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特殊刑務所

作者: 椛嶋遊哉

あまり深く考えないで読んでいただけたらと思います。

ちょっと暗めの話です。


「本日よりこちらに配属となりました。よろしくお願いします!」


「よろしくね。元気が良くて何より」



 学校へ入学するための難関の試験を通過し、その先にある専門知識を全て履修した者が受ける事ができる国家資格。特殊刑務官。

 身分に関係なく実力のみがものをいうその試験は、1回で通る者はいないとさえ言われている。かくいう自分も何度か挑戦してようやく合格にこぎつけた1人だ。

 膨大な知識を必要とする学科試験を2回受けて取得できる資格とは別に、勤務するために三度の面接試験に合格する必要がある特殊刑務官は、自分の憧れの職業でもあった。念願の職に就けることが嬉しくて、こうして実際の勤務地に立っているのが夢のようだ。そんな隠しきれない表情をあらわにしても、先輩は動じなかった。

 数日前よりこの地にきて、各施設を見学して回っている。初日に顔を合わせた同期の何人かも一緒にどこかの施設を回っているようだが、あれ以来すれ違うこともない。それぞれが日程調整を組まれているようだ。

 昨日は、平民用の施設を見学した。自分が想像していたような、刑務所らしい雰囲気のある場所だった。荒事はなさそうではあるが、それぞれが自分の犯した罪を受け入れたり、時には受け入れられなかったりと様々である。

 今日は女性貴族用の施設らしい。勝手な印象ではあるが、気位の高い彼女たちはここに収容されること自体が受け入れられないのではないだろうか。もしかしたら平民の施設よりも荒れていて、いじめや派閥などで殺伐とした場所かもしれない。もしここに担当が決まったら、相当な覚悟が必要なのだろう。

 案内を始めた先輩についていく。職員用の部屋や、備品室、独房や大部屋など、施設の中の一通りを見せてもらった。ここまで収容されている方に会うことはほとんどなかった。一体どこにいるのだろうか、と思ったところで、「中庭を案内するよ」と先輩に声をかけられ長い廊下を進んだ。



「昨日とは随分雰囲気が違うから驚いた?」


「え、あ…はい」



 ここにいるのは、貴族身分を有したご令嬢ばかりだ。貴族というからには施設内でも身分による格差やいじめがひどいと思っていたが、どこをみても華やかな雰囲気だけが漂っている。少し身構えていた分、拍子抜けしたような感覚だった。

 昨日案内してもらった平民用の施設は、どんよりとした雰囲気が漂っていた。自分の罪を認め償おうとする者。冤罪をかけられた理不尽に怒りを示す者。犯した罪に反省をせず自堕落に過ごす者。それぞれがそれぞれに自分のしたいことをしているように見えた。どちらかといえば、他人に関与せず黙々と時刻が過ぎるのを待っているような、そんな重苦しい空気が特徴に思えた。それは自分が想像していた監獄の雰囲気と合っていた。

 しかし、ここにいるのは優雅に過ごす人たちばかりだ。まるで場所が変わっただけで、自宅などでいつもと同じ時間を過ごしている。彼女たちの光景に、そんな錯覚に陥ってしまう。



「こちらにいらっしゃる方々は、いったい何を…いえ、詮索は無礼ですね」


「罪人に礼を重んじるとは、あなたもなかなか変わった人ですね」



 前を歩く先輩はクスリと笑い、中庭を見た。テーブルを囲んでお茶会をしている者。地面に生えた草花を愛でる者。木陰で本を読む者。編み物をする者。本に何かをしたためている者。中には鍛錬を積んでいる者もいる。

 まるで淑女の世界を凝縮したような場所だ。本当にここは刑務所なのだろうか。そう疑わずにはいられないほど、誰もが穏やかな時間を過ごしていた。



「ここにいる方々は、皆軽犯罪で連れて来られた者たちです。周りに危害を加える恐れがないと判断された者たちだけがここで過ごしています」


「軽犯罪、ですか…」


「はい。窃盗や脅迫、知能犯なんかもいましたね」


「つまり、他に直接危害を加えることがないのでこうして好きなことができると」


「まぁ、そのようなものです。冤罪やら何やらもいますが、基本的に他人に対しては無害な方が多いですよ」



 そんなに穏やかな人が、どうしてこんな施設にいるのだろうか。そう疑問を持つことは自然だった。窃盗や脅迫はもちろん他人を害する恐れがあるし貴賤関係なく犯罪者となる罪だ。本来であれば家名に泥を塗るような行為であるから、反省や罪悪感に顔を歪めるようなものではないのか。しかし、彼女たちはとても晴れやかに笑顔で過ごしている。まるで何かから解き放たれたような。とてもじゃないが、罪人のする表情ではないように思う。それとも、罪を受け入れ反省した結果がこの状況なのだろうか。

