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「詩子さん?」
「あら、どうかしたのかしら?」
突然僅かに部屋の扉が開いたので、なにかと思えば、秀平くんが僅かに顔をのぞかせていた。
「入っていいですか?」
「もちろんいいわよ」
テクテクと部屋に入ってきたと思えば、私の向かいに席を下ろした。
あら?あらら〜これはすこし私に慣れてくれたと思っていいのかな。あんなに距離をとっていたのにこんなに早く詰めてくれるとは!
「あの、父も同席すると聞いたんですけど、本当ですか?」
「えぇ、先ほど庭園でお会いした時そのようなことをおっしゃっていたわ」
「そう、ですか」
秀平くんがしゅんと縮まる。
「あら、どうかしたの?」
「父とはあまり会った記憶がないので」
「まぁ、そうなの」
本当にあったことがないのか。じゃあ、ますます謎だな。なんで急に一緒にご飯をとろうだなんて……私を疑っているから?それはそれでやだな。
「何かあっても私がフォローするから大丈夫よ」
「本当ですか?」
「えぇ」
「少し安心しました」
ほぅと秀平くんが近寄ってきたところたまに桜から耳打ちされる。
「お料理の準備ができたそうです」
「……随分早いわね」
まだ時間4時だけど。
「隆史様がこの時間にすると」
「なるほどね……。わかったわ」
「あの人がもうご飯にするとおっしゃっているようだから、ダイニングにいきましょうか」
「は、はい!……あの実はお願いがありまして」
「なにかしら?」
ゲームが欲しいとかそういうのだろうか。別に今の財力があればほとんどのものは買ってあげられるけど、あまり秀平くんのイメージにない気がする。
「不快でなければなんですが……やっぱりいいです。お待たせしてごめんなさい。ダイニングに行きましょう」
「そこまで焦らされたら気になるじゃない」
それに、お願いなんてあまりしないタイプに見えるから、数少ないものはちゃんと聞いてあげないと。
「はい……。あの、できれば僕のことを名前で呼んで欲しいです」
あ、そういえば今まで名前で呼んでいいかわからなくて、心の中だけで呼んでたんだよね。秀平くんから切り出してくれてよかった。
「いいわよ」
「いいんですか!?」
「えぇ」
なにがいいかなー。秀平くん?秀平さん?それともしゅうくんとかへいちゃんとか???
「何か呼ばれたい名前とかあるのかしら?」
「特にありません」
「そう、じゃあどうしましょう」
「詩子さんが呼びたいものがあればそれで」
え、なんて呼ぼう。秀平くんは無難だよね。秀平さんはなんかお金持ち!って感じ。しゅうくんとかへいちゃんもかわいいし……。
「じゃあ、しゅうくん、秀平さんどっちがいいかしら?」
目をパチクリさせて秀平くんが固まった。おー、どうした?急に?
「どうかなさって?」
「自分の名前を呼ばれたことにびっくりして」
「あら、呼んで欲しいとおっしゃったのに?」
「はい、人に呼ばれるって嬉しいものなんですね」
うっ……涙が!もう涙が抑えられない!なんて、なんて、悲しい生活を送ってきたのだろうか。こんなこと言われるなんてもう号泣しかない。
「そう……」
「はい!」
「それであなたの名前はなんでお呼びすればいいのかしら?」
悲しさのあまり危うく本題を忘れるところだった。
「あ、えっとじゃあしゅうくんで」
そっちを選ぶのか!なんか意外。
「じゃあ、しゅうくんと呼ばせていただくわ。公の時は秀平さんと呼ぶわね」
「はい!」
こんな子でもやがては思春期になって呼ばれるの嫌だとかいうのかなぁ。でも、それはそれで反抗できるくらい大人になったということだからいいかもしれない。
「詩子さん」
「なにかしら?しゅうくん」
呼びかけに答えるとぱぁと顔を輝かせる。
かわいい。
「詩子さん、詩子さん」
「しゅうくん?」
ふふふっと両手で口を押さえて笑ってる。なんだこの可愛い生き物。
「しゅうくんは私のことをずっと詩子さんと呼ぶのかしら?」
「え、他の名前で呼んでもいいんですか?」
一度突き放された記憶が蘇っているのか、瞳が少し揺れている。
「えぇ」
「じゃ、じゃあお母様?」
「えぇ、いいわよ。それで」
私は本当のお母さんではないからその名前を奪ってしまうことに少し気がひけるけど……きっと今のこの子にも没落するのを避けるためにもこれは必要なことだろう。
あの人には何か言われるかもしれないけど、その時は頑張って説得しよう。
「じゃあ、ダイニング行きましょうか」
「はい、お母様!」




