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01.お前ちょっと、見合いしてこい

 妹が結婚して家を出た。

 相手は俺の幼馴染の須藤藤乃。藤乃が妹、花音に惚れ込んでるのはわかってるし、須藤の家はとにかく「妻」を大切にするから、心配はない。

 結婚式で見た妹は今まで見たことがないくらい輝いて見えた。だから藤乃に任せておけば大丈夫だと思って、安心して帰ってきたら、親父が真面目な顔で俺を呼んだ。


「瑞希、そこに座れ」

「……なに?」


 お袋は「疲れたから先にお風呂入るね」と言って、リビングから出ていった。


「お前、彼女はいないな?」

「……いないけど」

「じゃあ、見合いしろ」

「は?」

「美園のことは知ってるな?」


 美園さんは親父の友達で造園業をやってる人だ。花農家のうちや、別の地域で造園業をやってる須藤とも取引があって、花音の結婚式にも来てた。

 頷くと親父は苦笑する。


「いや、さっき美園がさ、あいつの姪っ子をうちで預かってほしいって言い出して……」

「……姪っ子?」

「うん。美園の姉ちゃんの、娘さんらしいんだけど……」


 親父もよくわかっていないらしく、歯切れが悪い。

 なんとか聞き出せた話はこうだった。


 ……親父の友達、美園さんの姉は気が強くて、彼氏も作らず嫁にも行かない娘にやきもきしてる。そのせいで当たりもきつくなって、娘がかなり落ち込んでるから、しばらく姉から離して気分転換させたいらしい。

 そこで、地主として地域で顔が利く由紀の長男のとこに、見合いって名目で行かせれば、姉も納得するし手出しもしにくいだろうって美園さんは考えたらしい。


「つーわけで、美園が姪っ子ちゃんの予定確認してるから、日程決まったら伝えるからよ」

「めんどくせえな」

「拒否する明確な理由があるなら、美園に伝えるけど?」


 ニヤッと笑う親父は、俺がまっとうな理由を持ってないことくらい、わかっているんだろう。俺に彼女もいい感じの女もいないし、由紀に嫁と跡継ぎが必要なことに異論なんてない。どうせ、いきなりの話に驚いて嫌な顔してるだけなのはバレてるんだ。粘ったって意味はねえ。


「はいはい、わかったよ。で、その姪っ子ちゃんの名前と歳は?」

「知らねえ」

「聞いとけよ……」


 力が抜けたところでお袋が風呂から出てきた。親父がそのままお袋に見合いの話を始めたんで、俺は立ち上がって風呂に向かった。


 風呂上がりに藤乃に愚痴ろうかと思ったけどやめた。向こうも疲れてるだろうし、新婚の邪魔する気はない。

 ……なんとなく、家の中が広く感じた。



 二週間後、スーツを着て家を出た。二週間前と同じように親に連れられて。なんだかなあ。

 全然乗り気じゃないけど、この二週間、断る理由は思いつかなかった。


「……ここだな」


 親父が呟いて車を乗り入れたのは、なかなか立派なお値段のする料亭だった。結構かたっ苦しかったりすんのかね。面倒くせえ……。


「瑞希、面倒そうな顔すんな」

「へいへい」


 通された部屋には既に美園さんたちが座っていた。一番奥に美園さん。その手前のおばさんが美園さんの姉貴か? じゃあ一番手前が……。


「遅くなりまして」


 親父が愛想のいい笑みを浮かべて上座に座る。つーか、こういう場って本人が真ん中じゃねえのか……。

 お袋が目配せして先に座る。次いで下座に腰を下ろし、背筋を伸ばした。


「本日はお時間をいただきまして、ありがとうございます」


 美園さんが軽く頭を下げる。同じように頭を下げながら、正面に座る女を眺める。なんつーか……やたら幸薄そうな顔してた。いかにもキツそうな顔の母親とは違って、その女はどちらかと言えば美園さんに似ている気がする。

 眉の下辺りでそろえられた色素の薄い髪。真っ白な顔、ぼんやりと、どこを見ているか分からないやっぱり色素の薄い目。なんつーか、全体的に薄い。日にかざしたら透けそうだ。三十になった俺より一つか二つ上って聞いたけど、女の歳なんてよくわかんねえ。着物を着せられてるから、余計に。なんかあれ、井戸とかから出てきそう。