 この光景を見る先輩の眼差しも穏やかなもので、これがここの日常なのだろう。



「皆さん、穏やかに過ごしていらっしゃるんですね」


「えぇ、今だけですから」


「え?」



 「彼女たちは」と口を開いた先輩に、1人の少女が抱きついた。いつの間に、と思ったが、先輩は慣れたように少女を引き剥がした。



「おはよう、ロイ」


「おはようございます、マリー」


「やっとあなたの当番の日になったのね。この日をどれだけ待ったことか」


「お待たせして申し訳ありません、レディ。お変わりないですか?」


「ええ、ありがとう。ところで」



 そう切ってこちらを見ると、先輩と仲良く会話する少女の雰囲気がガラリと変わった。自分を見る目はまるで品定めのようで、頭から足の先までじっくりと観察していた。



「ああ、こちらは数日前からこの施設に配属になった後輩です。新人ですから施設内を順に案内しているのですよ。今日は私が日勤なのでその役を任せられただけです」


「あら、そうなの?私ったら不躾な視線をよこしてしまって…ごめんなさいね」



 先輩の言葉にころっと表情を変え首を傾げる姿は、囚人服でなければ貴族令嬢そのものだ。先輩とは何やら仲が良さそうだが、新しい人間には警戒心が強いのだろうか。軽く会釈をし「よろしくお願いします」と挨拶をすると、カーテシーで返された。



「マリー、あなたとのお話は楽しいのですが、私はまず仕事に戻らなければならないのでこれで失礼しますね」


「次は私に会いにきてね」


「ええ、必ず」



 まるで婚約者同士のようなやり取りに、ただ圧倒された。次に会う約束を取り付けたマリーと呼ばれる少女は、満足気に中庭の方へ戻っていった。



「あの、今のは」



 この話を聞いても良いものなのか少し躊躇ったが、好奇心が勝ってしまった。口を開いた自分に先輩は「ああ」とこぼし笑顔で教えてくれた。



「彼女は私のファンなんです」


「ファン、ですか」


「はい。少々熱狂的な部分がありますから、あまり私といると噛みつかれてしまうかもしれませんよ」



 にこりと笑う先輩の表情からは冗談のような雰囲気が漂う。しかし、先ほどの自分を品定めする視線からはそれが本物であるという裏付けのようなものを感じた。やはり貴族令嬢というのは年齢に関係なく強かなものなのだろう。先輩の言葉には愛想笑いしかできなかった。



「彼女も立派な淑女ですし敏感な年頃ですから、あまり刺激してやらないでくださいね」


「敏感な年頃、といっても、まだ10歳かそのくらいのお年ですよね?どうしてこんなところに…」


「そう見えても、彼女はもう18歳になる女性ですよ。大人扱いしても怒られることはないでしょう」


「えっ」



 先ほどの少女、もとい女性はどう見ても幼かった。それは身体的にだ。自分にも少し年の離れた兄弟がいるが、同じくらいの背丈だったように見える。驚いて言葉にならない私に先輩は少し困ったように続けた。



「まぁ、あまり深くはいえませんが、家のゴタゴタに巻き込まれた被害者です。婚約者を乗っ取られそうになったから抵抗したら、冤罪をふっかけられた。よくある話でしょう?」



 そんなに頻繁に聞く話ではないが、全くないということもない。唖然としながらも、中庭をもう一度見やると、お茶会をしているテーブルに、見たことのある顔を見つけた。国王の側妃だった人物だ。

 確か、国王が夜渡りに一度も来ないことに怒って正妃を害そうとした罪で投獄されたと聞いたことがある。正妃は産まれたばかりの子を守るためにも勇敢に彼女に立ち向かったという話ではなかっただろうか。その事件も自分がまだ小さい頃に起こったものでご尊顔もうろ覚えだったが、優しい顔立ちの人でもこんな大変な事件を起こすんだなぁと思った記憶がある。



