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思い立ったら即行動!残念ながら今の私にゆっくりしている時間はない。
痛む体を無理やり起こし、ベッドサイドにある櫛で髪をとかす。髪だけでも整えたらそれなりに見えるはずだよね?後頭部にできたたんこぶが引っ張られて痛いけど我慢我慢。
部屋の探索とか色々確認したいことは山ほどあるけど、一旦は屋敷内を歩いて秀平君を探さなければ。殴っちゃた分早く謝ったほうがいいだろうし。
探すっていってもどうやって探せばいいんだろう。なるべく秀平君とは関わらないようにしていたせいで、どこで普段遊んでるのかとかの情報がなにもない。とりあえず物音がする部屋を片っ端から覗いてみるか。
覗き続けて5分。ようやく秀平君を見つけた。時代が時代であれば、殿上人だったお家柄だけあってとてつもなく広かった。おかげで探すのに時間かかっちゃったよ。片っ端からドアをあけるもんだから、すごい使用人にいぶかしげな顔で見られたし。なんなら顔を見た瞬間悲鳴を上げる人もいた。改めて自分の嫌われ具合を痛感する。
ここで見つけたからといってすぐに声をかけるのは禁物だ。向こうは私を警戒しているはず。野生動物だと思って接しなくては。
なにしてるんだろう。
ちょうどあった人1人隠れるぐらいの柱から様子を伺う。秀平くんは手に持っているお手玉をひたすら黙ってじっと眺めていた。今からお手玉でもするつもりなんだろうか。下を向いているせいで黒い艶やかな髪に表情が隠されて見えない。
殴った時、一応顔見てたはずだけど本当に秀平くんに興味がなかったのか顔あまり覚えてないんだよなぁ。だから私が覚えている顔はもう高校生になった漫画に書いてある秀平くんの顔だけだ。
顔見たいなぁ。でも、自分を殴った奴の顔なんて見たくないよな……。
どうしようかと悩んでいると、付けていたネックレスの宝石部分がカツンと音を立てて柱にぶつかった。
「だれ!?」
秀平くんがこっちを見ている。これは誤魔化せないかな。そっと柱から出ると、秀平くんの目が零れ落ちんばかりに見開かれた。
わぁ、作中きっての美形設定だったから想像はしてたけど、本当にかわいい。艶やかな黒髪には天使の輪が光り輝いて、目は黒曜石を埋め込んだみたいに綺麗な黒色だ。漫画にあった怜悧な美貌は幼いからかまだない。片方の頬が赤いのはきっと、私が殴ったせいだろうな…。でも、そんなに腫れてなくてよかった。きっと、私が殴ったときにそばにいた使用人が適切な処置をしてくれたんだろう。
「ごきげんよう。なにをしているのかしら?」
「う、詩子さん?」
「えぇ、そうだけどなにか?私があなたに話しかけたらおかしいとでも?」
天使に優しくしたい心とは裏腹に高飛車なお嬢様言葉がすらすらと口から飛び出る。私こんな口調で話したことないのに!これは、詩子が話していた話し口調なんだろうか。にしてももう少し柔らかく言いたい。
ほらみろ。私がこんな口調で話すから、秀平くんが怯えた顔に。お手玉を持っている手まで震えてるじゃないか。きっとまた暴力を振るわれるんじゃないかって不安に思ってるに違いない。
「そ、そんなことは」
秀平くんの声が尻すぼみに小さくなっていく。あぁ、別に君を責めるつもりじゃなかったんだよ!挽回しなきゃ。
「それはお手玉かしら?昔の遊びをするだなんて、奥ゆかしいのね?」
だめだ。どうやっても高飛車になるし、嫌味になる。だって、今自分の口角が嫌な感じで釣り上がったのわかったもん。
絶望していると、秀平くんがキッと私を睨んできた。
「……遊んでないです」
「あら、でも今手に持ってるじゃない」
「見てただけです」
「まさか、やり方も知らないの?」
教えようか?って言おうとしただけなのに、どうしてもきつい言い方になってしまう。
「知ってます。一人で遊んでもつまんないから……」
ぼそっと秀平くんが呟く。おっと、これはチャンスでは?ここで私が遊んであげるよって言ったら、少しは仲良くなれるのでは?
「ふぅん、ちょっとそれ貸しなさい」
「それ?」
「お手玉よ!お手玉!」
震えている手からお手玉を受け取る。口調はキツくなってしまうが、行動までには影響されないようだ。奪い取るようにとってしまったら、どうしようかと思った。
お手玉かー。小学校で流行ってたから、昔よく遊んだな。学童で一時期すごいブームだったんだよね。大縄跳びしながらしてた強者もいたな。今でもできるかな。
お手玉を三つ後ろ手に持ち、それを前に投げる。すかさずそれを前でキャッチし、2回ほど繰り返した後、最後はお手玉を高く投げてくるっと一回転し、格好良くパシっとお手玉を掴んだらフィナーレだ!
