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ダイニングは漫画に描かれていた通り、ひたすら長くて大きい机の端と端に食器が置かれていた。机の真ん中には陶磁器の花瓶に立派な花が咲いてあり、とてもじゃないけど座ったら向こうが見えない。話なんてもってのほかだ。
作中では、この中で一人ぽつんと食事を取る様子が描かれてたけど……それはあまりに寂しすぎる。家の中だし別に近くで食べても文句言う人なんていないからいいよね!
椅子に手をかけて持ち上げようとするとしゅぱっと桜が横に来た。
「なにをなさろうとしてるんですか?」
「椅子を向こうに動かそうとしただけよ」
「向こうですか?」
「えぇ、あの子の隣に」
桜が顔を傾げて、訝しげに私を見る。
前までは顔も見たくないって言ってたんだから、そういう顔にもなるよね。
諦めずにじっと見ていると、桜はなにかをつぶやき、頷いた。
「なるほど。では、私がしますので、詩子様は何もなさらないでください」
桜は軽々と椅子を持ち上げると、スタスタと早足で歩き始める。
「それぐらい私にだってできるわ」
「……一条院家の奥方の自覚をお持ちください。使用人にできることは私たちに。それに」
「それに?」
「詩子様の爪がひび割れたらどうしてくれるんですか!責任取れます!?」
「……それが本音でしょ」
「何をおっしゃいますか。7割ほどしか占めていません」
「ほとんどじゃない!」
ほんっとうに私の外見が好きなんだな。まぁ、自分の容姿が好まれているのは悪い気はしない。粗雑に扱ったら後が怖そうなところは嫌だけど。
「桜はわたしの見た目は好きなのよね?」
「はい」
「中身は?」
「……」
「無言は肯定という言葉はご存知かしら?」
「存じております」
「あなたってほんっとに……」
「すみません、正直者なので」
主人として仕えるって言われたけど、主人として扱われている気がしない……。私の扱い雑すぎない?
秀平くんの前に来たため、母として務めていくと宣言した以上みっともない姿は見せられないので反論は飲み込んだ。
「え、えっと詩子さん?なぜ椅子をここに?」
「あら、だって端と端で食べるだけなら一緒にご飯を食べる意味がないじゃない。近くにいて一緒にご飯を食べてこそでしょう?」
「そうなのですか?」
「日本の多くの家庭はこんな広いテーブルの端に座って食事はしないもの。狭いテーブルでするものよ。一条院家たるもの様々なことを経験するのは大切なことよ」
「そうなんですね」
納得したのか、秀平くんは自分の椅子を少し動かして隣り合うように並べた。座って横を見ると体の小ささを感じ、まだ幼いことを実感する。
「こうやって、近くに座るのもいいですね」
うっ……。かわいさに心臓がやられる!にこっとはにかんで、こちらを見つめる秀平くんのかわいさときたら!あー、もうそのぷにぷにほっぺにさわりたい!えくぼつんつんしたい!
「う、詩子さん?詩子さん!」
はっ!
「なにかしら?」
「いえ、呼びかけても返事がなかったので」
「ちょっと、色々考え事をしてただけよ。それよりご飯たべましょうか。冷めてしまうわ」
「はい!」
目の前には、とても美味しそうな和食が並べられている。旬の菜の花のおひたしに西京漬けの鮭、お味噌汁、デザートに果物までついてる。
うん、おいしい。一見少し豪華な一般家庭の料理だけど、味の繊細さが段違いだ。昔ボーナスで食べた京都の高級料亭を思い出すなぁ。
でも子供が食べて美味しいと感じる料理だろうか。
「おいしい?」
「おいしいです!」
おいしいのかー。子供はオムライスとか味の濃いものが好きなイメージだったんだけどな。
私は今でも、濃いもの好きだし。多分、今世では食べたことないんだろうけど、ピザとか食べたいなー。お店で食べる石窯のやつじゃなくて、宅配のやつ。
「……なにか好きな食べ物とかはあるのかしら?」
「食べ物ですか?考えたこともありませんでした」
「考えたことがない?あなた美味しいとか感じないの?」
「食べなきゃいけないもののイメージが大きくて……でも今日のご飯はとても美味しいです!」
もう、でてくる言葉言葉が涙を誘う。心の中でわたし号泣だよ!泣きまくってるよ!この歳で生きるためだけにご飯を摂取してたなんて!
「嫌いなものは?」
「ありません!」
「そう。いい子ね」
「僕いい子ですか?」
「えぇ」
「えへへ」
嬉しそうに微笑んでいる。天使!ここに天使が降臨した!心なしか髪の上に輪っかが見える。
でもそうかー、嫌いなものないのか。わたしが子供の時なんて嫌いなもの幾つかあったけどなー。でも、これだけプロが作ったもの食べてたら、そんなことも思わないのかな。
「……明日はなに食べたい?」
「明日も一緒に食べてくれるんですか!」
「え、えぇ」
お、おぉー、勢いがすごい。でも、人と食べたかったんだな。
「僕、詩子さんとであればなんでもいいです」
て、てんし!
「本当に食べたいものはないの?」
「はい!……思いつかないです」
少ししゅんとした顔で、秀平くんが呟いた。
そっか、さっき言ってたもんね。じゃあ、わたしが何か好物を作ってあげられればいいけど。なにならいいかな。子供が好みそうな……お子様ランチとか?
「わかったわ。じゃあ、私が考えるから精々楽しみにしてるがいいわ!」
「はい!ありがとうございます!」
部屋に帰ると、早速私の髪を手入れし始めた桜に話しかける。
「ねぇ、明日のあの子の晩ごはんのことなのだけれど」
「先程お約束してらしたあの件ですか」
「えぇ、お子様ランチなんかいいと思うの」
「お子様ランチ……ですか。よくご存知でしたね、安価なレストランに多いのに」
え、あ、そっか!確かに高級料理店になんてお子様ランチがあるイメージはない。やばい、私が知ってるのは不自然だ。
「えぇ、前に携帯で見たのよ」
「あぁ、なるほど。では、お子様ランチと料理長に伝えておきます」
納得してくれた。よかったー不用意な発言しても大抵のことは携帯でみたで通じそう。
「えぇ、お願いね」