「あの、あちらにいらっしゃるのは元側妃であった方では…」


「よく知っていますね。そうですよ」



 あっけらかんと返されて、言葉を失ってしまった。そんな立場の方も収監されている場所に来てしまったのか、という気持ちもあるが、こんなに重要な場所に勤務できることが誇らしいと少しだけ思った。



「昔、小さい頃に聞いた話なのでだいぶうろ覚えですが、ずいぶん優しいお方だと聞いています」


「今でもそうですよ」


「それでも、事件を起こしてしまうほどの激情家なんですね。見た目では分かりません」


「彼女はずっと穏やかな方です。それは今も昔も変わりません」


「事件が起きたことは事実ですよね」


「事件は事実です。が、起こしたのが彼女だと証言した者がいないのも事実です」


「え?」


「新聞で知ったのか、噂で聞いたのかはわかりませんが、あれは嫉妬した正妃が起こした事件です。被害者と加害者が逆なんです」


「えっ!?それならどうして」


「金や地位には力がありますから」



 目を伏せる先輩はそこで言葉を切った。元側妃に目を戻すと、幸せそうに談笑する姿が見られる。とても罪を犯した囚人には見えない。とても不思議だった。



「先輩、質問しても良いでしょうか」


「個人情報に関わることでなければお答えできる範囲でお願いします」


「なぜ皆さんはこんなにも幸せそうにしていらっしゃるのでしょうか」



 刑務所というのは、本来は犯した罪を反省し、法の下に裁かれ反省する期間を決定したのちに収容される場所だ。それは犯した罪の内容や情状酌量の余地等を考慮して決定されるもので、本人や家族にとっては不名誉で苦役となる時間のはずだ。昨日見た平民たちは、態度は様々あれど、それぞれに罪を受け入れているように見えた。しかしここはどうだろう。誰1人として苦悩に満ちた顔をしているものはいない。自分としても、あえてそう表情を作って欲しいとは思わない。罪を受け入れその上で前向きに過ごしているのであれば問題ないと思う。しかし、ここではそういったものは感じられなかった。

 「なぜ、と言われると私も確かなことはいえませんが」と前置きした先輩は、穏やかな表情を崩さなかった。



「彼女たちにとって、ここが唯一自分らしさを出せる場所だから、じゃないですかね」


「自分らしさ?」



 言っている意味がいまいち頭に入ってこない。罪を犯して得られる自分らしさとはなんなのか。理解ができなかった。



「犯罪者に人権はありますか?」


「え?」


「彼女たちは人間ですか?」


「人間、です。はい」



 ここにいる人物は、生物としては人間だ。着ている服が少し違うだけで、気品あるご令嬢だ。しかし、先輩が聞いていることはそういうことではないのだろう。

 『犯罪者』という言葉だけを切り取れば、心に問題があったり卑しいことを考えたり実行したりする者のことを指すのが一般的で、それは貴族でも平民でも、それこそ王族でも同じ考えの人が多いだろう。だから、身内が罪を犯すと貴族は隠すし平民は寄ってたかっていじめる。それが世の中の動きだ。冤罪を被せられたものは別としても、自ら罪を犯したものとなれば、反省するために収容されるのは当然のことではないだろうか。



「ここは、罪を犯したものが刑期を終えたあと社会復帰するために必要な生きる術を身につける場所です」


「はい。我々は受刑者同士で問題がないかなどを見回る職務だと習いました」


「そうですね。ここでは、それぞれが自分の罪を通して己を見つめ直す。それを徹底します。身分に関係なく朝決まった時間に起き、点呼をし、食事をとり、運動をして、空いた時間で好きなことをして過ごす。自分のことは自分でするのが当たり前なので、今まで使用人にさせていたことも自分でしなければなりません」


「耐えられないとごねたりする方もいらっしゃるのですか?」


「入ったばかりの方はそう言うこともありますが、大体1月ほど過ごせば皆さん自分でやれるようになりますよ。やらなければ、何もないんですから」



 そういった先輩の目が少しだけ細まったように見えた。今までも何人もそう言った人を見てきたのだろう。これから自分がそう言った場面に出会した時、うまく対処できるように学んでいかなければならない。