ふぅ、できてよかった。
下を見ると、秀平くんがキラキラとした目でこっちを見ていた。
「どうかしら?この私の華麗な技は」
「すごいです!」
「ふっ、ひざまづいて教えをこうなら、教えてあげてもよくってよ」
なんで普通に教えてあげるって言えないんだろう。せっかく興味を引けたのに。ともあれ、興味を引くことには成功した。この調子で、殴ったことを謝らなければ。
「……わかりました」
「え?」
秀平くんが片膝をついて、私の手をそっととった。
「詩子さん、どうか僕にそれを教えていただけませんか」
かわわわわ!やばい、めっちゃかわいい!天使が降臨してる!齢5歳にしてこの天使っぷり!これは、成長したらやばいことになるのでは!
「……詩子さん?」
は!天使が怪訝そうにこっちを見ている。返事を早くしなければ!
「えぇ、そこまで教えをこうのであれば、教えてあげてもよくってよ」
胸を張り、握られてる方とは別の手を口に当て、おほほほと笑って誤魔化す。
「じゃあ、まず基礎からね。両手にお手玉を一つずつ持ってこう交互に投げてみなさい」
なかなかこれが難しいんだよね。慣れないうちは。
「こうですか?」
「……なかなかやるじゃない」
幼少期の頃からハイスペックなのか……。ここまであっさりこなすとは。漫画の中でも完璧だったもんな。正直、私主人公よりずっと秀平くん応援してたもん。ヤンデレってちょっと萌えるよね。自分に向けられたら話は別だけど。
「まぁ、これぐらいは」
「……そう。ならこれはできるかしら?」
当たり前だと秀平くんがうなづく。少し悔しくなって、後ろ手にお手玉を乗せて前に投げるを繰り返す。
「あれ?」
「そうでしょうそうでしょう。これはなかなか難しいのよ。コツは手首を柔軟に使って動かすことよ。まぁ、すぐには」
「できました」
「え?」
さっきまで失敗していたのが、嘘のようにあっさりこなしている。しかも一つじゃなくて二つで。
「……そう」
私が3か月かけて習得した技を一日で習得しそうな勢いだ。
「詩子さん?さっきやっていたのはこんな感じですか?」
「そうよ。……まさか1日どころか1時間もたたず習得するとはね」
しかも、私よりも安定感のある投げ方をしている。さすが、人気No.1キャラクター。
「これぐらいできないと、一条院家の人間として認めてもらえませんから」
ぼそっと秀平くんが呟いた。こういう雰囲気から原作の一条院秀平ができてしまったのだろうか。
「ふーん、まぁできないことには越したことはないけど、子供がそんなに気を張らないといけないなんて、つまらない家ね」
「一条院家ですから」
「そう」
確かに一条院家は作中の中でも政財界でトップクラスの権力を持つ家として描かれていた。だからこそ、ヒロインもヒーローも秀平を打ち倒すのにすごい苦労をしていたんだっけ。権力があるとある程度のことは隠してしまえるから。
でも、今私がいるのは漫画の中ではなく、現実世界だから。そして秀平くんが目の前にいるならそんな寂しい人生を歩ませる気はない。
「もう少しくらい気を抜いてた方が子供はかわいいわよ」
「かわいい?……かわいいですか」
「えぇ」
「……かわいくしたらまた僕と遊んでくれますか?」
「え?私と遊びたいの?」
殴ってしまったのに?
「はい」
コクンとうなづくと、私のワンピースの裾をぎゅっと握った。
めっちゃかわいい……。不安げだけど期待のこもった目でこっちを見上げてくる。こんなにかわいいものだっけ。子供って。秀平くんだから?こんなお願い……聞いてあげないわけがないでしょう!
「そうね、私は忙しいのだけど……あなたに時間を割いてあげてもいいわよ?時間が作れないほど無能でもないし」
「ほんとうですか?」
キラキラとした目が向けられる。私はあなたのことを殴ったのに、信用しすぎじゃないかな。
「え、えぇ」
「ありがとうございます!」
ぱぁぁぁと顔を明るく輝かせてこっちを見られると、眩しい!だからこそ頬が痛々しい。
「…ごめんなさいね。殴ってしまって」
「これからも遊んでくれるならいいです」
幼い子が殴られて痛かっただろうに、怖かっただろうにここまで、その人に縋り付くなんて。…それほど劣悪だったってことだろうか。
贖罪もかねて、今までの分を取り戻すほど構い倒さなければ。
「ま、まぁ、好きな時に私の部屋にきなさい!相手してあげるわ!」
なんでこんな生意気な言い方になるかな!?でも、嬉しそうに秀平君は満面の笑みを向けてくる。
なんていい子なんだ…。
尊さで死にそうだからとりあえず撤退だ!私は駆け足でその部屋を出た。