 上座では両親が当たり障りのない挨拶をしている。


「澪、澪! またあなたはぼんやりして!」

「ご、ごめんなさい……。美園澪と申します……」


 突然怒鳴られたその人は、肩を跳ねさせてか細い声で挨拶をして頭を下げる。


「由紀瑞希です。よろしくお願いします」


 頭を上げると、ようやくその女と目があった。小鹿かよ、ってくらい震えてる。そんな怯えなくても。取って食うわけじゃねえんだから。


「申し訳ありません、本当にぼんやりした娘で……」

「いえ、お気になさらず。私もこのような場は不慣れですし」


 不機嫌そうに娘を見やるおばさんに、当たり障りなく返した。

 ちょっとイラついたけど、なんでかは自分でもわからねえから飲み込む。


「瑞希さんはしっかりしていらっしゃいますのね。澪も少しは見習ってくれればいいのだけど」


 目の前の女が居心地悪そうに肩をすくめた。

 ……別に似てないのに、藤乃に会う前の妹を思い出してしまった。嫌なことがあっても口を開かず、背中を丸めてやり過ごそうとしていた花音。でも、それを藤乃が手を引いて前を向かせて、結婚式では誰よりも輝いていた妹。

 じゃあ、この縮こまってる女の手を引くのは俺なのか。……正直、ピンとこねえな。


「あとは、お若い二人に任せましょうか」


 ぼんやりしているうちに何か話がまとまったらしい。

 美園さんがそう言って、親父たちが立ち上がる。

 ふすまを開けて、美園さんが振り返った。


「ここの料亭、庭も素敵だからぜひ見ておいで。……うちで手がけてるからね」

「……はい。ゆっくり見させてもらいます」


 頷くと、親父が耳元で「ま、適当にやんな」と囁いて出て行った。

 その励まし、必要か?