「それで、『なぜ幸せそうなのか』でしたね」


「は、はい」


「それは単純ですよ。みんな自分のことだけ考えればいいんですから」



 今日はどうも察しが悪いようだ。先輩の言うことにいちいち質問しなければ理解が追いつかない。新しい環境だからなのか。思った印象とかけ離れていたからなのか。はっきりとはわからないが、質問せずにはいられなかった。



「自分のことだけ、ですか?」


「そうです。例えば、あなたが試験勉強しているとき、誰かに呼ばれたり話しかけられたりすることはありましたか?」


「まぁ、あったりなかったりしました」


「話かけられなかったら、勉強に集中できましたか?」


「そうですね、捗ったと思います」


「では、誰かに声をかけられた時は?怒ったり、後回しにして欲しいと言ったことはないですか?」



 心当たりが全くないわけではない。試験の日が近づくにつれて少しでも多く知識を詰め込もうとやっ気になっていたことは記憶に新しい。誰に声をかけられたかまでは覚えていないが、ぞんざいに言い放ったことはあった気がする。



「彼女たちは、それを『受けた側』の人たちです。外での表情、家での表情、友人の前での表情、婚約者の前での表情、義家への立ち振る舞い、色々ありますが、幾つものことを同時にこなしているのです」


「しかし、それは平民も同じなのではないでしょうか。仕事をするのは貴族だけではありません」


「そうですね。しかし、重みが違う。彼女たちの場合、何か一つ間違うだけで領民から指を刺され、家族からは見放され、婚約は白紙、あるいは破棄。社交界に出ようものなら恥晒し。失敗は許されないのです」



 自分が同じ立場であったならどうするだろうか。そんなことを考えてもきっと何の解決にもならないし、彼女たちの気休めにもならないだろう。綱渡りというにはあまりに過酷な環境にいるのだから。



「そんな彼女たちが罪を犯さずに家にいたところで扱いは使用人以下となるでしょう。今まで自分に支えていてくれた者たちよりも下の立場となり、見かねて助けようと手を差し伸べてくれる心優しい人がいたとしても引き離されるのは想像に難くないと思います」



 子供の頃に読んだことがある物語も、確かにそんな感じの振る舞いをしていた気がする。実母が亡くなり新たに嫁いできた継母にいじめられる。継母に子がいれば、その子供も一緒になっていじめる。そんなことは自分には起こり得ないと、どこか他人事のように思っていたが、目の前の現実はそれを全て凝縮した結果なのだろうか。そう思うと、哀れみの情が湧いてくる。



「ここでは作った食事が気に入らないからと目の前で破棄されることもない。作った刺繍を横取りされて手柄を奪われることもない。友人とお茶をしても牽制し合う必要もない。自分がしたいことを、したいようにできるのです。なぜならここは、法の下に平等なのですから」



 歩き出す先輩に黙って着いて行く。刺繍をしている婦人が近くなり、声が聞こえるようになった。



「あら、貴女何回目なの?」


「私は4回目よ。だって、家に帰っても犯罪者なんて人間扱いしてもらえないじゃない。奴隷みたいな扱いされるくらいなら、何度だってちょっとした盗みで捕まってここにいた方がマシよ」


「でもちょっとした窃盗くらいなら、すぐ刑期が終わっちゃうでしょう。何回もするなんて面倒じゃないの?こう、大きいものを盗むとか」


「バカねぇ、そんなことしたらここじゃない場所に入れられちゃうじゃない。私はここがいいのよ」



 彼女たちは、ここにきたくてわざと罪を犯しているのだ。それを知った途端、背中から汗が止まらなかった。なぜ、こんなにも歪んだ世界が認められているのか。気持ち悪いような疑問が頭を駆け巡った。



「外の世界に、元いた場所にいく方が彼女たちには監獄へ行くようなものなのでしょう。彼女たちは、ただ心休まる場所が欲しかったのかもしれませんね。」


「それにしたって、もう少しやり方というか、対応の仕方はなかったのでしょうか?これでは貴族による犯罪率が上がってしまいます」


「例えば?」


「それは、その、すぐ浮かびませんが」



 言うのは簡単だ。しかし、それを実行に移すとなると責任も伴う。彼女たちが間違いが全く許されないのは大変だが、そんなに過酷な状況を作り出しているのは社会そのものだ。それを変えるとなると、一職員が言ったところで誰にも受け入れられないのではないか。しかし、それでは自分も他の人間と同じ見て見ぬふりをしているのと同じだと突きつけられる。どんなに正義感を持って働いていても、所詮は他人なのだ。彼女たちを苦しめているのが貴族という立場なのであればーーー。



