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「詩子様、詩子様」
「⋯⋯なにかしら」
目を開けると、目の前に桜の顔があった。
「あぁ、終わったの?」
「はい。秀平様がいらっしゃってます」
「え」
慌てて桜の視線の先をたどると、脚をプラプラとさせながら椅子に座って紅茶を飲んでいる秀平くんがいた。
椅子の高さがあってない。でも、不釣り合いな椅子に座る姿もすごくかわいい。ずっと、私が寝ていた間待たせてしまったのだろうか。大変だ。
慌てて、髪型を整えようと手を伸ばすと、桜に止められた。
「せっかくセットした髪型が崩れます」
「⋯⋯ごめんなさい」
すごい眼光で睨まれた。私の見た目に関しては逆らっちゃだめだと本能が言っている。
でも、本当になおさなくて大丈夫かな。寝ている最中によだれを垂らしていたりしたらどうしよう。
「私の外見は大丈夫かしら?」
「完璧です」
即答。なら、大丈夫か。
「待たせたわね」
「いえ、待ってません」
「そう」
待っていないわけがない。だって、ガラスのポットに入っている紅茶がもうすぐつきそうだ。どれだけの間ここで待っていたんだろう。起こしてくれればよかったのに。
向かいの席に座ると、秀平君がこっちを見た。
「何の用事で私の部屋に来たの?」
「やっぱり来てはいけなかったですか?」
「そうはいってないわよ。私がさっき来ていいといったんだもの。まさか、私のことをすぐ前言撤回するような女だと思ってらっしゃる?」
「そんなことは」
「ならいいわ。それで何の用事できたの?」
「⋯⋯一緒に夜ご飯を食べれないかと思って」
下を向いて、小さい声で呟く。
一緒にご飯?もちろんいいに決まってる!そうだよね。一緒の釜の飯を囲んだら仲良くなれるっていうし、親睦を深めるのにもちょうどいい。でも、まさか秀平君の方から誘ってきてくれるなんて!
「やっぱりだめですよね」
「いいわよ」
「え」
呆然とした表情で秀平くんがこっちを見る。
まさか断られるとでも思っていたのだろうか。たしかに、私の今までの言動を見れば仕方ないかもしれないけど。
「良いっていったのよ。まさか二度言わないと分からないの?」
「いえ!」
「桜、もう夜ご飯の準備はできているかしら?」
「詩子様達が向かわれたらすぐにでも」
「そう、なら行くわよ」
安心させるために早く行った方がいい。
ダイニングに向かい始めたはいいけど……秀平くんは隣を歩くのではなく、斜め後ろを歩いている。隣を歩けばいいのに。
「あなたは私の召使いかなにか?」
「え」
「私の息子でしょう。息子なら正々堂々胸を張って私の隣を歩きなさい」
「……僕は詩子さんの息子なんですか?」
「えぇ。まぁ、血の繋がりはないけれど」
戸籍上、秀平くんは私の息子だし、結婚も子供を産んだことも前世ではないけど、今からでも母親として頑張りたいとは思ってる。それとも、やっぱり血の繋がりがないと認めてはもらえないのかな。
「……詩子さんはてっきり僕を息子として認めるのは嫌なものだと思っていました」
「なぜ?」
秀平くんがピタリと止まったため、振り返ると俯いていて表情がわからなかった。
「なんて言ったのか覚えてらっしゃらないんですか?」
「……いつの話かしら」
「僕の父と結婚して初めてこの屋敷に来た時のことです」
初めてきた時?初めてきた時になにかまずいこと言ってしまったのだろうか。まずい、思い出さないといけないのに記憶がない!あの頃の私どれだけ秀平くんに興味なかったの!?
……しかたない。ここは素直に謝るしかない。
「ごめんなさい、あの頃の私は自分のことで精一杯で何を言ったかあまり覚えていないの」
「……そうですか。あの時詩子さんは僕に対して顔も見たくない、視界に入らないでって言ったんです」
昔の私何言ってんのー!?そりゃそんなこと言ったら、怯えますよ。だってまだ小学生にもなってない子供なんだよ?いくら家庭環境が変わっているから、大人びているとは言っても子供にそのセリフはキツすぎる。
「……それは申し訳なかったわ」
「……もう大丈夫です。詩子さんは僕のことを息子として認めてくれるんですよね?」
縋るような目で私の袖を掴もうとして、手を引っ込めた。
秀平くんは、許してくれたんじゃなくて多分私に見捨てられたくないから自分の気持ちを抑えてこんなことを言っているんだろう。原作で、愛に飢えているっていう描写は色々されていたけど、実際目にすると想像以上に傷を負ってる。
この年でこんなに傷ついて、怯えながら庇護を求めるなんて……。普通なら当たり前のように受け取れるはずのそれが本当になかったんだ。
「……えぇ。あなたを息子として扱う。篠宮家の名にかけて前言撤回はしないわ」
「ほんとですか?」
「本当よ。そのうち信じてくれたらいいわ。さぁ、さっさとご飯に行くわよ」
「は、はい」
私の隣を歩くようになった秀平くんを見てほっと一息吐く。ご飯で誤魔化してしまったけどこれからどうしよう。