 おばさんも娘に何かを囁いて出て行った。……泣きそうになってて、なんか、いたたまれねえ。

 最後におふくろがふすまを閉めずに出て行く。

 庭では、秋も終わりの穏やかな風が吹いていて、ススキがわさわさと揺れていた。

 顔をその人に戻したけど、やっぱり泣きそうな顔のままうつむいている。

 これ、俺がなんか言わなきゃダメか? 面倒くせえな。


「あのさ」


 思ったより、イラついた声が出てしまった。少なくとも、初対面の女に出す声じゃない。

 でも、止まらなかった。


「なんでこの見合いやらされてるか、知ってる?」

「……っ、も、基叔父さんが……私と母を引き離すためって……」


 消え入りそうな声が返ってくる。つーか半分消えてて聞き取りづらい。


「なんだ、知ってたんだ。で? それに付き合わされた俺に、何か言うことは?」

「えっ……?」


 やっと、その人は顔を上げて俺を見た。

 目は涙でいっぱいで、唇はかすかに震えている。


「あのさ」


 また口が勝手に動いた。止められず、そのまま続けた。


「あんたはさ、何がしたくてここに来たんだ?」

「叔父さんが……」

「違う。美園さんが何をしたいか、じゃない。もちろん、あんたの母親のことだってどうでもいい。あんたは、何がしたくてそこに座ってるんだ?」


 その人の口が開きかけて閉じる。視線が右に行き、左に行く。

 俺にしては辛抱強く待つ。藤乃だったらもう少しマシにやれるのだろうか。……いや、きっと無理だろう。あいつはあいつで、興味ある相手にしか、興味ないから。

 たぶん「話す気になったら教えて」とか言ってどっか行くんだろうなあ。俺もそうしようかな。


「自分でどうしたいか、わかんない?」


 小さく、ためらうような頷きが返ってきた。


「わかった。じゃあ、俺に言うことを思いついたら教えて。スマホある?」

「は、はい……」

「これ、読み込んで」


 自分のスマホの連絡先のコードを表示する。向こうから友達申請が飛んできたので、その場で承認した。


「俺、庭見てるから、なんかあったら連絡しろ」


 よいしょ……と立ち上がりかけ、呟きそうになってやめる。妹に「お父さんそっくりだよ」と言われたのを思い出してしまった。

 そいつは何も言わない。だから俺も振り返らず、そのまま部屋を出た。


 美園さんの言うとおり、庭はなかなか綺麗に作り込まれていた。

 枯山水や小さな池まである。せっかくだから花壇の写真を撮って藤乃に送っておく。

 すぐに返事がきた。


『いいなー、どこ?』

「美園さんとこの料亭」

『仕事?』

「見合い」

『マジで? それ、俺とメッセージしてていいの?』


 ほんとだよ。つーか俺はなんで見合い中に友達とだべってんだ。おかしいだろ。

 まあ、おかしさで言えば、向こうの母娘のほうがどう見てもおかしいし、別にいいか。なんであのばばあが真ん中に座ってんだ……。


「ほんとだよ。なんか意味わかんねー」


 そう返して、見合いをしていた部屋の方を見る。

 ……置いてきたあの女は、縁側で正座したままスマホを覗き込んでいた。

 俺に言うべきことを、思いついたんだろうか。つーか、俺は何でこんなに偉そうなんだ。

 いい歳してぼんやりして、親に言われるがままにめそめそしてる姿にあまりにイラついてしまった。


 ふと、相手が顔を上げた。

 目が合う。

 すぐ逸らされるかと思ったけど、意外にもじっと俺を見ている。

 やがて立ち上がり、置いてあった下駄を履いて、庭に降りてきた。


「……あの、ごめんなさい」

「なにが」


 また、キツイ声を出しちまった。優しくできない俺のほうが、むしろ謝ったほうがいい気がしてくる。


「こちらがお呼び立てしたのに、まともな挨拶の一つもできなくて」

「うん」

「えっと……由紀、さん」

「瑞希でいい。どうすんの」

「……お、お友達からお願いします」


 真面目くさった顔でそう言うものだから、思わず吹き出した。

 なんで俺が振られたみたいになってんだよ。


「だ、ダメ……ですか……。すみません、図々しくて……」

「いや、いい。わかった。お友達ね。でもそれ、あんたの母親に言って大丈夫?」


 また顔が泣きそうになる。めんどくせえな。三十過ぎのいい年した大人が、いちいちメソメソするんじゃねえ。


「部屋に戻る」

「……は、はい……」


 部屋に戻って、親父に電話する。こっちのことを話すと、親父と美園さんで適当に話を合わせておいてくれるらしい。

 相手も俺についてきて、元の席にまっすぐ正座した。

 スマホが震えて取り出したら藤乃からのメッセージだった。


『終わった?』

「お友達からお願いしますってさ」

『フラれてんじゃん。ウケる』

「こっちは笑えねえよ……」

『花音ちゃんが写真見たいって』


 ふざけんな、野次馬しやがって。

 顔を上げると、やっぱりどこを見てるかわからない顔で、相手は正座のまま座っている。


「写真撮って、妹夫婦に送っていい?」

「えっ……はあ……」


 スマホを向ける。やっぱりぼんやりした顔だ。立ち上がって隣に腰を下ろして、並んで撮る。

 こうしてみると俺も老けたな……アラサーっていうか、ジャストサーティーだもんな……。

 撮った写真を見てたら、前髪に白髪があることに気がついてしまった。帰ったら抜いておこう。

 女にも送ろうとしたら、そいつのアイコンが、アプリのデフォルトのものだった。ちなみに俺は畑に置いてあったスコップで、藤乃と花音は同じシャチのぬいぐるみ。どっちか分かんなくなるから違うのにしろって言ったら、花音のシャチの向きが反対になった。変わらねえよ……。

 また立ち上がって席に戻ったら、そのタイミングで親父たちが戻ってきた。


「仲良くなった?」

「お友達になった」

「そりゃ、いいことだ」


 ……そうか? 親父の適当な返事に首をかしげている間に、美園さんがまとめっぽいことを言っている。

 親父とお袋、相手の母親も挨拶をして、俺と相手も頭を下げて解散。

 やれやれ、やっと終わった。


 帰りの車で、藤乃と相手……美園澪にさっき撮った写真を送る。

 藤乃からは『なんか、薄そう』と失礼だけど、納得しかない返事が返ってきて、相手からは『わざわざ、ありがとうございます』とまともな返事が返ってきた。

 ……ていうか、見合いなんだよな、これ。

 送った写真を眺める。

 この薄い女と結婚すんのかなあ。なんもわからん。

 

澪のイメージはムーミンの「ニンニ」です。

***

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