「もう、身分制度を廃止するくらいのことをしないと直らないんじゃ」


「ほう」



 聞かれていたことに、はっと意識を戻した。小さく漏れ出た声だったと思うが、前を歩いていた先輩には届いていたらしい。いつの間にか彼女たちの声が聞こえない静かな場所を歩いている。そのせいもあるのだろう。



「いえ、今のはその」


「いいんですよ。あなたの考えを否定しません。続けてください」


「あの、そんな深く考えていたわけでは」


「そうですか?それでもあなたは子爵家出身の方だ。言葉には責任が伴うことはわかっているでしょう?」


「ですから、これは」


「我々も煮詰まっているのですよ。ご子息ご令嬢がこれ以上犯罪を重ねないためには何をすべきかと」


「そ、それなら貴族として生きることを望まない方向けの職業斡旋所のようなものを作ってはいかがでしょうか?そのほうがスケールも小さいですし」


「犯罪を犯した方用の場所であればありますよ。しかし、あっという間に定員になってしまうのです。焼け石に水と言う状態ですね」


「しかし、このままでは真面目に働いている方々の税金があっという間になくなってしまいます。罪を犯した者が笑って過ごして、真面目に働いている者が苦しむのは違う気がします」


「彼女たちも家のため国のためと働いていたのですよ」



 自分の考えを訂正したいだけなのに、どんどんと言葉が出てきてしまう。止められない問答に、先輩は変わらぬ口調と表情で次を促してくる。それを受けてさらに返してしまう言葉が、自分の首を占めているようで苦しくなっていく。ただの雑談ではなかったのだろうか。この恐怖にも似た感情はなんなのか。とにかくこれ以上失言を発しないように口を固く閉ざすしか手段はなかった。

 前を歩く先輩はそんな自分のことを知ってか知らずか、「そういえば、先ほどの元側妃の話は他言無用でお願いしますね」と口に人差し指を当ててにこやかに告げた。側妃が冤罪をかけられた話のことだろう。なぜこのタイミングで、と思ったが、黙って頷いた。

 先輩が足を止め、扉の前に立った。現場見学の後は今後の予定の打ち合わせだと聞いていたがこの部屋だろうか。やけに厳つい扉だが、人気がないあたり機密情報の取り扱いもあるのかもしれない。先ほどまでのやり取りは一旦忘れ、職務に集中しようと気を取り直した。

 先輩の斜め後ろに立ち、同じく姿勢を正す。表情は変わらないが先ほどの雰囲気とは一変して緊張した雰囲気が漂っている。先輩が扉をノックし、所属と名前を告げる。「入れ」といった低くこもった声が聞こえた後、重そうな扉を開くと、中にいたのは三度の面接で見た顔だった。その1番奥にいるのが、この施設の所長だ。



「お疲れ様、どうしたんだ?」


「いえ、こちら本日女性貴族用施設を見学している職員なのですが」


「ああ、先日の試験を通った者か。どうだ、現場は色々と違うだろう」



 この場合の違うはどの「違う」だろうか。各施設で収監されている人々の表情が違うことだろうか。それとも知識と現場は違うと言うことだろうか。考えながら曖昧な返事をすると、先輩が口を開いた。



「本日お集まりの皆様に一つ、お耳に入れていただきたいお話がございまして」



 そう言ってこちらを向いた先輩は、初めて会った時から変わらない表情をしている。まだ会って間もない間柄であるはずなのに、随分と前から一緒にいるような、そんな錯覚を覚えてしまう。あの時と変わらない笑顔が今はとても怖い。



「何かね」



 所長とは別の男性の声。最終面接で見た顔の隣には、新聞でしか目にしたことのない人物が鎮座していた。写真では厳ついながらも優しさも漂わせていたが、今この場には絶対的で他者を圧倒する気配だけが漂っている。そんな人物がこちらを真っ直ぐ見ている。目を逸らしてはいけない。反射的にそう思った。先ほど先輩が元側妃のことを話した理由がわかった。

 ただ黙るだけの自分に、先輩が背中を押した。



「ほら、先ほど言ったことをもう一度話してもらえないかな。なんだっけ、『身分制度を廃止する』でしたっけ?」

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