした。
背後の壁に、巨大な組織図が投影される。
「まず、旧経営陣の一掃だ。ここにいる大臣、将軍、その他役職付きの貴族全員。……本日付で『解雇』とする」
「な、なんだと!?」
「我々がいなければ国は回らんぞ!」
パンツ一丁の元貴族たちが騒ぎ出すが、私は冷たく言い放った。
「勘違いするな。君たちがいたから国が傾いたんだ。君たちの代わりは、私の会社のAIと、優秀な魔族スタッフがいれば十分だ」
「そ、そんな……これからどうやって生きていけば……」
「安心しろ。再就職先は斡旋する」
私は窓の外、修復工事が進む城壁を指差した。
「あそこで魔族の下働きをする仕事がある。日給は銅貨10枚。実力主義だ。文句があるなら、結果を出してから言え」
衛兵(今はレオナルド商会の警備部員)が入室し、泣き叫ぶ元貴族たちを引きずり出していく。
腐った膿が消え、部屋の空気が澄んでいくのを感じた。
「これで綺麗になったな」
私は窓辺に立ち、眼下の王都を見下ろした。
王城の尖塔から、王家の紋章旗が降ろされていく。
代わりに掲げられるのは、黄金の天秤を描いた『レオナルド商会』の社旗だ。
風にはためくその旗を見て、私は静かに呟いた。
「今日からここは王国ではない。巨大な『経済圏』だ」
◇
同時刻。
王城の城壁下。
「おい新人! 手が止まってるぞ!」
オークの現場監督の怒号が飛び、アレクセイはビクリと肩を震わせた。
彼は今、崩れた石垣の撤去作業に従事させられている。
全身泥まみれ。かつての聖剣の代わりに、錆びたスコップを握りしめている。
「す、すみません監督……」
「『監督』じゃねえ! 『支店長代理』と呼べと言ったろ!」
「は、はい! 支店長代理!」
アレクセイは必死に石を運んだ。
ふと、頭上の気配に気づき、見上げる。
王城の頂上。
そこで旗が変わる瞬間が見えた。
見慣れた王家の旗が落ち、レオの会社の旗が誇らしげに翻る。
「あ……」
スコップが手から滑り落ちた。
遠い。
あまりにも遠い。
かつては背中合わせで戦っていたはずの幼馴染が、今は空よりも高い場所にいる。
「(俺は……何を間違えたんだ……?)」
隣では、元聖女のミリアが、サキュバスの事務員に書類の書き方を教わりながら、叱責されて泣いている。
元重戦士のガンツは、ドワーフの職人に力比べで負け、悔し涙を流しながらセメントを練っている。
そして自分は、かつて殺すべき敵だったオークに顎で使われている。
「おいアレクセイ! ボーッとしてんじゃねえ! 今日のノルマ終わらねえと、晩飯の『特製ハンバーグ』抜きだぞ!」
「ッ!? や、やります! やらせてください!」
ハンバーグ。
その単語を聞いた瞬間、アレクセイの体は反射的に動いていた。
プライド? 勇者の誇り?
そんなもので腹は膨れない。
今の彼にとって、レオが支給してくれる夕食こそが、世界の全てだった。
「へっ、いい動きだ。お前、勇者より土方の方が才能あるんじゃねえか?」
オークに笑われながら、アレクセイは泥の中を這いずり回る。
遥か頭上で、新しい支配者が自分たちを見下ろしていることなど、知る由もなく。
こうして、国は買われた。
一人の商人の手によって、血を流すことなく、ただ静かに、たった1枚の銅貨で。




