前途多難
人間と魔族の千年以上にも渡る戦争。
最早、始まりは何であったのかも分からない戦い。
だからこそ、ある日に双方の思惑は一致した。
歩み寄ろう。
共に生きる方法を模索しよう。
人間の王と魔族の女王は共に最強の兵士を率いながらも、会談の場ではあくまで武器を持たずに対話に臨んだ。
「先祖から続く戦いですが、このような光景はきっと初めてでしょうな」
「ええ。私もそう思います」
二人の王はあくまでも穏やかだった。
幸いなことだ。
二人共、歴代の中で最も穏健で聡明で――何よりも先を見据える能力があった。
「怨嗟がとぐろを巻いておりますな」
「仕方ないことです。多くの兵が人間との戦いで家族を奪われました」
「……あなたも?」
「はい。しかし、あなたもそうでしょう?」
後に最良の友となる女王の問いかけに人間の王は寂しげに笑った。
その表情に女王は小さく息を飲む。
「殺したのは私かもしれません」
「そうかもしれませんな。あなたとは戦場で何度も相対しましたし」
「っ……申し訳ありません」
「辞めましょう。きっと私もあなたの家族の命を奪っているでしょうし――何より、人間も魔族もこのような想いをしないためにこの場を設けたはずです。お互いに多くの反対の声を押し切って」
「……はい。そうですね」
二人の王の会話は護衛の兵たちにも聞こえているはずだ。
事実、二人の背後に控える兵士達は今にも飛びかかりそうなのを必死に抑えている。
こんなくだらない茶番はやめて、さっさと目の前の王の命を刈り取れば終わる――そう信じ切っている。
「前途は多難ですな」
「ええ。私もそう思います」
双方の王が笑い杯を交わした。
毒の心配など微塵もしていないと言わんばかりに穏やかに。
――こうして、一度目の会談は終わった。
二度目の会談も、三度目の会談も同じような雰囲気が続く。
二人の王は少しずつ仲が良くなっていくものの、種族間での恨みつらみは簡単に消えるものでもない。
***
最初の会談から三年が経った。
双方の蟠りはまだまだあるが、それでも事実として戦争は終わった。
それ故に民達も不満こそあれど、平和に安堵しながら暮らし――叶うならこのまま時が続けと願い続けていたのだ。
そして今年。
魔族の女王に招待され彼女の城へ人間の王がやってきた。
「よくぞいらっしゃいました」
「とんでもない。私としてもあなたに会えるのが楽しみでした」
「お上手ですね」
親しい友人となった二人は穏やかに笑う。
女王の周りに居るのは当然ながら人間に良い感情を持つ者ばかり。
そして、王が連れてきた者も魔族へ良い感情を持つ者ばかり。
今日という日が二つの種族にとって大きな一歩となることを願いながら行われたこの催しは成功した。
――問題が起きたのは催しの最後。
夜空に魔力で出来た花が咲くのを二人の王とその配下たちが見つめていた時に『始まった』
「――ところで」
「どうしました?」
「良かった。今回、あなたが連れてきてくださったのは皆、男性ですね。あなたを含めて」
「? そうですが」
女王は微笑む。
「皆様、もうお休みになられますか?」
「まだ何か催し物でも?」
「いえ。催し物はもうありませんが美味しいお酒があります」
そう言うと同時に女王は酒を取り出した。
それも一本だけでない。
美しい女魔族が一本ずつ丁寧に運んでくる。
「せっかくですからもう少しだけお話を出来たらなんて」
王と配下たちは顔を見合わせて笑う。
「――美しい女性たちの誘いを断れる者が少ないのは魔族も人間も変わらないのかもしれませんな」
「ありがとうございます」
悲劇的な事に魔族の女王に悪意はなかった。
勿論、お酒を持って来た魔族の女性たちにも。
彼女達は純粋に王を含む人間達をもてなしたかっただけだった。
しかし、人間達は知らなかった。
サキュバスという魔物の恐ろしさを。
『死ぬほど愉しませてくれる途方もない良い女』の存在を。
「王様!? 皆様も!? 一体どうされました!?」
盛大な『もてなし』が終わった翌朝、文字通り『死にかけている』王や兵士を見て半裸の女王とサキュバスたちは大慌てで国中の名医を呼んだ。
幸いなことに皆、命に別状はなかったが王達の面子は当然ながら丸つぶれである。
さらに言えば、こんな恥ずかしい事を王達もわざわざ口にするはずもなく、人間側には『王が死にかけた』とだけ伝わり、それがまた争いの火種となり――。
「本当に。本当に申し訳ありません」
「いやいやいやいやいやいやいや!!!」
その後、行われた会談で女王は泣きながら何度も謝り、王もまた大慌てでフォローをする。
馬鹿馬鹿しくて仕方ない背景だが、事態はこれ以上ないほどに深刻だ。
「私は本当に皆様に楽しんでいただければって……!」
「いやいやいやいや!! 楽しみました! 本当に!! 滅茶苦茶!!!」
「でっ、ですが……」
「いやいや!! 私達の体力がなかったのが悪かったと言いますか!!!」
かつて殺気立っていた双方の兵士達は主君達のあまりにも情けない光景に顔を赤くしたり、頭を抱えたり、中にはこれ見よがしにため息をついているものもいる。
そんな中、ふと人間の兵士と魔族の兵士の視線が合う。
人間の兵士が肩を竦めると魔族の兵士もまたため息交じりに僅かに頭を下げた。
かつては考えられなかった光景だ。
これも王と女王の歩み寄りによって出来たものだ。
もう少しだけ格好良いものになってほしかったけれど。
――というか、いつも堂々としていた王と女王も一皮向いてしまえば中身はそこらの者と変わらないし、もっと言えば人間と魔族も着飾ってるだけで中身は変わらないのではないだろうか?
そんなことを兵士達は無意識のうちに考えていた。
だが、それを意識出来るのはまだまだ先の話。
前途は未だ多難。
しかし、一歩ずつ確かに進んではいる。
後の世に喜劇として物語の結に使われることを知る由もなく、二人の王は互いに謝罪を続けていた。




