作り人知らずのお弁当
「お弁当、誰か作ってくれないかなぁ」
ソファに寝転んで最初に出た言葉がそれだった。俺以外誰もいない部屋に、声は虚しく消えていく。
入社して半年。最初は意気込んでいた仕事もいつしか重荷となり、要領が悪く残業を余儀なくされ、憧れていた一人暮らしは早くも崩壊しかけている。
朝は菓子パンを齧り、昼と夜はコンビニ弁当。レンジで温めたはずの弁当は何故か冷めた味がする。
今日もコンビニ弁当を買ってきたが、疲れ切って食べる気も起きない。俺はそのまま眠りに落ちた。
翌朝。目を覚ますと、テーブルに何かが置かれていた。
「なんだこれ?」
見覚えのない包みだった。水色のそれを開いてみると、弁当箱が顔を出す。恐る恐る蓋を外した中身は、おかずと白飯が詰め込まれていた。
金平牛蒡に黒豆、桜色の漬け物と魚の煮物。白飯の上に載った梅干しが鮮やかに赤い。
俺はごくりと唾を飲み込んだ。
支度をしつつ考えた結果、その弁当を会社に持っていくことにした。そわそわと仕事を熟し、昼休みになると共に弁当を開ける。
そして一口食べた途端、自然と頬が綻んだ。
想像以上に旨かったのである。絶妙な味付けは、何処か懐かしさすら感じる。
俺は弁当を平らげて、午後は満足感で順調に仕事を進めることができた。
それから数週間。毎朝現れる弁当を俺は食べ続けた。
毎日違うおかずは和食が中心で、毎回とんでもなく旨い。
弁当のお陰か、あの日から俺の仕事の腕はどんどん上がっていった。残業時間が減り、夕飯を自炊できるようになった。一日寝ていた休日も趣味の釣りに行けるようになった。
そんな充実した毎日を送っていたのだが、ある日突然弁当が現れなくなった。
しかし、よく考えてみると弁当が急に現れるなんて不気味である。我ながらよく食べていたなと思う反面、あれをもう味わえないのは残念でならない。
色々なことが順調のまま迎えた年末、実家に帰省して久々に母の手料理を口にした。その味が弁当の記憶と重なり、俺は母に料理のことを尋ねた。
母が言うには、掃除をしていたら俺がまだ幼い時に亡くなった祖母が遺したレシピが出てきたのだそうだ。それを作ってみたのだという。
俺はよく覚えていないのだが、祖母は俺が立派に成人した姿を見たがっていたのだとよく聞かされていた。
もしかしたら、俺が腐りかけていたのを見兼ねた祖母があの弁当を置いていってくれたのかもしれない。そう思ったら心が温かくなって、そっと涙が零れた。